エイリワス決着
ジエルは止まらなかった。左腕を失い、全身は傷だらけ。呼吸をするたびに胸が軋み、足は鉛のように重い。それでも前へ進む。この戦いだけは、絶対に終わらせなければならない。そんな強い意志だけが、ジエルの身体を動かしていた。
黒い電気が全身を駆け巡る。進化の種によって膨れ上がった莫大なエネルギーが、暴れ狂うように放電を続けている。ジエルは、その全てを惜しみなく解き放った。拳を振るう。蹴りを叩き込む。電撃を浴びせる。一撃一撃に、自分の命を削る覚悟を乗せながら、エイリワスへ叩き込み続けた。
エイリワスも死体を操り応戦する。エイリワスはもう次元使うことはできない。攻撃を確実に避ける方法はなく、肉弾戦をするしかない。その差が、戦況を大きく変えていた。
「ッ!!」
ジエルの拳がエイリワスの腹部へめり込む。衝撃でエイリワスの身体が大きく仰け反る。肘打ち。回し蹴り。雷撃。追撃をくらわせる。まるで嵐だった。攻撃が止まらない。その最中だった。
右拳を振り抜いた衝撃で、左肩へ巻いていた青いはちまきが風に舞った。布が宙を舞い、海風へさらわれていく。露わになる傷口。しかし――
そこから血は流れていなかった。既に傷は塞がっている。それを見た瞬間、エイリワスの目が見開かれる。
(進化の種は再生力を高める効果がある....)
(やはり進化の種は埋め込んでいるままか……)
(再生力の向上は埋め込んだ後の一時的なものだと思っていたが.......ここまで進化が進むとこうなるのか)
(腕にないなら....どこにある?)
考える暇を与えない。ジエルがさらに踏み込む。渾身の蹴りが炸裂した。
「ぐっ……!」
エイリワスは大きく吹き飛ぶ。ジエルは着地すると、その場で右脚へ全神経を集中させた。黒い雷が右脚へ吸い寄せられていく。大気が震える。足元の地面が砕ける。バチバチという音が空気を裂き、エネルギーは爆発的に膨れ上がっていった。エイリワスはその異常なエネルギーを見て悟る。
(進化の種は……右脚か……)
ジエルは右脚をゆっくり引く。その姿勢は、まるで獲物へ飛びかかる猛獣だった。
「くらいやがれ」
その瞬間だった。右脚から黒い雷が爆発する。轟音。視界を埋め尽くす稲妻。
そして――
ジエルの姿が消えた。
エイリワスは目を見開く。
(どこに消えた?)
反射的に後ろを振り向く。そこにはもう、ジエルが立っていた。右脚を振り抜いた姿勢のまま。
「怒雷浮羅輪」
直後。エイリワスの全身から黒い雷が花のように咲き乱れた。無数の花弁。いや、花弁のように広がる黒い電撃。炸裂しながら身体中を駆け巡り、一斉に弾け飛ぶ。
「があああぁぁぁっ!!」
轟音と共にエイリワスは吹き飛んだ。一直線に崖際まで弾き飛ばされ、その衝撃で身体が大きく歪む。次の瞬間。ジエルの父の身体と、エイリワス本体が分離した。
「……!」
エイリワスは初めて焦りを見せる。
(まずい……)
そのまま口を大きく開いた。ゴボッという音と共に、二つのラベジニウムが吐き出される。地面へ転がる二つの光。ジエルはすぐに駆け寄り、それを拾い上げた。
一つは兄、ジエル・ゲートのラベジニウム。もう一つは、ラベンダーが自分の身体へ埋め込んでくれたラベジニウムだった。ジエルは静かに握り締める。
「兄貴……」
少し笑う。
「ラベンダー」
その瞳には感謝しかなかった。
「ありがとう」
二つを大事そうにポケットへしまう。まだ終わっていない。エイリワスは生きている。
しかし同時に、ジエルの身体も限界だった。全力を使い切った反動。過剰適応は沈黙した。黒い雷が消えていく。身体中から力が抜けていく。
それでも。ジエルは止まらない。
「お前だけは……」
地面を蹴る。
「絶対に倒す!」
一直線。迷いなく突っ込む。エイリワスの身体を掴む。
「なっ……!」
エイリワスの表情が変わる。そのまま勢いを殺さず。二人は崖から飛び出した。
「まさか……ここまでやるとは……」
眼下には荒れる海。沈みゆく夕日が海面を赤く染めていた。落下しながらエイリワスが呟く。
「君も死ぬぞ……」
ジエルは睨み返した。
「死ぬのが怖いなら」
海風が髪を揺らす。
「ここにいねぇよ!」
二人の身体が海へ落ちる。巨大な水柱が上がった。冷たい海水。身体が沈んでいく。ジエルは最後の力を振り絞る。
(ここなら逃げ場はねぇ!)
(これで最後だ……)
右脚の奥底。まだ僅かに残る進化の種の力。その全てを解き放つ。
(進化の種……)
(俺に力を貸しやがれ……)
黒い雷が再び生まれた。海中を黒く染めるほどの電流。巨大な雷刃が右脚から形成される。
「臨界怒雷刃!」
雷が海中を裂いた。巨大な黒い刃がエイリワスを真正面から飲み込む。核ごと。身体ごと。存在そのものを。エイリワスは静かに目を閉じた。抵抗しない。逃げない。最後に小さく笑った。
(いいだろう……)
その意識がゆっくり薄れていく。
(今回は……)
雷が核を砕く。
(君の勝ちだ)
次の瞬間。轟音。黒い雷の刃は海を大きく切り裂きながら天へと突き抜けた。海面が左右へ割れる。巨大な水柱が夜空へ昇る。その光景を最後に。太陽は完全に水平線の向こうへ沈んだ。辺りは静かな夜へ包まれていく。エイリワスの姿は、もうどこにもなかった。ただ海だけが静かに波を打っている。
ジエルは力なく海を漂う。右腕も動かない。足も動かない。視界はぼやけ始めていた。身体中から熱が失われていく。
(エデン……)
浮かぶのは仲間たちの顔だった。
(亜爆……)
(ドロイ……)
(天記さん……)
(皆……)
意識が遠のいていく。海流がジエルの身体をゆっくり運ぶ。もう抵抗する力は残っていなかった。
(すまねぇ……)
その小さな謝罪だけを胸に。
ジエル・レートの身体は、静かな海の上をゆっくりと流されていった。




