エイリワス決戦⑦
神宮寺は静かにその場へ膝をついた。
「……っ」
身体から力が抜けていく。最終手段。生命エネルギーを消費する能力は、五体もの進化個体を消滅させた代償として、神宮寺の身体を限界まで蝕んでいた。右腕に集約していた装甲がカシャン、カシャンと音を立てながら元の位置へ戻る。しかし、その動きにもどこか力がない。神宮寺の視界は少しずつぼやけ始める。
「市民は……」
それだけを確認するように呟く。通信機からは市民への被害が抑えられているという報告が何度も流れていた。それを聞いた神宮寺は小さく安堵の息を漏らす。
「……よかった」
その言葉を最後に、神宮寺の身体は前へ倒れ込んだ。
静まり返った市街地には風だけが吹いていた。数十分後。遠くから足音が近付いてくる。
「はぁ……はぁ……!」
全力で走ってきた青年が、倒れている神宮寺を見つけて立ち止まった。額には青いはちまき。金髪混じりの髪を揺らしながら、息を整える。ジエル・レートだった。
「ん?」
ジエルは神宮寺へ駆け寄る。
「大丈夫か!」
神宮寺はゆっくりと目を開けた。霞む視界の中に、見知らぬ青年の姿が映る。
「あんたは……」
ジエルは神宮寺の両腕と両脚に装着された装甲を見る。どこかで見覚えがあった。
「あんたは……確かECOの隊長」
神宮寺は弱々しく微笑んだ。
「そう……です」
そして逆に問い返す。
「君は?」
「俺はジエル・レート」
短く名乗る。神宮寺はその名前を聞いて僅かに目を見開いた。
「ジエル……レート」
アモリス支部。エイリワスに狙われている隊員。報告書で見た名前だった。
「そう……君が」
ジエルはそれ以上話を続けようとはしなかった。ジエルは神宮寺を近くの建物に運ぶ。
「悪い。俺、急がなきゃいけねぇ」
ジエルはそれだけ言い残し、再び走り出した。神宮寺は疲労によってそれ以上は何も言えなかった。神宮寺はその背中を静かに見送る。ジエルの姿はあっという間に見えなくなった。
向かう先はレインダ村。エイリワスとの戦場だった。
――数十分前。
アモリス地区。
エイリヤカとの激戦は終わった。エイリヤカは地面へ倒れ伏している。倒れていたエイリヤカの指先が動く。
「!」
ジエルがすぐに構える。
「まだ動く!」
エイリヤカはゆっくりと身体を起こそうとしていた。核は既に破壊されている。再生はしていない。それなのに動いている。盤上流鹿はその様子を見て、すぐに状況を理解した。
「やっぱりや」
時輪も眉をひそめる。
「来たか」
風黒も槍を構え直した。エデン、亜爆、ジエルも戦闘態勢へ移る。盤上はエイリヤカから目を離さずに口を開いた。
「核を壊したから再生はせぇへん」
「せやけど――」
エイリヤカの腕がぎこちなく持ち上がる。その動きには意思が感じられない。まるで糸で操られている人形だった。
「少しでも体が残っとったら、エイリワスの死体操作で動く」
その言葉に全員の表情が険しくなる。
「つまり……」
エデンが呟く。
盤上は静かに頷いた。
「跡形も無く消すしかないで」
その言葉と同時に、エイリヤカが再び刀を握り締めた。核を失ったとは思えない力で刀を振るった。赤い刀身が空気を裂き、轟音と共にエデンへ迫る。
「くっ!」
エデンはリミットナイトを両腕へ集中させ、その一撃を受け止める。激しい衝撃が全身を駆け抜け、地面を滑るように数メートル押し戻された。
「まだ……こんな力が!」
核は破壊した。それなのに、腕力も斬撃の威力もほとんど落ちていない。違うのは動きだけだった。刀の軌道は乱れ、踏み込みもどこかぎこちない。まるで糸で無理やり操られている操り人形。先ほどまでの武人のような美しい太刀筋は失われていた。
「今なら攻撃は読める!」
エデンはリミットリフレクスで軌道を見切り、刀をかわす。その隙へ亜爆が爆弾を投げ込んだ。爆炎がエイリヤカを包み込む。しかし、煙の中から赤い刀が振るわれる。爆煙を斬り裂きながら現れたエイリヤカは、そのまま亜爆へ突撃した。
「まだ来ますか!」
亜爆は後方へ飛び退き、爆風で距離を取る。その横から流鹿のルークが高速で突撃した。ルークがエイリヤカを吹き飛ばす。だが、倒れた身体はすぐに立ち上がる。
「ほんましつこいな」
流鹿が舌打ちする。
風黒も槍を振るい、時輪も能力を使って打撃を叩き込む。それでも決定打にはならない。核がない以上、再生はしない。しかし、死体そのものが操られているため、身体が残っている限り動き続ける。
「このままじゃ終わらねぇ!」
ジエルが拳を握る。黒い電気はもう出ていなかった。臨界雷怒は核を破壊するために限界まで使い切ってしまった。身体中に疲労が残り、過剰適応はしばらく発動できそうにない。
「ちっ……!」
怒雷刃を放っても威力が足りない。エデンの蹴りも、亜爆の爆弾も、風黒の槍も。どれも身体を壊すことはできても、完全には消し飛ばせない。
一方でエイリヤカも攻撃を当て切れない。動きが鈍くなっているため、連携で何とか対応できていた。互いに決定打を欠いたまま、戦いだけが続いていく。
その時だった。ピタリと、エイリヤカの動きが止まる。刀を下ろしたまま、ゆっくりと顔を上げた。
「……?」
エデン達が警戒する。次の瞬間。
「ECO」
低く、不気味な声が響いた。その喋り方は、先ほどまでの武士口調ではなかった。
「君たちの策は失敗に終わったようだ」
その場の空気が凍りつく。ジエルの目が大きく見開かれた。
「あの声……!」
間違えるはずがない。
「あいつ……!」
ジエルは拳を握り締める。
「エイリワス!」
エイリヤカの口元が僅かに歪む。
「残念だったね」
ただその一言だけ。それだけで十分だった。流鹿の表情が一変する。
「策が失敗……?」
その言葉を頭の中で反芻する。そして、ある結論へ辿り着いた。
「まさか……」
流鹿の声が低くなる。
「血刃さん達がやられたんか?」
その言葉に全員が息を呑んだ。ジエルの頭の中では、一瞬で状況が繋がっていた。
(ECOの作戦が失敗した)
(エイリワスは自由に動ける)
「まずい!」
エイリヤカは続ける。
「ジエル・レート。私はレインダ村にいる」
わざとジエルに情報を与える。おそらくはジエルをおびき寄せるため。それを聞いたジエルは勢いよく地面を蹴った。
「ジエル!」
エデンが呼び止める。
しかし、ジエルは止まらない。全力で戦場を離れようと走り出した。時輪が驚いたように声を上げる。
「どこに行く?」
ジエルは振り返らない。
「エイリワスを止めに行く!」
その叫びだけを残し、一直線に駆けていく。その瞬間、エイリヤカは再び刀を握り直した。エイリワスの声は消え、武士のような無言の怪物へ戻る。赤い刀がジエルへ振り下ろされる。だが、その前へ流鹿が飛び込んだ。両腕のガントレットで刀を受け止める。
「行かせへん!」
金属同士がぶつかり、火花が散る。流鹿は歯を食いしばりながら刀を押し返した。そして後ろにいる二人へ叫ぶ。
「エデン君! 亜爆君!」
「ジエル君を止めに行くんや!このままやとエイリワスの思うつぼや!」
エデンと亜爆が同時に顔を上げる。流鹿は笑みを浮かべた。
「ここは俺らに任せとき」
その言葉を聞いたエデンは力強く頷く。
「行こう、亜爆さん!」
「はい!」
二人はすぐにジエルの後を追って駆け出した。
その背後では、流鹿、時輪、風黒たちが、なおも動き続けるエイリヤカやを食い止めるために武器を構えていた。
ジエルは全力で走っていた。アモリス地区からブウタ地区へ。荒れた道路を蹴り、瓦礫を飛び越えながら一直線に駆け抜ける。頭の中にあるのは一つだけだった。
(エイリワスを止める)
その一心で足を止めることなく走り続ける。その少し後方では、エデンと亜爆も必死に追い掛けていた。
「ジエル! 待って!」
エデンが叫ぶ。しかし、ジエルは振り返らない。ただ前だけを見て走っていた。やがて三人はアモリス地区とブウタ地区の中間地点へと差しかかる。その時だった。
「うわぁぁぁ!」
幼い悲鳴が響く。ジエルは反射的に視線を向けた。道路脇。避難の途中ではぐれてしまったのだろう。小さな子供が一人、尻もちをついたまま後ずさっていた。その目の前には、一体のエイリ星人。牙を剥き、今にも飛び掛かろうとしている。
「まずい!」
後ろから走ってきたエデンもその光景に気付く。
「こんな所に子供が……!」
ジエルは一瞬だけその光景を見た。そして――
そのまま走り抜けようとした。
エデンの表情が強張る。
だが次の瞬間。ジエルの足が止まった。勢いよく地面を蹴る。一直線に子供の方へ飛び出した。
「ガァァ!」
エイリ星人が子供へ飛び掛かる。その瞬間。
「どけぇぇ!」
電撃をまとった拳がエイリ星人の顔面へ炸裂した。轟音と共にエイリ星人の身体が吹き飛び、道路脇の壁へ激突する。そのまま動かなくなった。ジエルはすぐに子供の前へ立つ。
「大丈夫か?」
子供は涙を流しながら何度も頷いた。
「ここは危ねえぞ」
ジエルはしゃがみ込み、子供の頭を軽く撫でる。
「もう大丈夫だ」
その姿を見ていたエデンと亜爆は、思わず表情を緩めた。
「……よかった」
エデンは小さく呟く。ジエルは変わっていなかった。両親を奪われ。故郷を滅ぼされ。兄を殺され。復讐を誓った男。それでも。目の前で助けを求める人を見捨てるような人間ではなかった。復讐だけに囚われているわけではない。
そのことが分かり、エデンは胸をなで下ろした。ジエルは立ち上がる。そして子供をエデンたちの方へ押し出した。
「頼む」
「この子を連れて行ってくれ」
エデンは子供の肩を支えながら頷く。
「分かった」
しかし次の瞬間、エデンは真剣な表情でジエルを見つめた。
「でも……」
「行っちゃ駄目だ、ジエル」
ジエルは足を止める。エデンは必死だった。
「勝てない」
「一人で行っても勝てないよ!」
亜爆も静かに口を開く。
「私も同じ意見です」
「今のジエルさんにエイリワスへの対抗手段はない」
「エイリワスと戦えば……」
その先は言えなかった。ジエルは二人を見つめる。数秒の沈黙。そして、小さく笑った。
「俺を信じろ」
その声には迷いがなかった。
「エイリワスは必ず倒す」
拳を強く握る。
「あいつは俺が止める」
その瞳には復讐だけではない強い決意が宿っていた。
「これ以上……」
「誰も死なせねぇ」
その言葉を残すと、ジエルは再び地面を蹴った。
「ジエル!」
エデンが叫ぶ。しかし、その背中はもう止まらない。青いはちまきを風になびかせながら、ジエル・レートはただ一人、エイリワスの待つ戦場へ向かって走り続けた。




