エイリワス決戦①
一方その頃。
ブウタ地区――エリア・オズ。
街並みは、不気味な静けさに包まれていた。空には厚い雲が立ち込め、風が建物の間を吹き抜ける。その街の入口に、五人のECO隊員が立っていた。どの隊員からも、只者ではない雰囲気が漂っている。
その先頭に立つのは、一人の老齢の男だった。白髪交じりの短い髪。深く刻まれた皺。長年戦場に立ち続けてきた者だけが持つ鋭い眼光。腰には一本の刀が静かに下げられていた。
血刃虎三。
数多くの戦場を潜り抜けてきた歴戦の隊員であり、今回編成された「エイリワス対策チーム」を率いる隊員。
血刃は胸元から通信機を取り出す。
「司令官。エリア・オズに到着した」
わずかな雑音の後、通信機から落ち着いた声が返ってきた。
『ご苦労』
本部。ノマロード地区にあるECO本部の会議室。通信を繋いでいたのは司令官、ビユー・ジードだった。
『現在判明している情報では、エイリワスはエリア・オズにいる可能性が最も高い』
『だが、確実にそこにいるとは限らない』
『十分警戒しろ』
血刃は静かに頷く。
「了解した」
ビユーはさらに続ける。
『もしエイリワスを発見した場合は、無理に決着をつけようとはするな』
『直ちに後続部隊へ連絡しろ』
『作戦は包囲だ』
『一人で相手をする敵ではない』
「承知した」
短く答えると通信を切る。通信機をしまい、ゆっくりと振り返った。後ろには四人の隊員が立っている。
巨大な盾を背負う大柄な男。
両腰に短剣を携えた女性。
銀色のバイザーを装着した隊員。
そして、大型ライフルを背負った青年。
誰も言葉は発さない。だが、血刃の視線を受けると、それぞれ静かに頷いた。
全員が覚悟を決めている。
「行くぞ」
その一言で五人は歩き出した。エリア・オズの中へゆっくりと進んでいく。以前ジエルたちが訪れた時と同じように、この区域だけは妙な静けさが支配していた。壊れている建物はほとんどない。道路も。街灯も。商店も。まるで人だけが突然消えた街だった。風だけが静かに吹き抜けていく。
「……気味が悪いな」
盾を持つ隊員が呟く。
「報告通りですね」
ライフルを背負った青年も辺りを見回す。
「戦闘の跡がありません」
「普通なら街一つ消し飛ばしていてもおかしくない相手なのに」
血刃は何も答えない。ただ前だけを見て歩き続ける。その時だった。
「……血刃さん」
バイザーを装着した隊員が小さく声を漏らした。全員の視線が前方へ向く。
通りの中央。少し離れた場所。
そこに、一人の人影が立っていた。
動かない。こちらを見ている。人間の姿。だが、その身体から漂う異様な存在感だけで、それが人間ではないことは理解できた。
血刃はゆっくりと刀の柄へ手を添える。
「……エイリワスじゃな」
その言葉に、人影が小さく笑った。
「こうもすぐ見抜かれるとは」
静かな声。その顔は、ジエルの父親のものだった。だが、その目だけは人間のものではない。冷たく。底知れず。生命を研究対象としてしか見ていない者の瞳。
「君たちとは初対面だろう」
「なのによく分かったものだ」
その言葉を聞くと同時に、バイザーを装着した隊員が一歩前へ出た。右手をエイリワスへ突きつける。
「当然だ!」
怒号が静寂を破る。
「アモリス支部の監視カメラには貴様の姿がはっきり映っていた!」
怒りを隠そうともしない。
「貴様をここから逃がしはしない!」
「ここで!」
「貴様は我等が打ち滅ぼす!」
力強く言い放つ。
その間にも。後方ではライフルを背負った青年が素早く通信機を取り出していた。
「こちらエイリワス対策チーム」
「目標を発見」
「後続部隊へ至急応援を要請する」
通信を終えると、小さく息を吐いた。これで援軍は来る。あとは、それまで持ちこたえるだけだった。
エイリワスはその様子を見ても、少しも動じない。静かに五人を見渡す。
「私が滅ぶことはない」
その声には絶対的な確信があった。
「君たちが私に勝つこともない」
一歩。エイリワスが前へ出る。
「そして」
その口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「私の研究は終わらない」
その言葉と同時に。空気が変わった。肌を刺すような殺気。圧倒的な威圧感が周囲を包み込む。血刃は静かに刀を抜いた。澄んだ刀身が光を反射する。
「全員」
血刃の低い声が響く。
「作戦通りに行くぞ」
四人の隊員が武器を構える。
「後続が来るまで持ちこたえろ」
その瞬間。
エイリワスの足元に、無数のエイリ星人の死体が這い出し始めた。静寂に包まれていたエリア・オズは、一瞬にして戦場へと姿を変える。
戦闘が始まると同時に、五人はまるで何度も訓練を重ねてきたかのように一斉に動き出した。
先頭に立っていた大男が、一歩前へ踏み出す。巨大な盾を背中から外し、両手でしっかりと構えた。その表情には迷いがない。大男は左手を後方へ向け、小さく合図を送る。
四人はすぐにその意味を理解し、一斉に両耳を塞いだ。血刃も刀を構えたまま耳を押さえる。
大男のインターフェースが淡く光り始めた。
「能力発動――」
「音量調整」
次の瞬間。盾を全力で地面へ叩きつけた。ただ地面へぶつけただけ。それだけの行動だった。だが、その瞬間に発生した衝突音だけが異常だった。能力によって何十倍、何百倍にも増幅された音が衝撃波となって周囲へ広がる。空気が震え、建物の窓ガラスが一斉に砕け散る。
「っ……!」
エイリワスの表情が初めて歪んだ。両耳へ鋭い激痛が走る。鼓膜が破れたような感覚。脳を直接揺さぶられるような轟音だった。思わず耳へ手を当てる。指先に赤い液体が付着する。
「……血」
耳から血が流れていた。エイリワスは静かにその血を見つめる。
(なるほど)
(視覚、聴覚、嗅覚への攻撃か)
次元による存在固定――虚在。
別次元へ自身の存在を固定することで、外部からの攻撃や接触を受け付けない絶対防御。
しかし、それにも穴はある。
光。
音。
匂い。
感覚器官へ直接届く情報までは防ぐことができない。その弱点を、隊員たちは理解していた。
「今だ!」
大男が耳を塞いだまま叫ぶ。
「耳を破壊した!」
その声と同時に血刃が動いた。刀を振るうと、刀から赤い液体が飛ぶ。同時に、銀色のバイザーを装着した隊員も前へ出た。右手をエイリワスへ向ける。
「発光!」
凄まじい閃光が周囲を白一色へ染め上げる。太陽を真正面から見たような強烈な光。
「……!」
エイリワスは反射的に目を押さえた。
(視覚まで封じられるのは厄介だ)
聴覚。そして視覚。二つの感覚を同時に封じられれば、いくら自分でも戦闘能力は大きく落ちる。
エイリワスは目を押さえたまま能力を発動する。
「ネクロマンサー」
周囲へ転がるエイリ星人の死体が一斉に立ち上がった。そのまま五人へ向かって飛び掛かる。しかし。
「させない!」
短剣を腰へ下げた女性隊員が飛び出した。
「物体収納!」
死体へ手を触れた瞬間だった。死体が一気に手のひらサイズまで縮小する。そのまま女性の掌へ吸い込まれて消えた。まるで存在そのものを収納したかのようだった。
「一体!」
「二体!」
次々と死体を収納していく
。残った死体へ向かって、今度は後方の青年がライフルを構えた。
「拡大」
銃口から放たれた弾丸が空中で急激に巨大化する。通常の数倍。いや、それ以上の大きさへ膨れ上がった弾丸が死体へ直撃した。死体は跡形もなく吹き飛ぶ。
「……なるほど」
エイリワスは眉をひそめた。操っていた死体との感覚が次々に途切れていく。
収納される。破壊される。
こちらの攻撃手段を的確に潰してきている。
(死体では突破できない)
(ならば)
(私自身が動くしかない)
そう判断した。しかし──
(耳を封じられたままでは面倒だ)
戦況を把握するためにも、まず視界を確保しなければならない。エイリワスはゆっくりと目を押さえていた手を下ろした。眩しさの残る視界の中で、敵の位置を確認する。真っ先に目へ入ったのは、銀色のバイザーを装着した隊員だった。
(あの光)
(厄介だ)
エイリワスは静かに右手を前へ差し出す。
「次元」
空間に一本の裂け目が走る。次の瞬間。バイザーの隊員の足元へ黒い亀裂が現れた。抵抗する暇もない。身体がその裂け目へ吸い込まれ、跡形もなく消えた。
だが血刃も他の隊員も動じない。
エイリワスは静かに口を開いた。
「彼をあちらの次元へ固定した」
「もう動くこともできない」
余裕すら感じさせる声音だった。
「彼の能力では、私に攻撃するこ――」
最後まで言葉は続かなかった。
突然。凄まじい衝撃がエイリワスの全身を襲った。
「……!」
身体が大きく吹き飛ぶ。建物を何枚も突き破り、瓦礫の中へ叩きつけられた。皮膚が焼け焦げ、服が炭化し、煙が立ち上る。
「ぐっ……!」
エイリワスはゆっくりと身体を起こした。
(何が起きた?)
(どこから攻撃された?)
視界を巡らせても、攻撃した人物は見当たらない。攻撃されたという認識すら、一瞬遅れて理解した。
「……何だ」
初めて。エイリワスの声に困惑が混じる。自分でも理解できない攻撃。予測もできず、防ぐこともできなかった一撃。それが、この戦いで初めてエイリワスの表情から余裕を消し去っていた。




