エイリヤカ再戦
アモリス地区南東部。
避難命令が出された街には人影はなく、風が吹くたびに空き缶が地面を転がる音だけが響いていた。遠くでは建物が崩れる音と、エイリ星人たちの不気味な咆哮が聞こえてくる。迎撃部隊として出撃したエデンたちは、進化個体エイリヤカの捜索を開始していた。進化個体は一体。しかし、その危険度は通常のエイリ星人とは比較にならない。そのため、戦力を分散させて広範囲を捜索することとなった。
流鹿、エデン、ジエル、亜爆の四人。
時輪を中心とした部隊。
そして風黒幕人と精鋭隊員たちによる部隊。
三つの部隊に分かれ、それぞれがエイリヤカを探しながらも、エイリ星人を見つけ次第対処していた。
「しかし、まさかまたあいつと戦うことになるとはな」
ジエルが辺りを警戒しながら呟く。額に巻かれた青いはちまきが風に揺れる。
「今回は負けません」
亜爆はそう言いながら、既に能力を使えるよう意識を集中させていた。
エデンもまた周囲へ視線を向ける。クロウ島での戦いは忘れていない。
自分の攻撃は届かず、防御すら満足にできなかった。
だが、この三日間で得たものは決して小さくない。
『油断するな』
頭の中でケイが語りかける。
『相手は進化個体だ』
『以前より強くなっている可能性も十分にある』
「ああ、分かってる」
エデンは小さく答える。
その時だった。
流鹿が突然足を止める。
「止まれ」
普段の柔らかな表情は消え、その瞳が鋭く細められる。
「どうした?」
ジエルが問いかける。
「殺気や」
その言葉を聞いた瞬間だった。
エデンたちの前方。人気のなくなった交差点の中央に、一つの影が立っていた。赤。全身を赤く染める異形。人の形をしている。だが、人ではない。全身を覆う赤い外骨格はまるで鎧のように重厚であり、肩や腕には硬質な装甲が幾重にも重なっている。頭部は武士の兜を思わせる形状。そして、その右手には異様に長い赤い刀が握られていた。まるで血で染め上げられたような刀身。それは見る者に本能的な恐怖を抱かせる。
進化個体――エイリヤカ。
「ようやく見つけたか」
ジエルが小さく笑う。
「また会ったな」
エデンは通信機で連絡をする。
「こちらエデンです!進化個体エイリヤカを発見しました!」
「現在、アモリス地区南東部第三区画にて接敵!」
「了解!直ちにそちらへ向かいます!」
通信を終える。
それを見たエイリヤカは静かに刀を構えた。
「再び.......相まみえるか」
その声は以前と変わらず、どこか武人を思わせるものだった。エイリヤカは静かにエデン達を見つめる。
「今回こそ、この刃の錆としてくれよう」
赤い刀がゆっくりと持ち上がる。
「いざ――」
空気が張り詰める。
「尋常に......」
次の瞬間だった。エイリヤカの姿が消える。移動の省略。それは移動という過程そのものを省略し、一瞬で目的地へ到達する能力。気付けば。エイリヤカはエデンの目の前にいた。
赤い刀が振るわれる。
「勝負!」
凄まじい速度の一閃。
クロウ島の時のエデンなら、防ぐことすらできなかった一撃。だが──
「リミットナイト!」
両腕が黒い鎧によって覆われる。甲高い金属音が響いた。エイリヤカの刀は、エデンの両腕によって完全に受け止められていた。衝撃によって地面が砕ける。しかし、エデンの身体は一歩も下がらない。
「なに......?」
初めてエイリヤカの声に驚きが混じった。以前の戦いでは、一撃で鎧を削り取っていた。それが今は違う。
エデンはエイリヤカの刀を受け止めたまま、その瞳を真っ直ぐ見つめる。
「前とは違うぞ......エイリヤカ!」
力を込め、一気に刀を弾き返す。エイリヤカが後方へ飛び退く。その光景を見たジエルが思わず笑みを浮かべた。
「やるじゃねぇか!」
「当然ですよ」
亜爆も小さく笑う。
「この三日間、エデンさんは誰よりも訓練していましたから」
流鹿はそんなエデンの姿を見て、小さく笑みを浮かべる。
「言ったやろ」
「クロウ島の時のお前やないってな」
エデンは拳を握り締める。恐怖はまだある。だが、それ以上に今の自分を信じていた。
クロウ島では何もできなかった。守ることすらできなかった。それでも、立ち止まらなかった。
この三日間、何度も倒れ、何度も立ち上がった。だからこそ。
「今度は勝つ!」
その言葉に、胸ポケットにいるオルも元気よく叫ぶ。
「頑張るんですぞー!」
エイリヤカは刀を構え直す。その声には僅かな歓喜が混じっていた。
「ここまで成長するとは.......」
「ならば、こちらも」
刀身から赤い光が溢れ始める。
「本気で戦おう」
エイリヤカがエデンとの距離を詰める。赤い刀と黒い鎧がぶつかる度に激しい火花が散り、周囲の地面は斬撃によって大きく抉られていく。
「はぁぁぁ!」
エデンはリミットナイトによって身体を覆い、そのままエイリヤカへと踏み込む。刀が振るわれる。両腕の鎧で受け止め、そのまま拳を叩き込む。エイリヤカは刀を使ってその攻撃を受け流し、距離を取る。
しかし、それで終わりではない。
「まだだ!」
後方からジエルの声が響く。戦闘開始から絶えず走り続け、能力発電機によって身体へ電気を溜めていたジエルの身体から青白い電気が漏れ始める。
「怒雷刃!」
右手に収束した電気が刃となり、一気に放たれる。轟音と共に放たれた雷の刃がエイリヤカへ襲いかかった。
エイリヤカは咄嗟に刀を振るい、怒雷刃を切り裂く。しかし、その瞬間。
「そこです!」
亜爆が複数の爆弾が生成し、投げる。エデンが攻撃に転じるまで、その死角を埋めるように爆弾が放たれた。激しい爆発音が響き渡る。エイリヤカは刀で爆風を切り裂きながら後方へ飛び退く。
「逃がさへんで!」
流鹿が一気に踏み込み、両手に装着されたガントレットを握り締める。
「おらぁ!」
重い一撃がエイリヤカの腹部へ叩き込まれる。鈍い音が響き、エイリヤカの身体が数メートル吹き飛ばされた。
エイリヤカは四人を見つめる。
「ほう......ここまでの連携.......」
「実に見事」
だが、その瞳に宿る戦意は少しも衰えていなかった。
「されど――」
「この程度では........我を討つことは........叶わぬ」
エイリヤカは静かに左手を前へかざす。その手に赤い光が集まっていく。次の瞬間──
赤い斬撃が手から放たれた。それは刀による斬撃ではない。能力による遠距離攻撃だった。
二つに分かれた斬撃は、それぞれジエルと亜爆へ向かって飛んでいく。
あまりにも速い。避けるには間に合わない。
「過剰適応――」
流鹿が小さく呟く。
「可搬洋棋」
流鹿の前に、一枚のチェス盤が浮かび上がる。
「ポーン」
チェス盤の上に一つの駒が現れる。その瞬間、流鹿の目の前へ人ほどの大きさのポーンが召喚された。赤い斬撃がポーンへ直撃する。だが、その巨体は二人を守り切り消滅した。
「助かった......」
「流鹿さん!」
ジエルと亜爆が驚きの表情を浮かべる。
エデンもまた、その能力を見て目を見開いていた。
「それが......流鹿さんの...」
以前の白黒洋棋は、能力発動時に別空間へ自分と相手を閉じ込め、その中でしか駒を使うことができなかった。しかし。この過剰適応は別空間を必要とせず、現実世界へ直接駒を召喚することができる。
流鹿は小さく笑った。
「俺、奥の手は勝てるって思うまで隠しておく性分なんや」
そう言ってチェス盤を見つめる。そして、その上に新たな駒が現れた。
「ナイト」
コトリ、と駒が盤の上へ置かれる。その瞬間。流鹿の目の前に、銀色の鎧を纏った騎士が姿を現した。
「ほう......」
エイリヤカも興味を示す。
「別空間を必要としない.....過剰適応か」
エイリヤカは再び左手をかざす。
「ならば......その駒ごと斬り伏せるだけだ」
赤い光が手に集まっていく。飛ぶ斬撃を放とうとした、その瞬間だった。
「させるか!」
エデンが一気に踏み込む。
「リミットストリング!」
右手から伸びた黒い線が、鞭のようにしなりエイリヤカの左手を打ち払った。左手が弾かれ、斬撃の軌道が大きく逸れる。エイリヤカの表情に困惑が浮かぶ。その僅かな隙を流鹿は見逃さない。
「行け!」
ナイトが地面を蹴った。その速度は人間を遥かに超えている。エイリヤカが刀を構えるよりも早く、その剣が腹部へ叩き込まれた。エイリヤカの身体が大きく吹き飛ばされ、建物の壁へと叩きつけられる。土煙が舞い上がる。
土煙の中から、再び赤い殺気が溢れ始める。進化個体エイリヤカ。
未だ、その戦意は失われていなかった。




