体内埋め込み型
病室の空気は、先ほどまでの重苦しさから少しずつ変わり始めていた。エイリワスについて分かったことは多い。しかし、それ以上に分からないことが多すぎる。
エデンは大きく伸びをした。
「考えてても仕方ないか」
「三日しかないなら、少しでも強くならないと」
その言葉に亜爆も頷く。
「ええ。エイリワスがどれだけ強くても、私たちがやることは変わりません」
「勝つために準備をする。それだけです」
エデンは拳を握った。クロウ島での戦いを思い出す。エイリヤカの攻撃はリミットナイトを削り取り、自分は満足に防ぐことすらできなかった。ケイの言葉も頭に残っている。
――出力がが足りない。
「俺、訓練場行ってくる」
「今のままじゃ絶対足引っ張るからさ」
「私も付き合います」
亜爆はそう言って立ち上がった。
「流鹿さん、訓練の続きお願いします」
「もちろんや」
流鹿は笑って親指を立てる。
「三日間、死なん程度に鍛えたるわ」
「それ死ぬやつじゃないですか!?」
「安心せぇ。死ぬ寸前で止める」
「安心できませんよ!」
そんなやり取りに、病室に僅かな笑いが生まれる。その一方で、ジエルは左腕を軽く握る。進化の種。六年間、自分の中に眠っていたもの。
「俺はラベンダーさんのところに行ってくる」
「少しでも進化の種について知っときてぇ」
ジエルが病室を出ようとした、その時だった。
「待ちぃや」
流鹿が呼び止める。
「なんだ?」
「ちょっと待っとってくれ」
そう言い残すと、流鹿は病室から出て行った。数分後。再び病室の扉が開く。戻ってきた流鹿の手には、小さなケースが握られていた。
「ほれ」
ケースを開く。中には、淡い紫色の光を放つラベジニウムが収められていた。まるで夕暮れの空を閉じ込めたような、不思議な色合いだった。ジエルは目を見開く。
「これって……」
「ラベンダーさんのラベジニウムや」
流鹿はケースごとジエルへ手渡す。
「ラベンダーさんは今、ラベジニウムを取り上げられとる」
「でも、診察とか研究する時だけは使用許可が出るんや」
「その許可証も一緒に入っとる」
ジエルはケースを受け取り、中を見つめる。
「いいのか?」
「ええも何も、進化の種を調べるなら必要になるかもしれへんからな」
「それに――」
流鹿は珍しく真面目な顔をした。
「ラベンダーさんが一番気にしとったんは、自分の知識が誰にも受け継がれんことや」
「使えるもんは使った方がええ」
ジエルはしばらく黙っていた。そして、小さく笑う。
「……サンキュー」
「後で返す」
「壊すなよ?」
「壊さねぇよ」
ジエルはケースをポケットへしまう。その横では、エデンが訓練場へ向かう準備をしていた。
「じゃあ俺たちは特訓しましょう」
それぞれが、それぞれのやるべきことへ向かう。三日後のエイリワスとの戦いは避けられない。だからこそ、今できることをやるしかなかった。ジエルは病室の扉へ手をかける。
向かう先は――アモリス刑務所。ラベジニウムを最初に発見した男。ラヴァンデ・ラベンダー。左腕に眠る進化の種の真実を知るため、ジエルは静かに歩き出した。
夕暮れ時。アモリス支部の廊下は窓から差し込む橙色の光に照らされていた。ジエルはポケットに入れたラベンダーのラベジニウムを軽く叩きながら歩いていた。左腕に埋め込まれた進化の種について調べてもらうためだ。
「ったく……」
ジエルは左腕を見る。六年前からずっと自分の身体に入っていたもの。それを考えるだけで、何とも言えない気分になる。
「三日後に襲ってくるとか言いやがって……」
「どうにかして絶対ぶっ飛ばしてやる」
そんなことを呟きながら歩いていると、廊下の向こうから見慣れた人物が歩いてきた。
落ち着いた表情。ドロイ・アンドだった。
「あ?」
ドロイもジエルに気付いたようで、軽く会釈をする。
「ジエルさん」
「お、ドロイじゃねえか」
ジエルは足を止める。
「エデンとかに用か?」
ドロイは少し考えるように目を伏せた後、小さく首を横に振った。
「いえ、皆さんに一応伝えておきたかったことがありまして」
「本部には既に報告しているんですが……」
珍しく真剣な様子に、ジエルも表情を引き締める。
「なんだ?」
「エリア・オズでエイリワスと交戦した時のことです」
その名前を聞き、ジエルは思わず眉をひそめた。
「私は戦闘中、エイリワスの身体を観察していました」
「その時、少し気になったことがありまして」
ドロイは一度言葉を切る。
「エイリワスの身体には、インターフェースのようなものがありませんでした」
「……は?」
ジエルは目を瞬かせる。
「少なくとも外見上は確認できませんでした」
「腕、首、背中、どこにも機械的な接続部位はありません」
「もしかすると――」
ドロイは静かに言う。
「体内に直接埋め込んでいる可能性があります」
その言葉を聞いた瞬間。ジエルの脳裏に、六年前の記憶が鮮明に蘇った。
兄の手の甲から血が流れる。エイリワスがゲートのインターフェースを引き抜く。その時、確かにエイリワスは言っていた。
『やはりインターフェースによる外付け型は奪われるリスクがあるな……』
「……!」
ジエルの足が止まる。
「そうか……」
「どうかしましたか?」
ドロイが首を傾げる。ジエルは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「いや……思い出したんだ」
「六年前、エイリワスが言ってた」
「"外付け型は奪われるリスクがある"ってな」
ドロイの表情が変わる。
「つまり……」
「ああ」
ジエルは頷く。
「あいつはインターフェースを信用してなかったんだ」
「だから、自分の身体に直接埋め込む方法を選んだ」
「それなら辻褄が合う」
流鹿が言っていた言葉が頭を過る。
――もしインターフェースとかの機械を使わずに埋め込んで、なおかつラベジニウムを複数入れたら、使い物にならへんやろ。
だが。エイリワスはおそらく一つのラベジニウムしか埋め込んでいない。
「次元があるから、ラベジニウムを無理矢理埋め込んで能力を使えなくするっていうのも出来ないんだよな」
ドロイも腕を組む。
「外部に露出しているというインターフェースのリスクを避けながら、能力によって体内埋め込み型のデメリットを打ち消している......」
「それが事実なら非常に厄介です」
ジエルは頭を掻く。
「…....どうやって勝てばいい....?」
ドロイも黙り込む。沈黙が流れる。窓の外では、夕日がゆっくりと沈み始めていた。ジエルはポケットの中のケースを握る。
「とにかく俺はやることがあんだ。ドロイ、またな」
「分かりました」
ドロイは小さく頷く。
「気を付けてください」
「ああ」
ジエルは背を向け、再び歩き始める。六年前の記憶。左腕に眠る進化の種。そして、自らの身体を改造し続けた怪物。エイリワスという存在は、思っていた以上に底知れなかった。その真実へ少しでも近づくため、ジエルは夕日に染まるアモリス支部を後にした。




