埋め込んだ力
「……やった」
ゲートは小さく息を吐いた。肩で荒く呼吸を繰り返しながらも、その表情には確かな安堵が浮かんでいる。砕け散った核。頭部は完全に破壊した。黒い肉体は崩れ始め、砂のように粒子となって風へ溶けていく。巨大だった翼も形を失い、黒い羽が灰となって舞い上がる。その様子を見て、木の陰に隠れていたジエルも震えながら顔を上げた。
「兄貴……勝った……?」
涙で濡れた瞳に、ようやく希望が宿る。しかし、その希望は一瞬だった。
「……まさかここまでとは」
静かな声。それは核から離れた場所から聞こえた。そちらに目を向けたゲートの表情が凍りつく。
「……!」
そこには、どこにも損傷がないエイリワスが立っていた。
「何故だ……!」
ゲートは思わず叫ぶ。
「核は確かに壊したはずだ!」
エイリワスは静かに自分の身体を見下ろす。
「……ああ、私は確かに核を破壊された」
まるで他人事のような口調だった。ゲートは剣を構え直す。
「どうして生きている!」
その問いに、エイリワスはゆっくりと顔を上げた。
「簡単なことだ」
白い瞳が細くなる。
「私は核を複数持っている。例え一つ核を破壊されようが、別の核から再生すればいい」
その事実に、ゲートの呼吸が止まる。そんな個体は聞いたことがない。常識が覆される。エイリワスは一歩、また一歩と歩み寄る。その声は先ほどまでよりも滑らかだった。まるで長い観察を終えた研究者が結論を語るように。
「君の持つラベジニウムの能力」
「実に素晴らしい」
白い瞳がゲートを捉える。
「だから――」
「手に入れようと思ってね」
その瞬間。周囲に転がっていたエイリ星人の死体が一斉に蠢いた。折れた腕。千切れた脚。切断された胴体。全てが糸で操られる人形のように動き始める。そのうち一体。腕だけとなった死体が、不自然に膨れ上がった。
「!」
ゲートは反射的に身構える。
(俺を狙う……!)
次の瞬間。腕が爆ぜた。肉片となった腕が今までより早い速度で射出される。腕はゲートとは違う方に向かっていた。木の陰。幼いジエルが隠れている場所だった。
「まさか……!」
ゲートの瞳が大きく開く。考えるより先に身体が動いていた。
「レート!!」
ジエルの前へ飛び込む。肉の槍が一直線に胸へ突き刺さった。
「がっ……!」
鈍い音。鮮血が舞う。ジエルの顔から血の気が引いた。
「兄貴!!」
ゲートの身体がゆっくりと崩れ落ちる。胸を貫かれた傷口から大量の血が流れ出していた。息を吸うたびに血が口から零れる。立ち上がれない。身体に力が入らない。エイリワスはその姿を無表情で見つめると、ゆっくりと近づいた。そしてゲートの右手を掴む。手の甲へ埋め込まれたインターフェース。エイリワスの鋭い爪がそれへ食い込んだ。
「や……めろ……」
ゲートがかすれた声を漏らす。
しかし、力は残っていない。ぶちっと肉が裂ける。
「やはりインターフェースによる外付け型は奪われるリスクがあるな....」
インターフェースごと埋め込まれていたラベジニウムが引き抜かれる。それを見つめ、エイリワスは小さく呟いた。
「強いエネルギーだ」
「持つだけでも気分が悪くなる」
そう言いながらも、その瞳には満足そうな色が浮かんでいた。
「そ……そんな……」
ジエルは震える声しか出せない。身体が動かない。恐怖が全身を縛り付けていた。エイリワスは今度はジエルへ歩み寄る。片手で軽々と身体を持ち上げた。足が宙へ浮く。
「確か君は、彼の家族だったな」
白い瞳がジエルを見つめる。
「なら、あそこまで成長する可能性もある」
その言葉と同時に。鋭い爪がジエルの左腕へ振り下ろされた。
「ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
裂けた肉。噴き出す血。激痛が全身を駆け巡る。幼い悲鳴が森中へ響き渡った。ゲートはその光景を見つめることしかできない。手を伸ばしたい。助けたい。それなのに身体はもう動かなかった。エイリワスは裂けた左腕へ、懐から取り出した小さな球体を近づける。虹色にも似た、色とりどりの光を放つ奇妙な玉。それを傷口へ押し込んだ。玉は肉へ溶け込むように沈み、完全に姿を消す。ジエルは絶叫した。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みだけではない。身体の奥へ何か異物が入り込んでくる感覚。焼けるような熱。骨が軋むような痛み。全身が震え続ける。エイリワスは静かに説明した。
「安心していい」
「進化の種は、埋め込まれた生物の再生力を一時的に高める効果がある」
「すぐに傷も塞がるだろう」
「さらには埋め込まれた生物は成長し、それに伴い進化の種も成熟する」
その言葉とは裏腹に、ジエルの悲鳴は止まらない。痛み。恐怖。理解できない出来事。幼い心には耐え切れなかった。エイリワスはそんなジエルに何の反応も示さず、考え込む。
「後で摘出されても厄介だ、やはり神経や血管の近くに埋め込んだ方がいいか...」
そう言い、エイリワスはジエルの身体に入れた進化の種を少し動かす。
「成熟しきった進化の種さえ摂取すれば、私は生物としてさらなる進化を──」
ジエルは叫び続け、やがて視界が暗く染まり始めた。兄の姿も。エイリワスの姿も。森の景色も。すべてが遠ざかっていく。
「兄……貴……」
ジエル・レートの意識は闇へ沈んだ。
――彼の記憶は、そこで途切れた。
病室には重い沈黙が流れていた。窓の外では夕日が差し込み、部屋を赤く染めている。ベッドに腰掛けたジエルは、自分の左腕をじっと見つめていた。つい先ほどまで、彼の頭の中では六年前の光景が鮮明に蘇っていた。兄の背中。巨大な黒い翼。胸を貫かれる音。そして、自分の腕へ埋め込まれたあの色とりどりの玉――進化の種。全てを思い出した今でも、左腕の奥が疼いているような気がした。
「……これが、俺の記憶か」
小さく呟く。その声には疲労が滲んでいた。能力を解除した天記もまた、椅子へ腰掛けながら心配そうな顔を向ける。
「大丈夫?無理しなくてもいいんだよ」
ジエルはゆっくりと顔を上げた。
「ああ……大丈夫だ」
そう言ったものの、その表情は明らかに疲れている。六年間失っていた記憶を一気に受け止めたのだ。無理もない。しばらく沈黙した後、ジエルは外にいるエデン達を呼び、流鹿を連れてきて話す。
「みんな……色々分かったことがある」
ジエルは自分の左腕を握る。
「みんなも聞いてくれ」
病室の空気が変わる。ジエルはポケットから安室からもらった進化の種を取り出す。
「まず、この"進化の種"ってやつは身体に埋め込まれると成長するらしい」
「成長?」
エデンが眉をひそめる。ジエルは頷いた。
「ああ。あいつ――エイリワスの目的は、その成長した進化の種を取り込むことだ」
「進化の種を取り込んで……自分が進化する」
病室が静まり返る。誰も言葉を発せなかった。あのエイリワスが、さらに強くなるために何年も準備をしていた。そう考えるだけで背筋が冷える。
「で、その進化の種は――」
ジエルは左腕を持ち上げる。
「俺の左腕に入ってる」
「なっ……!」
亜爆が目を見開いた。流鹿も珍しく驚きを隠せない。
「ちょ、ちょっと待ちぃや」
「つまり、エイリワスは六年前からジエル君を……」
「育ててたってことか?」
流鹿の言葉に、病室の空気がさらに重くなる。
ジエルは苦笑する。
「考えたくねぇけど、多分そういうことだ」
天記が思わず身を乗り出した。
「大丈夫なの!?身体に異常とかは?」
「今のところはねぇ」
左腕を軽く動かす。
「むしろ、傷の治りが早かったりしたのはこいつの影響かもしれねぇな」
エデンはすぐに立ち上がった。
「だったら、早く取り出そう!」
「身体にそんな危ないものが入ってるなんて――」
しかし、ジエルは首を横に振った。
「ダメだ」
「記憶の中で聞いた。あいつ、普通に取り出せないよう血管とかの近くに埋め込んだらしい」
「そんな……」
エデンは悔しそうに拳を握る。流鹿は腕を組みながら考え込む。
「手術か……」
ジエルは視線を向けた。
「流鹿さん」
「手術が一番上手いやつって誰かいねぇのか?」
「もし取り出すなら、そいつに頼みてぇ」
流鹿は「うーん」と唸りながら頭を掻いた。
「外科の腕だけやったら本部にも何人かおるけど……」
「いや、待てよ」
何かを思い出したように指を鳴らす。
「あの人の能力ならどうにかなるかもしれへん」
「ラベンダーさんや」
「ラベンダーさん?」
エデンが聞き返す。
「ラベンダーさんの能力は生体構造にも干渉できる。ジエル君の腕をどうにか出来るかもしれん」
ジエルは少しだけ安心したような表情を見せた。
「……そうか」
「じゃあ、後で会いに行くか」
六年前から身体の中にある爆弾を取り除くことが出来るかもしれない。だが。ジエルにはもう一つ、伝えなければならないことがあった。彼はゆっくりと顔を上げる。
「それと……記憶を思い出して分かったことがもう一つある」
その言葉に全員の視線が集まる。ジエルの表情は、先ほどまで以上に真剣だった。




