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エデン  作者: ko-da
9章 ECO特訓編

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進化の種

エイリワスが姿を消したあとも、その場には重苦しい空気が残っていた。

誰もすぐには動けなかった。つい先ほどまで目の前にいた存在が、本当に現実だったのかと疑いたくなるほどの圧倒的な威圧感。だが、その沈黙を破ったのは、小さな咳き込む音だった。

「ごほっ……ごほっ……」

安室が地面に膝をつき、苦しそうに喉を押さえている。首には赤黒い手形が残り、呼吸もまだ乱れていた。

「安室さん!」

エデンはすぐに駆け寄り、肩を支える。

「立てますか?」

安室は苦しそうに何度か咳をすると、小さく頷いた。

「……はい....何とか」

しかし、その声には力がなかった。

流鹿も周囲を見回し、安全を確認すると近くにいた職員へ指示を飛ばす。

「医療室や!すぐ診てもらうで!」

職員は慌てて通信機を取り出し、医療班へ連絡を入れる。


数分後、エデンたちは安室を支えながらアモリス支部の医療室へ向かった。

白を基調とした静かな病室。消毒液の匂いが漂う室内には、規則正しく医療機器の電子音が響いている。安室はベッドへ腰掛け、首には冷却用の湿布が当てられていた。医師による診察も終わり、命に別状はないとのことだった。それを聞いて、全員がようやく胸を撫で下ろす。エデンはベッドの横まで歩み寄る。安室の顔色は少し戻っていた。それでも、その表情には疲労が色濃く残っている。エデンは静かに尋ねた。

「安室さん」


「大丈夫ですか?」

安室はゆっくり顔を上げた。無理に笑顔を作る。

「大丈夫です」

短い返事だった。

だが、その言葉とは裏腹に──

ベッドの上へ置かれた両手は、小刻みに震えていた。自分でも止めようとしているのだろう。強く握り締めても、その震えは収まらない。首を締め上げられた恐怖。巨大な口へ飲み込まれそうになった恐怖。そして、あの冷たい瞳を間近で見た恐怖。身体はまだ、あの瞬間から抜け出せていなかった。

エデンはその震える手を見てしまう。言葉では「大丈夫」と言っていても、本当は全く大丈夫ではない。それが痛いほど伝わってきた。

「……」

何の言葉を掛ければいいのか分からない。軽い慰めでは届かない気がした。

すると、隣にいた亜爆が静かに口を開く。

「今日はもう何も考えなくていいです」

「ゆっくり休んでください」

その穏やかな声に、安室は少しだけ表情を緩めた。

「……ありがとうございます」

それでも、手の震えだけは止まらなかった。ジエルはその様子を見つめながら、拳を強く握る。

(エイリワス……あいつはいつもこうだ)

人の心を壊すことに何の躊躇もない。エイリワスへの怒りを必死に押さえ込みながら、ジエルは静かに息を吐いた。流鹿は病室の窓から夜空を見上げる。

「三日後、か……」

静かな呟きだった。宣戦布告。それはただの脅しではない。エイリワスは本気でこの街を襲うつもりだ。残された時間は、あと三日しかなかい。


数分後、病室には静かな時間が流れていた。

安室はベッドに寝ていて、ようやく呼吸も落ち着き始めている。ECOの医療班からも安静にするよう告げられ、部屋には先ほどまでの緊迫感は少しだけ薄れていた。しかし、誰の心からもエイリワスの姿は消えていなかった。特にジエルは、病室の壁をぼんやりと見つめたまま、一言も口を開いていない。拳だけが、ぎゅっと握られている。

「なんなんだ……」

ぽつりと呟く。その声に、エデンたちが視線を向けた。ジエルはゆっくりと顔を上げる。

「進化の種って……」

エイリワスが口にした、その言葉。頭の中で何度も反芻する。その瞬間だった。

「……っ!」

ジエルが突然顔をしかめた。片手で頭を押さえ、苦しそうによろめく。

「ジエル!」

エデンが慌てて支える。ジエルは額に汗を浮かべながら、苦しそうに息を吐いた。

「……なんだ、これ……」

頭の奥がずきりと痛む。

「なんか……くそ……」

ジエルは歯を食いしばった。

「やっぱりだ……」

「なんか、おかしい……」

その様子を見た流鹿は表情を引き締める。

「どうしたんや、ジエル君」

肩へ手を置き、落ち着いた声で問い掛ける。

「頭が痛むんか?」

ジエルは何度か深呼吸をしながら頷いた。

「ああ……思い出そうとすると……頭が割れそうになる」

「何か……忘れてる」


「すげぇ大事なことを……」


エデンは心配そうにジエルを見つめる。この苦しみ方は明らかに普通ではない。エデンは静かに言った。

「ジエルも休んだら?」

「今日は色々ありすぎたし」

「無理して思い出そうとしなくていいよ」

ジエルは悔しそうに拳を握る。

「でも……このままだと……」


「きっと無理に思い出そうとしても逆効果です」

亜爆が穏やかな口調で言葉を続ける。

「人間の記憶は、不思議なものです」


「考え続けても思い出せないのに、何気ないきっかけで急に思い出すこともあります」


「今日は寝ましょう」


「身体も頭も、一度休ませた方がいいです」

病室は静かになる。ジエルはしばらく俯いたままだった。やがて、小さく息を吐く。

「……分かった」

納得したというより、自分でも限界を感じていた。これ以上考えても、頭痛がひどくなるだけだ。流鹿も安心したように頷く。

「それでええ」


「三日後まで時間はある」

「今は身体を休めるんが一番や」

その言葉に、全員が静かに頷いた。


夜も更け、アモリス支部は静けさに包まれていた。

隊員たちもそれぞれの部屋へ戻り、明かりの消えた廊下には足音一つ響かない。ジエルも自室へ戻っていた。部屋へ入ると、制服を脱ぎ捨てるように椅子へ掛け、そのまま机の前へ腰を下ろす。だが、落ち着くことはできなかった。頭の中では、今日一日の出来事が何度も繰り返されている。

エイリワス。宣戦布告。父親の身体。

そして――。

「進化の種……」

小さく呟く。その言葉を口にしただけで、胸の奥がざわつく。思い出せそうで思い出せない。何かを知っているはずなのに、その記憶だけが霧の中へ隠されている。

「……くそ」

ジエルは頭を掻きむしる。机の上には、いつも身に着けている青いはちまきがあった。汗を吸い込み、少し湿っている。

「少し頭冷やすか……」

そう呟き、浴室へ向かう。温かい湯が肩へ流れ落ちる。今日の疲れが少しずつ流されていく。それでも、頭の中だけは静かにならなかった。シャワーを浴びながらも、エイリワスの声が耳に残る。

『ジエル・レート、今のきみは──』

『進化の種を知らないということか』

「今のきみは」という言葉、今までにジエル自身が進化の種を知っていたかのような言い方


「やっぱり俺は知ってんのか?……」

ジエルは目を閉じる。思い出そうとする。しかし、何も思い浮かばなかった。ジエルはすぐに考えるのをやめる。深呼吸を一つして、シャワーを止める。浴室には水滴が落ちる音だけが響いていた。風呂から上がると、部屋は昼間より少し涼しく感じられた。濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら、ジエルは冷蔵庫から水を取り出して一気に飲み干す。喉を潤しても、胸の中のもやもやは晴れない。机の上には青いはちまきが置かれたままだ。何気なく視線を向ける。

「……」

少しだけ見つめたあと、明かりを消した。部屋は薄暗くなり、窓から差し込む月明かりだけが床を照らしている。ジエルはベッドへ倒れ込むように横になった。柔らかな布団に身体を預けても、目はなかなか閉じない。天井を見つめながら、また考えてしまう。

進化の種。エイリワスによる三日後の襲撃。仲間を殺すという脅し。

様々な言葉が頭の中で入り乱れ、まとまらない。

「……考えても仕方ねぇか」

小さく呟く。

ジエルはゆっくりと目を閉じた。疲労は思っていた以上に溜まっていたらしい。意識は少しずつ沈み、やがて深い眠りへと落ちていく。静かな部屋には、規則正しい寝息だけが響いていた。

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