インターフェースの重要性
オルがエデンの隣で嬉しそうに笑っている。その穏やかな空気を見ながら、流鹿は何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。
「……一つ分かったことはあるで」
その一言で、教室の空気が少し変わる。エデンたちは自然と流鹿へ視線を向けた。
「分かったこと?」
エデンが聞き返す。ジエルも腕を組みながら興味深そうに眉を上げる。
「本部じゃ何も分からなかったんじゃねぇのか?」
流鹿は苦笑しながら首を横に振った。
「完全に何も分からんかったわけやない」
「ちゃんと収穫もあったで」
その言葉に、亜爆も姿勢を正した。本部がわざわざオルを呼び寄せてまで検査したのだ。何か一つでも判明したのなら、それは大きな情報になる。流鹿はオルへ一度視線を向ける。当の本人は話の内容など気にせず、教室に置かれていた観葉植物を興味津々で眺めていた。その様子に思わず苦笑しながら、流鹿は口を開く。
「本部で詳しい解析をした結果」
「ほぼ確定で能力を持っとるってことは分かった」
その瞬間だった。
「「「え?」」」
エデン、ジエル、亜爆の三人の声が重なる。エデンは驚いた表情のままオルを見る。
「能力……?オルが?」
オルも自分を指差しながら首を傾げる。
「オルですぞ?」
どうやら本人も知らないらしい。流鹿は真面目な表情で頷いた。
「本人が知らんだけで、身体の中には能力反応が確認された」
「エイリ星人の進化個体特有のエネルギーも正常に循環しとる」
「つまり、能力を使える条件自体は満たしとるんや」
エデンは驚きを隠せなかった。
「でも、オルが能力を使ってるところなんて見たことないですよ」
「せやろ」
流鹿も頷く。
「そこが不思議なんや。能力を持っとる反応はある。せやのに、一度も発動した形跡がない」
ジエルは頭を掻きながら言う。
「能力があるのに使えねぇなんてことあんのか?」
流鹿は少し考えてから答えた。
「可能性はいくつかある。本人が発動方法を知らんのか。何か条件があるんか」
「あるいは……」
そこで一度言葉を切る。
「まだ覚醒しとらんだけかもしれへん」
教室が静まり返る。能力を持ちながら、まだ使えない。そんな例はエデンたちも聞いたことがなかった。オル本人だけは相変わらずの様子だった。
「能力ですぞ?何だかすごそうですぞー!」
目を輝かせながらそんなことを言っている。エデンは思わず苦笑した。
「オル、自分のことなのに他人事みたいだね」
「そうですぞ!」
オルは元気よく頷く。
「オルにもよく分からないですぞ!」
そのあまりにも自然な返事に、教室の緊張した空気が少しだけ和らいだ。しかし流鹿だけは腕を組み、真剣な表情を崩さなかった。
「能力がある以上いつ発動してもおかしくない」
その言葉には、期待と警戒の両方が込められていた。まだ誰も知らない。オルがどんな能力を秘めているのか。そして、その力が人類の味方となるのか、それとも別の何かを意味するのかは、まだ誰にも分からなかった。流鹿は腕を組みながらオルをちらりと見た。
「まぁ、オル君のことはまた今度話そうや。能力についても、まだ分からんことばっかりやしな」
そう言うと、流鹿はパン、と一度手を叩く。教室の空気が切り替わった。
「今は訓練の続きするのが先や」
「休憩は終わりやで」
その一言で、エデンたちは揃って苦笑いを浮かべる。結局、話を聞くだけで今日は終わらないらしい。
「はい……」
エデンは立ち上がりながら返事をした。
数分後。
一行は再び訓練場へ移動していた。
「ほな、続きいこか」
訓練は再開された。エデンはリミット全体出力を上げ。亜爆は爆撃手の爆弾をより正確に扱う練習を繰り返す。ジエルはラベンダーから言われたことを意識しながら、能力を発動していた。焦らない。無理に出力を上げない。電気の流れを感じながら、一つ一つ丁寧に扱う。何度も流鹿へ攻撃を仕掛ける。しかし。
「甘い」
流鹿は最小限の動きで攻撃をかわす。
「もっと身体全体で見ぃ」
ジエルが踏み込む。流鹿は身体を半歩ずらすだけで拳を避ける。
「足元や」
次の瞬間。軽く払われた足によって体勢を崩す。
「うおっ!」
ジエルが立て直す前に。流鹿の掌が胸へ当たった。衝撃が身体を突き抜ける。
「ぐっ!」
ジエルの身体が数メートル吹き飛び、訓練場の床を何度も転がった。
「まだまだや」
流鹿は肩の力を抜いたまま笑う。その一撃は決して本気ではない。それでも、ジエルには十分すぎる威力だった。
「いてぇ……」
ジエルは頭を押さえながら立ち上がる。服には砂埃が付き、息も少し乱れていた。その少し離れた場所では。エデンと亜爆が床へ座り込んでいた。二人とも全身汗だくで、肩を大きく上下させている。
「はぁ……」
「もう腕が上がらない……」
エデンはそのまま仰向けに寝転んだ。リミットを何度も使い続けた影響で、両腕がじんじんと熱を持っている。亜爆も壁へ背中を預け、静かに息を整えていた。そんな二人のところへ、小さな足音が近付く。
「エデン!」
オルだった。心配そうな顔でエデンの隣へしゃがみ込む。
「大丈夫ですぞ?すごく疲れてる顔してるですぞ」
エデンは苦笑しながら起き上がる。
「うん、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
オルは安心したように笑った。
「よかったですぞー」
そのやり取りを見ていたジエルが、流鹿へ文句を言う。
「いやいや!今朝の訓練と強さ違いすぎだろ!」
流鹿は「あはは」と笑う。
「そらそうや。午前中は様子見やったし」
「俺、まだちょっとしか本気出してないで」
その言葉に、エデンたちは思わず顔を引きつらせた。
「えぇ……」
エデンは小さく呟く。
(これで……ちょっと?)
Sランク隊員との実力差を改めて思い知らされる。流鹿はジエルへ目を向ける。
「でもまぁ黒い電気が出とらんのはええな」
ジエルも自分の身体を見る。
確かに、訓練中は一度も黒い電気が漏れ出していない。
「制御できとる証や」
流鹿は満足そうに頷いた。
「ラベンダーさんの話をちゃんと意識しとるんやろ」
ジエルは照れくさそうに鼻をこする。
「まぁ……少しはな」
流鹿はそのまま続ける。
「ラベジニウムの能力は案外繊細なんや」
「力任せに使えばええってもんやない」
「エネルギーをちゃんと扱えんかったら、能力も扱えん」
その言葉にエデンも耳を傾ける。流鹿は地面へ指先で一本の線を描きながら説明を続けた。
「能力っていうんは、エネルギーを形にしとるだけなんや」
「せやから、その流れが乱れたら能力も乱れる」
「逆に、エネルギーの流れを正確に制御できれば、能力の精度も上がる」
流鹿はジエルを見て笑う。
「ジエル君はエネルギーを扱う技術が上手いな」
「ジェネレーターで溜めた電気を無駄なく身体へ巡らせとる」
「せやから身体能力もよう上がっとる。今回黒い電気が出ぇへんかったんも、その制御を意識できとったからや」
ジエルは少し驚いたような顔をした。褒められるとは思っていなかったのだ。流鹿は満足そうに頷きながら続ける。
「その感覚を忘れんことや」
「能力を制御できる奴ほど、最後には強くなる」
ジエルは自分の両手をじっと見つめた。掌を握ったり開いたりしながら、流鹿の言葉を頭の中で反芻する。エネルギーを制御する。そう言われても、正直なところ実感が湧かなかった。しばらく考え込んだ末、ジエルは困ったように頭を掻く。
「俺、あんま分かってねぇんだよな……」
流鹿が首を傾げる。
「何がや?」
「どうやってエネルギー使ってるか」
ジエルは苦笑いを浮かべた。
「言われてみれば、考えたこともねぇ」
「身体動かしたら電気が溜まる。それを放つ」
「それだけなんだよ」
「細かく制御してるつもりなんて、一回もねぇ」
その答えを聞いた流鹿は数秒間黙っていた。やがて、小さく笑う。
「……天才なんやろね」
「へ?」
ジエルが間の抜けた声を出す。流鹿は肩をすくめた。
「普通やったら、意識して練習せな身につかん技術や。でもジエル君は、それを無意識でやっとる」
「本人が分かっとらんだけで、身体が勝手に覚えとるんや」
ジエルはますます困った顔になる。
「褒められてんのか、それ」
「褒めとる褒めとる」
流鹿は笑いながら頷く。
「感覚で出来る人間っておるんや」
「説明は出来へんけど、ちゃんと出来とる」
「君はそういうタイプなんやろ」
ジエルは「へぇ……」と呟きながら、自分でもよく分からないというように首を傾げた。
その様子を見ていた亜爆が、ふと疑問を口にする。
「ラベジニウムのエネルギーって、そんなに繊細なんですね」
流鹿は真面目な表情へ戻る。
「そうや。君らが思っとる以上にな」
ゆっくり歩きながら説明を始める。
「能力っていうんは、ラベジニウムから出るエネルギーを使って発動しとる」
「せやから、そのエネルギーが少しでも乱れたら能力も乱れる」
流鹿は床へ指先で円を描く。
「違うエネルギー同士が混ざったら、使えんくなることもあるからな」
その言葉に亜爆は目を丸くした。
「混ざるだけでですか」
「せや」
流鹿は頷く。
「相性が悪いエネルギー同士やと、お互いを打ち消し合ったり暴走したりする」
エデンはその話を聞きながら、ある人物の顔を思い浮かべた。
「あれ……」
小さく声を漏らす。
「時輪さんとか、ラベジニウムを二つ持ってる人はどうして使えるんですか?」
その質問に流鹿は「ああ」と納得したように笑う。
「そこ気になるよな」
腕を組みながら説明を続けた。
「あれはインターフェースがええ感じに調整してくれとるんや」
「二つのラベジニウムから出るエネルギーが混ざらへんようにな」
「出力も流れも機械側で管理しとる」
エデンは自分の右手を見る。黒いインターフェース。普段は能力を使うための装置程度にしか思っていなかった。だが、実際にはもっと重要な役割を果たしていたのだ。流鹿は三人の手元を順番に見る。
「みんなもインターフェース付いとるやろ?」
三人は揃って頷く。
「まさか体内にラベジニウム埋め込んで使うような馬鹿、おらへんやろ」
その何気ない一言に、エデンの脳裏へ一つの記憶がよみがえった。白石研究所。月下香が説明していた特殊な手術。ラベジニウムを体内へ直接埋め込み、専用の機械と一体化させる方法。安全性は高い。だが、一生取り外せなくなる。そんな話を聞いたばかりだった。エデンが考え込んでいる間にも、流鹿は説明を続ける。
「もしインターフェースとかの機械を使わずに埋め込んで、なおかつラベジニウムを複数入れたら、使い物にならへんやろ。エネルギーが身体の中で干渉し合って、まともに能力なんか使われへん」
流鹿の口調は軽い。しかし、その内容は決して軽いものではなかった。ラベジニウムは便利な力ではない。ほんの少し扱い方を間違えれば、自分自身を壊しかねない危険なエネルギーでもある。エデンは静かに自分の右手を握る。
(インターフェースって……能力を使うためだけの機械じゃなかったんだ)
今さらながら、その存在の重要さを改めて実感していた。




