帰ってきた
アモリス刑務所を後にしたエデンたちは、そのまま車でアモリス支部へ戻った。車内では誰も大きな声を出さなかった。ラベンダーから聞いた話が、それぞれの頭の中で整理されていたからだ。ジエルは窓の外を眺めながら、自分の右手をじっと見つめている。黒い電気。恐れるだけだったその力に、ようやく一つの答えが見え始めた。今すぐ解決する問題ではない。
だが、進むべき道は分かった。それだけでも、ジエルの表情は刑務所へ向かう前より少しだけ落ち着いていた。
やがて車はアモリス支部へ到着する。夕日が建物を赤く染め始めていた。エデンたちは車を降り、いつもの廊下を歩き、教室へ戻る。ガラリ、と扉が開く。見慣れた教室。机が整然と並び、夕陽が窓から差し込んで床へ長い影を作っている。エデンは自分の席へ腰を下ろした。椅子にもたれ、小さく息を吐く。身体の疲れというより、頭の疲れが大きかった。今日だけで得た情報はあまりにも多い。ジエルも近くの席へ座り、腕を組んで天井を見上げる。亜爆も静かに椅子へ腰掛けた。三人とも自然と言葉が少なくなる。そんな静かな教室へ、流鹿がゆっくり入ってきた。
「ほな。」
教卓へ軽く腰を預ける。
「ラベンダーさんから聞けることは聞けた」
三人が顔を上げる。流鹿は腕を組み、真面目な表情になる。
「エイリワスについては、今ECOの上層部が対策を練っとる」
その一言で、教室の空気が少し引き締まった。
流鹿は続ける。
「今度はクロウ島で出てきた進化個体について考えた方がええ」
その言葉を聞いた瞬間。エデンの意識は、自然とあの日へ戻っていた。崩れたホテル。瓦礫。吹き荒れる砂埃。そして。刀を構える進化個体――エイリヤカ。一切の無駄がない剣筋。まるで達人と戦っているような圧倒的な技量。エデンは無意識に右手を握る。
(……速かった)
どれだけ集中しても。リミットリフレクスを使えば、確かに攻撃は見えた。どこから斬ってくるのか。どの角度で踏み込んでくるのか。その全ては理解できる。だが。身体が追いつかない。見えているのに避けられない。そんな歯痒さを、エデンは初めて味わった。
「あいつ……」
小さく呟く。
「攻撃は見えてたんだ」
ジエルと亜爆がエデンを見る。
「でも」
「避けられなかった」
その言葉は静かだった。だが、その中には悔しさが滲んでいる。エデンはさらに思い出す。リミットナイト。身体を硬化させ、防御力を極限まで高める能力。今まで何度も命を救ってくれた防御手段。しかし。エイリヤカの刀は違った。斬撃を受けるたび、硬化した皮膚が削られていく感覚。完全に斬られたわけではない。それでも、防御が確実に突破され始めていた。
「リミットナイトも……」
エデンは自分の腕へ視線を落とす。
「耐え切れなかった」
教室は静まり返る。すると。頭の奥から聞き慣れた声が響いた。
『そうだ』
ケイだった。その声はいつものように落ち着いている。
『今のお前には、防御力が足りない』
エデンは心の中で返す。
(分かってる)
『見えるだけでは意味がない』
『避けられないなら受けるしかない』
『受けるなら耐えなければならない』
ケイの言葉は容赦がない。
『しかし、今のリミットナイトでは、あの進化個体の斬撃には足りなかった』
エデンは何も言い返せなかった。事実だからだ。クロウ島では何度も防御を削られた。あと少し攻撃を受け続けていれば、リミットナイトは完全に破られていただろう。ケイは静かに続ける。
『リミットストリングを習得し、能力の使い方も上手くなったが、出力という根本的な問題は解決していない』
エデンはゆっくりと目を閉じる。確かにそうだった。攻撃の選択肢は増えた。戦い方も広がった。しかし、能力の強度は上がっていない。それでは、これから先さらに強い進化個体と戦うことになれば、いずれ限界が来る。エデンは静かに拳を握る。
(もっと強く……)
(全体的に強くならなきゃ)
流鹿はそんなエデンの様子を見ながら、小さく笑みを浮かべた。
「どうやら、自分の課題は見えたみたいやな」
その言葉に、エデンは静かに頷いた。
そんな時だった。
――コンコン。
教室の扉が軽くノックされる。続いて、ガラリと扉が開いた。
「失礼します」
一人の職員が教室へ入ってくる。エデンはその姿を見た瞬間、何かを思い出した。
「あ」
思わず声が漏れる。
(そうだった……ランクが上がったから、隊員証を提示しなきゃいけなかったんだ)
流鹿との特訓やラベンダーとの面会。あまりにも色々なことが続き、そのことをすっかり忘れていた。エデンは慌ててポケットへ手を入れる。取り出した隊員証を職員へ差し出した。職員はそれを受け取り小さく頷いた。
「確認しました」
「新しいランクへ更新しておきます」
そう言って帰っていった。
エデンは職員が帰っていった扉に立つ小さな影へ気付く。
「あっ!」
思わず椅子から立ち上がる。
「オル!」
教室の入口で、いつもと変わらない笑顔を浮かべている小柄なエイリ星人。その姿を見た瞬間、エデンの表情がぱっと明るくなった。
「どこ行ってたの?」
オルは嬉しそうに手を振る。
「本部ってとこに行って検査を受けてたんですぞー」
相変わらずののんびりした口調だった。その一言で、エデンは少し安心する。怪我でもしていたのではないかと少し心配していたのだ。
「検査?」
ジエルも首を傾げる。オルは元気よく頷いた。
「そうですぞ!」
「体をいっぱい調べられましたぞー」
「レントゲンとか、血液とか、いろいろですぞ」
「ちょっとくすぐったかったですぞー」
本人はまるで健康診断でも受けてきたかのような気楽さだった。その様子を見て、流鹿が「あっ」と声を上げる。
「ああ!」
「そうやったそうやった」
額を軽く叩きながら苦笑する。
「すまんなエデン君」
「本部が調べたいっていうから、ちょっと借りとったんや」
エデンは「ああ、そうだったんですね」と納得したように頷く。
確かにオルは特殊な存在だ。敵意もなく、人類へ協力するエイリ星人。本部が興味を持つのも当然だった。流鹿はオルを見ながら肩をすくめる。
「いやー、びっくりしたで」
「敵意も殺意もないエイリ星人なんて初めてやった」
その言葉にオルは首を傾げる。
「そんなに珍しいんですぞ?」
「めちゃくちゃ珍しいわ」
流鹿は即答した。
「普通やったら、人間見た瞬間に襲ってくる」
「せやのに君は、お菓子食べながら笑っとる」
オルは「お菓子美味しいですぞ」と満面の笑みを浮かべる。その場にいた全員が思わず苦笑した。流鹿も笑いながら続ける。
「結局、どういう存在なのかは何も分からんかったけどな」
本部でも徹底的に検査された。身体の構造。ラベジニウムへの反応。精神状態。あらゆる項目を調べた。しかし、決定的な手掛かりは得られなかった。なぜ人類へ協力するのか。なぜ敵意を持たないのか。その理由は依然として謎のままだった。流鹿は腕を組み、少しだけ悔しそうに笑う。
「ラベンダーさんに見せときゃよかったなー」
「研究者としては、めちゃくちゃ興味持ったやろうに」
その言葉にエデンも少しだけ納得する。ラベンダーなら、オルの身体から何か新しい発見をしていたかもしれない。もっとも、カルア看守長が許可するとは思えないが。オル本人はそんな話など気にもしていない様子で、エデンの隣まで歩いてくる。
「エデン!あらためて、ただいまですぞ」
満面の笑みを浮かべながらそう言うオルを見て、エデンも自然と笑みを浮かべた。
「おかえり、オル」
その一言に、オルは嬉しそうに何度も頷いた。




