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エデン  作者: ko-da
9章 ECO特訓編

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黒い電気の性質

ラベンダーは机の上に置かれていた一枚の紙を手に取る。そこには円や矢印が幾重にも描かれ、複雑な数式が余白を埋め尽くしていた。その紙を見つめながら、静かに話し始める。

「まず最初に、過剰適応とは、能力の使用者がその能力に強く適応した時に起こる反応」

部屋にいる全員が耳を傾ける。ラベンダーは紙の中央に描かれた円を指で軽くなぞった。

「能力というものは、ラベジニウムを装着した瞬間から完成するわけではない」


「人が成長するように、能力もまた使用者へ少しずつ馴染んでいく」


「戦い、使い、身体へ覚え込ませる」


「その積み重ねによって適応は進んでいく」

ジエルは自分の掌を見つめる。今まで能力は、鍛えれば強くなるものだと思っていた。だがラベンダーの話では、単純に強くなるのではなく、能力そのものが使用者へ適応していくということらしい。ラベンダーは続ける。

「そして、その適応の数値は、それぞれのラベジニウム固有のエネルギーを受けることで高まる」

エデンが反応する。

「固有の……エネルギー」


「そう」

ラベンダーは頷く。

「ラベジニウムは全て同じ物質ではない」


「それぞれ僅かに異なる性質を持ち、それぞれ固有のエネルギーを放っている」

ラベンダーは話を止めない。

「もっとも、それだけではない」

「元々適応率が高い人間も存在する」


「生まれつき能力との親和性が高い者」


「短期間で能力を自分のものにしてしまう者」


「逆に、何年使っても適応がほとんど進まない者」


「個人差は決して小さくない」


亜爆が静かに尋ねる。

「その違いは何で決まるんですか」

ラベンダーは少しだけ困ったように笑う。

「残念ながら、まだ分かっていない」


「体質なのか」


「精神なのか」


「あるいは全く別の要因なのか」

「そこは今でも研究途中なんだ」

その言葉には、研究者としての純粋な悔しさが滲んでいた。すべてを知っているわけではない。分からないことを分からないと言えるからこそ、この男は本物の研究者なのだとエデンは感じた。ラベンダーは再びジエルを見る。

「私は、能力への適応が急激に進み始めていることによって能力に追いつけなくなっているという仮説を考えている」

「本来なら徐々に上がっていく出力を一気に上げようとするから起こったのだろう」

ジエルは息を呑む。

「だから黒い電気が……」


「可能性は高い」

ラベンダーは静かに頷いた。部屋には再び静かな空気が流れた。ジエルだけでなく、エデンも亜爆もラベンダーの言葉を頭の中で整理していた。能力への適応が進みすぎて、出力を上げようとすると身体が耐えられなくなっている。そう考えれば、黒い電気がジエル自身を傷つけたことにも説明がつく。ラベンダーは眼鏡の位置を整え、小さく息をつく。

「つまり、君が今やるべきことは一つ」

そう言ってジエルを真っ直ぐ見据えた。

「能力を強くすることではない」

「能力を理解することだ」

ラベンダーは静かに椅子にもたれ直した。そして、ジエルを真っ直ぐ見据える。

「きみの過剰適応(オーバーダプト)……黒い電気は勝手に漏れ出す」

誰も口を挟まない。部屋の空気は張り詰め、ラベンダーの一言一句に全員の意識が集中していた。

「勝手に漏れ出すということは、動いてためているわけではない」

その一言を聞いた瞬間だった。ジエルの目が大きく見開かれる。

「……!」

何かが頭の中で繋がった。訓練場での出来事。クロウ島での戦い。黒い電気が現れた時の自分の動き。ジエルは記憶を辿る。

(そうだ……)

(あの時……)


「確かに……」

ジエルはゆっくりと呟く。

「俺……黒い電気が出てる時、あんま激しく動いてねぇな。ていうか、暴発する寸前は動いてすらなかったぞ」

発電機(ジェネレーター)は運動によって電気を蓄積する能力。動かなければ、本来なら電気は増えない。それなのに。黒い電気が現れた時だけは違った。身体を止めても。能力を解除しようとしても。電気だけが勝手に増えていった。ジエルは拳を見つめる。

「勝手に溜まっていってんのか」

その声には困惑が滲んでいた。ラベンダーは静かに頷く。

「そう考えれば、暴発した原因も見えてくる」

机の上に置かれた紙へ、一本の線を描くように指を滑らせる。

「通常の発電機(ジェネレーター)は、運動量に応じて電気を蓄積する」

「つまり、使用者自身が蓄積量をある程度管理できる」


「疲れれば止まる」


「動かなければ増えない」


「非常に理にかなった能力だ」

エデンも納得するように頷く。今まで見てきたジエルは、常に動き回りながら電気を蓄えていた。だからこそ、蓄積量も本人の感覚で把握できていたのだ。しかし──ラベンダーはそこで人差し指を立てる。

「だが、黒い電気は違う」


「黒い電気による自動的な電気蓄積によって」

「通常は溜まらない所まで電気が溜まってしまう」

その言葉に、ジエルの喉が小さく鳴る。ラベンダーはゆっくりと続けた。

「きみの身体が耐えられる蓄積量には限界がある」

「通常なら、その限界へ近付く前に使用者が放電する」


「しかし、自動蓄積では本人の意思が介在しない」

「止めようとしても止まらず、能力が勝手に電気を増やし続ける」

ラベンダーは静かに結論を口にする。

「そして、暴発する」

部屋に静寂が落ちる。ジエルは言葉を失っていた。暴走ではない。能力そのものが壊れたわけでもない。ただ、自分では制御できない速度で電気が増え続けていた。その結果。身体の許容量を超えた電気が、一気に放出された。それが、あの黒い雷だった。

「じゃあ……」

エデンが口を開く。

「黒い電気は、強くなってるんじゃなくて」


「勝手に能力が動いてるってことですか」

ラベンダーは小さく笑みを浮かべた。

「強くはなっている」


「しかし、その強さを使用者が扱えていない」

「アクセルだけが全開になり、ブレーキが存在しない車のようなものだ」


「速く走れる」

「だが、止まれない」

その例えは誰にでも分かりやすかった。ジエルも苦笑する。

「それ、めちゃくちゃ危ねぇじゃねぇか」


「その通り」

ラベンダーは即答する。

「だから私は、能力ではなく使い方が問題だと言った」

流鹿は腕を組んだまま、感心したように頷いていた。

「なるほどなぁ」

「うちの研究班でもここまで綺麗には説明できへんわ」

ラベンダーは軽く肩をすくめる。

「長年、それだけを研究してきたからね」

カルアは相変わらず無言だったが、その鋭い目だけはラベンダーから離れていなかった。ジエルは自分の拳をゆっくり握る。今まで分からなかった黒い電気の正体が、少しだけ見えてきた。だが、新たな疑問も生まれる。

「だったら……」

ジエルはラベンダーを見つめる。

「俺は、この黒い電気をどうすればいいんだ」

黒い電気の性質が分かったジエルにとって、次はこの力をどう扱うかが問題だった。

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