アモリス刑務所
訓練を終えたその日の午後。エデンたちは流鹿に連れられ、アモリス支部の車で目的地へ向かっていた。車内は普段より静かだった。ジエルは窓の外を眺めながら、自分の拳を何度も握っては開いている。黒い電気はもう現れていない。それでも、あの暴発の感覚だけは身体に残っていた。
エデンもまた考えていた。ラベジニウムを最初に発見した研究者。違法研究で投獄された人物。白石――いや、月下香から聞いた話が頭をよぎる。
(どんな人なんだろう……)
亜爆も珍しく口数が少ない。流鹿だけが鼻歌を歌いながら窓の外を眺めていた。やがて車が速度を落とし、大きな門の前で停止する。
「着いたで」
流鹿がそう言って車を降りる。エデンたちも続いて外へ出た。その瞬間、三人は思わず足を止めた。目の前にそびえ立っていたのは、巨大な要塞のような建造物だった。厚いコンクリートの壁が幾重にも施設を囲み、その上には何重もの有刺鉄線が張り巡らされている。監視塔が四方に設置され、武装した警備員たちが周囲を監視していた。建物そのものも窓が極端に少なく、まるで光すら閉じ込めるような重苦しい造りになっている。そこに掲げられた大きな文字。
――アモリス刑務所。
ライサム国内で最も厳重な警備を誇る刑務所。危険能力者や重大犯罪者が収監される場所。ただ立っているだけで圧迫感を覚えるほどの威圧感があった。
「……でけぇ」
ジエルが思わず呟く。エデンも無意識にその建物を見上げていた。
「まるで要塞ですね……」
亜爆の声にも緊張が混じる。
流鹿はそんな三人を見て笑った。
「見た目は怖いけど、中もちゃんと怖いで」
冗談なのか本気なのか分からないことを言いながら入口へ歩いていく。すると。重い扉が音を立てて開いた。中から一人の老人が姿を現す。背筋はまっすぐ伸び、白髪混じりの短髪。深い皺が刻まれた顔には一切の笑みがなく、鋭い眼光だけが異様な存在感を放っていた。刑務官の制服を着ているが、その立ち姿は軍人にも見える。
ジエルが小声で尋ねる。
「ここの看守か?」
老人はその言葉を聞き逃さなかった。ゆっくりと視線をジエルへ向ける。その眼差しだけで空気が張り詰めた。
「儂はここの看守長」
低く、重い声。
「カルア・ラズトだ」
名乗るだけなのに、不思議な威圧感があった。ジエルも思わず口を閉じる。流鹿は慣れた様子で片手を上げた。
「カルア看守長。今日はよろしく頼むで」
しかしカルアは返事をしない。表情一つ変えず、短く言い放つ。
「……ついてこい」
それだけ言うと踵を返し、施設の中へ歩き始めた。流鹿も「ほな行こか」と軽く言って後に続く。エデンたちも急いでその後を追った。施設の中は驚くほど静かだった。外観から想像していた鉄格子だらけの光景とは違う。長い廊下。灰色の壁。規則正しく並ぶ照明。どこまでも続くような無機質な空間。だが、不気味なほど人の気配がない。ジエルは辺りを見回す。
「牢屋とかねぇのか?」
誰も収監されていないように見える。亜爆も同じ疑問を抱いたようだった。
「囚人って、どこに収監されてるんですか?」
前を歩くカルアは足を止めることなく答える。
「この階にはいない」
短い返答。
「地下にいる」
その一言で、エデンたちは思わず足元を見る。地下。つまり、自分たちの真下に無数の囚人が収監されているということ。カルアは続ける。
「今日お前たちが会うのは、普通の囚人とは違う」
「特別独房に入れられている」
その声には、わずかな警戒が滲んでいた。
「他の囚人に会うことはない」
やがて廊下の突き当たりへたどり着く。そこには二つの階段があった。一つには、『収監エリア』もう一つには、『特別収容エリア』と書かれたプレートが取り付けられている。カルアは迷うことなく特別収容エリアの階段を下り始めた。
空気が変わる。階段を下りるたびに温度が少しずつ低くなっていく。照明も減り、足音だけが静かに響く。やがて地下へ到着する。目の前には一本の長い廊下。左右には分厚い鉄の扉が規則正しく並んでいる。どの扉にも小さな覗き窓しかなく、中の様子は全く見えない。普通の牢屋とはまるで違う。
「……」
エデンは思わず息を呑んだ。ここに収容されている者たちは、普通の犯罪者ではない。そんなことが嫌でも伝わってくる。カルアは無言で歩き続ける。重い靴音だけが廊下に響く。やがて一枚の鉄扉の前で足を止めた。ゆっくりと振り返る。
「ここだ……。」
誰も口を開かない。カルアは腰の鍵束に手を掛けながら続けた。
「一応、儂も入る。」
その言葉に流鹿は軽く頷く。しかし次の一言で、その場の空気が凍りついた。
「何かあれば……。」
カルアの鋭い目が鉄扉へ向く。
「儂が奴を殺す。」
静かな声だった。だからこそ重かった。殺す。看守長が当然のように口にしたその言葉に、エデンたちは思わず息を呑む。ジエルの表情が強張る。亜爆も無意識に唾を飲み込んだ。エデンは目の前の鉄扉を見る。この先にいる人物は、一体どれほど危険なのか。看守長が迷いなく「殺す」と言うほどの相手。そんな人物が、本当にラベジニウムを最初に発見した研究者なのだろうか。張り詰めた空気の中で、一人だけいつも通りの声が響く。
「何も起きひんって。」
流鹿だった。両手をポケットに突っ込み、いつもの調子で笑っている。
「そんな怖い顔せんでも大丈夫や。」
カルアは何も答えない。ただ無言で鍵を差し込み、重厚な鉄扉へ手を掛ける。重い金属音が、静かな地下通路にゆっくりと響き始めた。扉の向こうには、ラベジニウムの起源を知る男。
そして、ライサムで最も危険視される研究者が待っていた。




