ラベジニウムに詳しい人物
訓練場には、さっきまでの緊張が少しずつ解け始めていた。三人とも息を整え、それぞれが今の模擬戦を頭の中で振り返っている。
エデンはリミットストリングの新たな応用を見せた。亜爆は爆弾による空間支配と時間差攻撃で流鹿を翻弄した。そしてジエルは、能力そのものは高く評価されたものの、黒い電気の暴発という大きな課題を残した。
流鹿は三人を見回しながら、大きく頷いた。
「取り敢えず、次は発展や」
三人の視線が自然と流鹿へ集まる。
「今出た問題とか、自分が思っとる課題を克服する。そこからが本番や」
エデンは静かに耳を傾ける。確かに能力は見せた。しかし、それだけでは意味がない。弱点を放置したままでは、いずれ必ずそこを突かれる。それはクロウ島でも嫌というほど思い知らされた。
流鹿はゆっくりと視線を動かした。まずエデンを見る。
「エデン君はリミットストリングを覚えたばっかりや。もっと自在に操れるようになれば、かなり厄介な能力になる」
次に亜爆を見る。
「亜爆君は近距離やな。あそこをどう乗り切るか。爆弾だけに頼らん選択肢を一つ増やせば、もっと戦いづらい相手になる」
亜爆は真剣な表情で頷いた。
流鹿は最後にジエルへ視線を向ける。その瞬間だけ、表情が少し引き締まる。
「……せやけど」
「他の二人はええ」
「まずはジエル君の課題を克服しよか」
ジエルはベンチから立ち上がりかけたが、まだ身体に力が入りきらず、ゆっくりと姿勢を整える。黒い電気。その存在が頭から離れない。ジエルは拳を見つめながら、小さく呟いた。
「俺は……一体どうすればいいんだ」
その声には、今までのような強気さはなかった。
「よく分かってねぇんだ」
能力なのに、自分で制御できない出そうと思って出したわけでもない。止めようと思って止められたわけでもない。そんなものをどう扱えばいいのかは、当の本人にも見当がつかなかった。訓練場に静けさが流れる。流鹿は腕を組み、少しだけ考え込んだ。視線は床へ落ち、何かを思案するように数秒間黙り込む。エデン達も口を挟まず、その答えを待った。やがて流鹿が顔を上げる。
「じゃあ……」
一拍置いて、口元にいつもの笑みを浮かべた。
「あの人に聞きにいこか」
「……あの人?」
エデンが首を傾げる。流鹿は当然のように答えた。
「ラベジニウムに一番詳しい人間。」
その一言だけで、場の空気が少し変わる。流鹿は続けた。
「ラベジニウムを最初に発見した……研究者」
その言葉を聞いた瞬間。エデンの目が大きく見開かれた。
「……!」
頭の中に、一人の男の声が蘇る。
――ラベジニウムという物質を最初に発見したのは、この国ライサムのある研究者だ。
――私はよく知らない。違法研究をして捕まったんじゃなかったかな?
白石研究所。正確には、月下香が白石礼と名乗っていた頃に聞かされた話。あの時は何気なく聞き流した話だった。だが今、その人物が再び話題に上がった。エデンは流鹿を見る。
「その人のこと……知ってるんですか?」
「知っとるで」
流鹿はあっさり答えた。隣ではジエルと亜爆が顔を見合わせる。
「ラベジニウムを最初に見つけた人なんていたのか?」
「私は初めて聞きました」
二人とも初耳らしい。エデンだけが、その話を知っていた。もっとも、知っていると言っても断片的な情報だけだ。
「その研究者……」
エデンはゆっくりと言葉を続ける。
「違法研究によって捕まってるんですよね?」
「せや」
流鹿は頷く。
「かなり昔にな。」
エデンはさらに疑問を口にした。
「でも……」
「捕まってる人から、どうやって話を聞くんですか?」
普通なら面会など簡単にできるはずがない。まして相手は違法研究で収監された人物だ。機密情報も多いだろう。そう簡単に会わせてもらえるとは思えなかった。しかし流鹿は、その疑問をまるで想定していたように笑う。
「もちろん」
「会いに行くんや」
その言葉はあまりにも自然だった。
「え?」
ジエルが思わず聞き返す。流鹿は人差し指を立てる。
「アモリス刑務所」
その施設名が告げられた瞬間。エデン達三人は同時に息を呑んだ。
流鹿は三人の驚いた顔を見て、小さく笑う。
「安心しい。ちゃんと面会許可は取る」
「その研究者には、ECOも時々話を聞きに行っとる」
「ラベジニウムについて、あの人以上に知っとる人間はおらへんからな」
エデンは静かに息を飲む。ラベジニウムの発見者。違法研究者。そして、今なおECOが知識を借りるほどの人物。その人物なら、本当にジエルの黒い電気について何か知っているのかもしれない。ジエルも拳を見つめたまま、小さく呟く。
「……答え、分かんのか?」
流鹿は笑みを消し、真っ直ぐジエルを見る。
「どうなるかは分からん」
「せやけど、聞く価値は十分ある」
「今の君の状態は放っといたら危ない」
「だったら、知っとる人間に聞くそれが一番早い。」
その言葉には、Sランク隊員らしい迷いのない判断があった。エデン達も、それ以上反対する理由はなかった。ラベジニウムの謎。ジエルの黒い電気。そして過剰適応。
その全ての手掛かりが、一人の研究者のもとへ繋がろうとしていた。




