訓練開始
アモリス支部の訓練場。
その中央に、エデン、ジエル、亜爆の三人が並んでいた。
少し離れた位置に立つのは、盤上流鹿。腕を組み、三人を順番に眺めている。相変わらずどこか気の抜けたような雰囲気はあるのに、訓練場に立った途端、その存在感だけがひときわ濃くなる。普段の軽口の奥にある実力が、空気そのものを圧しているようだった。
流鹿は一度、肩を鳴らしてから口を開く。
「ほな、さっそく特訓始めるで」
その一言だけで、三人の背筋が自然と伸びた。
いよいよ始まる。Sランク隊員による直々の訓練。ECOに入ってから何度も訓練はしてきたが、今日ばかりは重みが違う。相手はクロウ島で進化個体エイリヤカと渡り合い、生き延びただけではなく能力の正体まで見抜いた男だ。ここで得られるものが大きいことは、誰の目にも明らかだった。流鹿は三人の前をゆっくり歩きながら、顎に手を当てる。
「そうやなぁ……」
少し考えるように視線を巡らせ、それから足を止めた。
「各々の得意なことを伸ばした方がええやろ」
エデンたちは黙ってその言葉を待つ。流鹿は指を立てた。
「せっかく三人とも能力の色が全然ちゃうんや。全員に同じことやらせてもしゃーない」
「せやから今回は、能力使っての戦い方に絞って訓練する」
その言葉に、エデンは小さく目を見開いた。能力の使い方。単純な体力作りや基礎戦闘ではない。もっと踏み込んだ、自分たちの戦い方そのものを鍛える訓練だ。ジエルは腕を組みながら口を尖らせる。
「能力の使い方って言ってもなぁ……俺、電気溜めて殴るくらいしかやってねぇぞ」
「そこやそこ」
流鹿は待ってましたと言わんばかりにジエルを指差した。
「そういういつもの戦い方の癖を洗い出すのが今日の目的や」
「自分が何を得意としてて、逆に何が足りへんのか。それをちゃんと把握せんと、伸ばせるもんも伸びへん」
流鹿はそう言いながら、今度はエデンの方を見る。
「エデン君はリミットの拡張能力を複数持っとる。リミットフォース、リミットナイト、リミットリフレクス……んで、最近新しいもんも使えるようになった」
次に亜爆へ視線を向ける。
「亜爆君は生成系。爆弾っちゅう分かりやすい火力がある」
最後にジエルへ。
「ジエル君は近接寄りの電撃使い。スピードも火力もある。しかも黒い電気――過剰適応の兆候まで出とる」
流鹿はそこで一度言葉を切った。三人とも、自分の名前が呼ばれるたびに少しずつ表情を引き締めていく。
「要するにや」
流鹿は軽く笑う。
「素材は全員ええ。せやけど、まだ粗い」
その言葉は厳しいようでいて、不思議と不快ではなかった。見下しているのではなく、純粋に“伸びしろがある”と言われているのが分かるからだ。流鹿は訓練場の中央まで歩くと、くるりと振り返る。
「まずは一人ずつ見る」
「他の二人は見学やない。ちゃんと見て、考えて、盗めるとこ盗むこと。自分には関係ないと思ったら損やで」
エデンは「はい」と素直に返し、亜爆も小さく頷く。ジエルも「分かったよ」と少し面倒そうに言いながら、ちゃんと流鹿の言葉を聞いていた。流鹿はそんな三人を見て、満足そうに頷いた。
「よし。んじゃ、最初は――」
その視線がゆっくりと動く。エデン、ジエル、亜爆。誰から始めるのか、三人とも少しだけ緊張した面持ちになる。だが流鹿は、その反応を楽しむように少し口元を緩めた。
「……エデン君からや」
「俺ですか?」
突然名を呼ばれ、エデンは目を瞬かせる。
「せや。能力の使い方も増えとるらしいし、今の伸び幅が一番分かりやすそうやからな」
流鹿はそう言いながら、訓練場の中央を顎で示した。
「前出て」
エデンは一瞬だけジエルと亜爆を見た。二人とも「頑張れ」とでも言いたげな視線を返してくる。エデンは小さく息を吸い、訓練場の真ん中へ歩き出した。広い空間の中央に立つと、周囲の静けさが妙に耳につく。その向かいに、流鹿が立つ。
「そんな気張らんでええよ」
流鹿は笑う。
「今からやるんは、勝負やなくて確認や」
「君が今、何をどこまで出来るんか。それを見せてもらうだけや」
そう言われても、相手がSランク隊員だと思うとどうしても身体が強張る。エデンは無意識に右手を握り込んだ。掌のインターフェースが、かすかに熱を持つ。流鹿は数歩下がり、片手を軽く上げた。
「とりあえず、今の君が使えるもん全部使って、俺に一発入れてみ」
さらっと言われた内容に、エデンは一瞬固まる。
「……え?」
「遠慮いらん。リミットフォースでもナイトでも、何でもありや」
流鹿は肩を回しながら、まるで散歩にでも出る前のような気軽さで言う。
「もちろん、当たるとは思わんけど」
最後の一言が余計だった。エデンは少しむっとした顔になる。
「……やりますよ」
「お、ええ返事や」
流鹿は嬉しそうに笑った。
「その代わり、こっちも遠慮せぇへんからな」
空気が変わる。それまでの軽いやり取りが、すっと剥がれ落ちた。流鹿の立ち姿は変わっていない。腕をだらりと下ろし、力んでいるようにも見えない。だが、そこに立っているだけで隙が消えていた。気を抜いた瞬間に踏み込まれる、そう直感させる圧がある。エデンは唾を飲み込み、ゆっくりと構えを取った。右手のインターフェースが淡く光り始める。胸の奥で心臓が強く脈打つ。
リミットフォース。リミットナイト。リミットリフレクス。そして、新たに得たリミットストリング。今の自分にある全てを使って、Sランク隊員に挑む。訓練場の端で見ているジエルと亜爆も、自然と息を詰めていた。流鹿はそんなエデンを見据えたまま、静かに言う。
「来い、エデン君」
「今の君がどこまでやれるか――見せてみぃ」




