情報交換終了
ジエルが視線を逸らしたまま黙り込むと、教室の中にわずかな空白が生まれた。その空気を切り替えるように、亜爆が静かに口を開く。
「そういえば」
声は落ち着いていたが、その内容は決して軽くない。流鹿の視線が亜爆へ向く。亜爆はいつものように背筋を伸ばしたまま、記憶を整理するように言葉を選んだ。
「エリア・オズにいたエイリ星人は、倒しても消滅しませんでした」
その一言で、流鹿の表情がわずかに変わる。それまで腕を組んで聞いていた姿勢は変わらない。だが、目の奥がすっと鋭くなった。
「……消滅せぇへん?」
「はい」
亜爆は頷く。
「普通のエイリ星人は、死んだら消滅しますし、進化個体でも核を破壊すれば完全に消えます」
そこまで言って、一度区切る。その先が本題だ。
「ですが、エリア・オズで遭遇した個体は違いました」
「倒しても、その場に死体が残ったんです」
教室の空気がぴんと張る。ジエルも、その時のことを思い出していた。あれは明らかに異常だった。エイリ星人を倒した。なのに、いつものように霧散しない。跡形もなく消えることもない。ただ“死体”としてそこに残る。それは敵を倒したという感覚より、何か得体の知れないものを前にしている感覚に近かった。亜爆はさらに続ける。
「進化個体も同じです」
「核を壊しても消滅しない」
流鹿の眉が、今度ははっきりと寄った。
「……それ、かなりデカい情報やな」
その声には、さっきまでの軽さがほとんどない。亜爆は頷いた。
「はい。少なくとも、私たちが知っている通常のエイリ星人とは性質が違います」
「進化個体だけの特徴なのか、エリア・オズ周辺にいた個体だけがそうなのか、それともエイリワスが関わった個体全般に共通する性質なのかは分かりませんが……」
そこで亜爆は目を伏せ、少しだけ考える。
「ただ、エイリワスの能力が死体操作と死体への寄生だと考えると、偶然とは思えません」
偶然とは思えない。まさにその通りだった。エイリワスは死体を操る。死体に乗り移る。ならば、“死体が残るエイリ星人”というのは、あまりにも都合が良すぎる。まるで最初から、死体として再利用する前提で作られているみたいに。エデンは思わず拳を握る。
「……もしかして、エイリワスがわざとそうしてるってこと?」
ぽつりと漏れた問いに、亜爆はすぐには答えなかった。代わりに、慎重に言葉を選ぶ。
「断定はできません。でも、可能性は高いと思います」
「エイリワスが“進化”を研究しているなら、エイリ星人そのものの構造を変えていてもおかしくないです」
「倒されても死体が残るようにしておけば、あとから能力で利用できますから」
教室が静まり返る。
ジエルは腕を組んだまま、少し考えるように天井を見た。さっきまでの重たい話を振り払うように息を吐き、それからぽつりと言う。
「エリア・オズで戦った時、そういや、あいつ……なんか俺に対しては攻撃してこなかったな」
その一言に、エデンが顔を上げる。
「そうなの?」
「ああ」
ジエルがそう呟くと、エデンは思い出したように言う。
「確か、クロウ島で戦ったエイリ星人....エイリヤカだっけ?」
「ジエルに攻撃してなくなかった?」
流鹿は腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「ということは...」
その一言に、三人の視線が流鹿へ集まる。
「エイリワスとエイリヤカは、関係があるかもしれへんってわけや」
静かな声だった。だが、その内容は重い。エデンの喉が小さく鳴る。
「関係って……仲間ってことですか?」
「仲間、部下、実験体、あるいは観察対象。言い方は何でもええ」
流鹿は肩をすくめる。
「でも少なくとも、無関係の進化個体の二体がたまたまジエル君だけ手加減したって考えるより、エイリワス経由で何かしらの指示か意図があったって考える方が自然や」
それは、かなり嫌な推測だった。エイリヤカが独断でジエルを殺さなかったのではなく、最初から殺すなという前提で動いていた可能性。つまり、エイリワスがジエルを生かしておく理由があるということになる。ジエルが露骨に顔をしかめた。
「……最悪だ」
「なんで俺なんだよ」
その声には、怒りと苛立ちと、少しの不安が混じっていた。エデンも同じことを考えていた。なぜジエルだけを殺さないのか。エデン自身もインターフェースを取り付けられている上、エイリワスから実験対象のような目で見られたこともある。しかし、ジエルだけは殺そうとしない。偶然ではないとしたら、そこには理由がある。そしてエイリワスが誰かを生かしておく理由なんて、ろくなものではない気がした。亜爆が冷静に整理するように口を開く。
「可能性としては、いくつかあると思います」
「一つは、ジエルさん自身に何かしらの価値がある場合です」
「たとえば能力とか血縁、あるいは身体そのもの」
亜爆は続ける。
「もう一つは、ジエルさんを精神的に追い詰めるために、わざと生かしている可能性です」
「敵意や執着を煽り、何かを引き出そうとしている……とか」
エデンは思わずジエルを見る。クロウ島で起きた、あの黒い電気。ジエルのラベジニウムが見せた異常な変化。あれを思い出すと、その仮説は妙に現実味を帯びる。流鹿も同じことを考えたのか、目を細めた。
「……過剰適応か」
その言葉に、ジエルの肩がぴくりと動く。流鹿は続けた。
「もしエイリワスが、ジエル君の過剰適応を狙っとるんやとしたら筋は通る」
「実際、クロウ島で黒い電気が出たんやろ?」
エデンはすぐに頷く。
「はい。エイリヤカが亜爆さんを斬ろうとした瞬間、ジエルのラベジニウムが反応して……」
「あれ、明らかに普通じゃなかったです」
ジエルは口を閉ざしたまま、自分の手を見つめていた。拳を握る。その手の中に、まだあの黒い電気の感触が残っているような気がした。流鹿はそんなジエルを見て、少しだけ真面目な声になる。
「今の段階じゃ、断定はできへん」
「でも、“ジエル君はエイリワスにとって特別扱いされとる可能性が高い”――これは頭に入れといた方がええ」
それは忠告だった。しかも、かなり重い種類の。ジエルは露骨に嫌そうな顔をした。
「うわぁ……全然嬉しくねぇ特別扱いだな」
「むしろ最悪だ」
「せやろな」
流鹿もあっさり同意する。そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が緩む。だが、緩んだのはほんの一瞬だった。流鹿はすぐに表情を戻し、三人を順番に見た。
「せやけど、こうなると見方も変わってくる」
「エイリヤカが単独で動いとったんやなくて、エイリワスの意志が裏にある可能性が高い」
「つまり、クロウ島の一件も“ただの襲撃”やなく、何か目的があったかもしれへん」
エデンの背筋が冷える。クロウ島のあの襲撃に、もっと明確な意図があったとしたら。エイリヤカはただ暴れに来たのではなく、ジエルを見に来たのかもしれない。あるいは、追い詰めるために。あるいは、試すために。エデンは無意識に拳を握った。
「……なんか、全部嫌な方向に繋がってきますね」
「せやな」
流鹿は苦笑する。流鹿は三人の話しを聞いた後、今度は自分から話し始める。
「今度はこっちからの情報提供や」
「本部は今、進化個体の出現が“自然発生”やないと見とる」
エデンが少し眉を動かす。
「自然発生じゃない……?」
「せや」
流鹿は頷いた。
「これまでにも強いエイリ星人はおった。でも、最近確認されとる進化個体は、明らかに質が変わっとる」
「知能、戦闘判断、能力の構成、目的意識。どれも急に出来すぎとるんや」
エイリヤカの姿が、またエデンの脳裏に浮かぶ。
名を名乗り、明確な言葉を話し、戦いの中で能力の相性を読み切り、流鹿のチェスボードにすら対応した存在。
あれは、ただ強くなっただけの怪物ではない。
まるで“作られた戦士”みたいだった。
流鹿はその印象を肯定するように続ける。
「本部の一部じゃ、進化個体はエイリワスが作っとるんやないかって見方が強い」
「エイリワスが研究しとる“進化”っちゅうもんが、単なる理論やなく、実際に個体へ適用されとる可能性が高い」
ジエルが顔をしかめる。
「やっぱそうなるよな……」
「あいつならやりそうだし」
「やるやろなぁ」
流鹿はあっさり言った。
「むしろ、あいつ以外にこんな気色悪いこと思いつくやつおるか?って話や」
さらっと言っているが、内容は重い。流鹿は二本目の指を立てた。
「二つ目や」
その時、流鹿の声がほんの少し低くなった。
「エイリワスは、エイリ星人側の中でも独自に動いとる可能性がある」
エデンが目を瞬かせる。
「独自に?」
「せや」
流鹿は腕を組み直した。
「今んとこ、本部が把握しとる範囲では、エイリ星人側にも一応群れとか行動範囲みたいなもんはある。全部が全部好き勝手に動いとるわけやない」
「せやけど、エイリワスが関わった痕跡のある案件は、他と比べて妙に毛色が違う」
「進化個体の質もそうやし、人間への干渉の仕方もそうや」
エデンは自分の手を見る。インターフェース。ジエルの父の死体。消えないエイリ星人。進化個体。そこにあるのは全部、進化への執着だ。流鹿はその考えを読んだように言う。
「エイリワスは、たぶん“エイリ星人のためだけ”に研究しとるわけやない」
「もっと自分の興味で動いとる」
「エイリ星人を進化させることも、人間を弄ることも、死体を利用することも、全部ひっくるめて“自分の研究”なんやろな」
その言い方には、はっきりとした嫌悪が滲んでいた。
ジエルが舌打ちする。
「最悪すぎんだろ……」
「せやろ?」
流鹿は肩をすくめる。
「組織的な敵の方が、まだ読みやすいんやけどな」
それは、月下香とも少し似ていた。ただし、スケールも危険度も段違いだ。流鹿は一度言葉を切ると、今度は教室の窓の外へちらりと視線をやった。その表情が、少しだけ硬くなる。
「……あと、これは半分推測やけど」
そう前置きしてから、流鹿はエデンとジエルを見た。
「君ら二人は、たぶん今後も狙われる」
教室の空気が変わる。さっきまでの分析や仮説とは違う、生々しい現実の話だ。エデンは息を呑む。ジエルも眉をひそめた。流鹿は続ける。
「エデン君は、エイリワスにインターフェースを埋め込まれた当事者や。しかも、持っとるラベジニウムも特異や、やけどエイリヤカが普通に攻撃しとったからジエル君よりは優先度は低い」
「ジエル君は言うまでもない。家族ごとエイリワスに深く関わっとるし、クロウ島で過剰適応らしき反応まで見せた」
「こんなん、向こうからしたら興味の塊や」
興味の塊。冗談みたいな言い方だったが、笑える内容ではなかった。エデンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
亜爆が静かに尋ねる。
「……私も狙われたりしますか?」
流鹿は少し考えてから頷いた。
「可能性はある」
「ただ、優先度はエデン君とジエル君より下やろな」
「でも、二人の近くにおる以上、巻き込まれるやなくて“巻き込まれに行く側”になる覚悟は持っといた方がええ」
亜爆は表情を変えずにその言葉を受け止めた。
「もとより、そのつもりですよ」
短く、それだけ言う。流鹿は「ええ返事や」と小さく笑った。それから最後に、少しだけ空気を変えるように言う。
「んで、最後や」
「これは情報っちゅうより、俺からの結論やな」
三人の視線が流鹿に集まる。流鹿は軽く肩を回し、しかし目だけは真っ直ぐだった。
「今の君らじゃ、エイリワスには勝てへん」
その言葉は、あまりにもはっきりしていた。エデンはぐっと唇を噛む。ジエルも不満そうに眉を寄せたが、反論はしなかった。クロウ島で、そしてこれまでの戦いで、痛いほど思い知らされているからだ。流鹿はそんな三人を見渡し、少しだけ口元を上げた。
「せやけど、勝てへんままで終わる必要もない」
その声音には、不思議と力があった。軽いようで芯がある。
「せやから俺が来た」
「くじ引きやけどな」
最後だけ少しふざけたせいで、張り詰めていた空気がわずかに緩む。ジエルが「そこ台無しなんだよな……」と呆れたように呟き、エデンも思わず苦笑した。流鹿はそのまま扉の方を親指で示す。
「よし、情報交換は終わりや。次は、君らを強くする番や」
教室の外には、訓練場へ続く廊下が伸びている。
これから始まるのは座学ではない。エイリワスに届くための特訓だ。




