ジエルの情報
教室の空気が、少しだけ重くなる。流鹿に促され、ジエルは腕を組んだまま少し視線を落とした。いつもならもっと軽い調子で喋るはずなのに、今は違う。表情にいつもの余裕がない。口を開こうとして、少しだけ詰まる。
「……エイリワスは、俺が子どもの頃、俺の故郷を滅ぼしたやつだ」
低い声だった。怒りを抑え込んだような、押し殺した響き。エデンは隣で黙ってジエルを見る。ジエルがこの話を自分からする時、いつも少しだけ空気が変わることを、エデンは知っていた。
ジエルは続けようとした。
「俺はそん時……」
そこで、言葉が止まる。ほんの一瞬のことだった。けれど、確かに止まった。ジエルの眉が寄る。まるで、そこにあるはずの言葉が急に見えなくなったみたいに。
「……」
教室に沈黙が落ちる。流鹿が首を傾げた。
「どうしたんや?」
ジエルはすぐに顔を上げる。
「あ? いや、なんでも」
反射的にそう返すが、その声は少しだけ空回っていた。
「えぇっと……そん時、俺は……」
また止まる。今度はさっきよりも長い。ジエルの視線が泳いだ。まるで、自分の記憶の中を探っているようだった。
――何してたんだ?
ふと、そんな考えが頭をよぎる。自分はあの時、何をしていた?故郷が滅びたあの日。兄が殺されたあの日。村が燃え、海の匂いに血の臭いが混じって、空が赤く染まっていたあの日。確かに何かがあったはずなのに。肝心な部分だけ、ぬるりと手をすり抜ける。
「……何してたんだ? 俺って」
ぽつりと、ジエルは自分でも気づかないうちに呟いていた。その言葉に、エデンがぴくりと反応する。亜爆もわずかに目を細めた。流鹿は冗談めかした様子を一切見せず、ジエルを見ている。
「大丈夫か?」
その問いは軽くなかった。隊員としてではなく、人として様子を見ている声だった。
ジエルははっとしたように顔を上げる。
「あー……悪い」
頭を掻く。いつもの調子を無理やり引っ張り出すように、口元を少し歪めた。
「問題ねぇ。何が起きたかは覚えてる」
そう言って、一度だけ深く息を吐く。自分の中に生まれた妙な引っかかりを、今は脇に押しやるように。
「エイリワスは兄貴を俺の家族を殺した」
その一言は、短くて、重かった。教室の空気がまた一段階沈む。ジエルの兄。元ECOの天才。ジエルにとって大きすぎる存在だった人物。その兄を、エイリワスは奪った。
「それで……俺がエリア・オズに任務で行った時、あいつと会って話した」
ジエルの声が少し硬くなる。思い出したくない相手の顔を思い浮かべているのだろう。
「直接見た感じ、あいつはただの戦闘狂ってわけじゃねぇ」
「頭が切れる。いや、切れるっていうか……気味が悪ぃんだよ」
言葉を選ぶように、ジエルはゆっくり話す。エデンが小さく息を呑む。その感覚は、エデンにも分かる気がした。研究者のようでいて、研究者という言葉すら生ぬるい。命を命として見ていない、あの冷たい視線。ジエルは机に寄りかかるようにしながら続けた。
「あと、能力だ」
そこから先は、かなり重要な話だと全員が察した。流鹿の目が細くなる。ジエルは指を二本立てる。
「まず一つ。あいつは死体を操れる」
「それも、ただ糸みたいに動かすだけじゃねぇ。かなり自由に扱えるっぽい」
エイリワスが寄生しているのはジエルの父の死体。そしてそこからさらに、別の死体を操ることもできる。それはもはや一人の敵というより、死体そのものを戦力に変える厄介な軍勢みたいなものだった。
「で、もう一つ」
ジエルの顔が少しだけ険しくなる。
「死体に乗り移れる」
流鹿の眉が、わずかに動いた。
「……乗り移る、か」
「そうだ」
ジエルは頷く。
「実際、今のエイリワスは俺の父親の死体に乗り移ってる」
その言葉に、教室の空気が一瞬止まったように感じた。何度聞いても、悪趣味の極みみたいな話だった。亜爆が静かに目を伏せる。エデンは拳を握った。流鹿も腕を組んだまま、数秒何も言わなかった。やがて、低く息を吐く。
「最悪やな」
その一言には、嫌悪も警戒も全部詰まっていた。ジエルは苦笑するように鼻を鳴らした。
「だろ?」
「しかも、兄貴が使ってた能力まで使いやがる」
「……次元か」
流鹿が確認するように呟く。
ジエルは頷いた。
「そうだ。兄貴の能力だ」
兄の名を出す時、ジエルの声は少しだけ揺れる。だが今度は、さっきのように止まらなかった。
「あいつは人の死体を使って、人の能力まで使う」
ジエルはそこで言葉を切る。そして、吐き捨てるように言った。
「クソ野郎だよ。マジで」
教室の中に、しばらく沈黙が落ちた。誰も軽々しく口を挟めない。エイリワスという存在の輪郭が、少しずつはっきりしていくたびに、その異常さもまた鮮明になっていく。流鹿はしばらく考え込むように目を伏せ、それからゆっくりと口を開いた。
「死体操作、死体への寄生、加えてジエルの兄の能力まで使用可能……か」
その声音は、もう完全に任務中のそれだった。飄々とした空気は消えている。
「本部が警戒しとる理由がよう分かるな」
流鹿は視線を上げる。エデン、ジエル、亜爆を順番に見ていく。
「ジエル君、ようこんな相手とやり合ったな」
感心半分、呆れ半分のような口調だった。だが次の瞬間、流鹿の目がジエルに止まる。
「……せやけど」
「さっきの、気になるな」
ジエルが眉をひそめる。
「さっき?」
「故郷が滅ぼされた時のことや。途中で引っかかったやろ」
教室の空気が、また少しだけ張る。ジエルは一瞬言葉に詰まり、すぐに視線を逸らした。
「……別に。大したことじゃねぇよ」
そう返しながらも、その言い方には妙な硬さがあった。本当に大したことがないなら、そんな顔はしない。エデンは黙ってジエルを見る。ジエル自身も、たぶん気づいているのだろう。さっきの“空白”が、ただの言い淀みじゃなかったことに。




