情報交換
「特訓って……盤上さんが!?」
エデンは思わず声を上げた。驚きのあまり、ほとんど反射で立ち上がっている。無理もない。相手はSランク隊員だ。しかも、ただ強いだけじゃない。クロウ島でエイリヤカと真正面からやり合い、生き残った怪物みたいな人間である。そんな相手が自分たちの特訓をする。突然言われてすぐ飲み込める話ではなかった。流鹿はそんなエデンの反応を見て、さも当然のように頷く。
「もちろんそうや」
あっさりした返事だった。亜爆も珍しく動揺を隠しきれていなかった。
「なんで……ですか?」
普段ならもう少し冷静に聞くだろうに、語尾にわずかに揺れがある。ジエルも半ば呆れた顔で流鹿を見た。
「教えてくれよ」
すると流鹿は「え?」と一瞬きょとんとした顔をしたあと、思い出したように頭を掻いた。
「ああ……くじ引きや」
「へ?」
今度はジエルの口から、素っ頓狂な声が漏れた。エデンも亜爆も、一瞬何を言われたのか理解できなかった。流鹿は悪びれもせず、さらっと続ける。
「Aランク以上の隊員がな、くじ引きしてどこの支部のどの隊員に特訓しに行くか決めたんや」
「俺はそれでアモリス支部の君らを引いたっちゅうわけやな」
教室に沈黙が落ちた。なんとも言えない顔で三人が固まる。エデンは思わず瞬きを繰り返した。
(くじ引き……?)
頭の中でその単語だけが浮いている。Sランク隊員による育成指導。もっとこう、本部の厳密な判断とか、戦力分析とか、適性の見極めとか、そういうものの結果で決まるのかと思っていた。まさかくじ引きとは。亜爆が信じられないものを見る目で流鹿を見つめる。
「そんな……くじ引きって……」
その言い方には、「ECOってそんなノリでいいんですか」という感情がかなり含まれていた。流鹿は肩をすくめる。
「こっちも時間がないんや。まぁええやん、来たもんは来たんやし」
「それに俺、そこまでハズレでもないと思うで?」
「いや、そこは誰も言ってないですけど……」
亜爆が小さくツッコむ。ジエルは頭を抱えた。
「時間がないっていっても、もうちょっとちゃんと決めても良かっただろ」
「確かにそうやなぁ」
流鹿は笑う。だが、ふざけたような空気を漂わせつつも、教卓にもたれたその姿にはどこか余裕があった。ただの軽い人間ではない。少なくとも、クロウ島で見たあの戦いを知っているエデンたちは、もうそれを理解している。流鹿はぱん、と軽く手を叩いた。
「今はそんなのええやん。まずは情報交換や」
一瞬で話を切り替える。その声色がほんの少しだけ低くなる。教室の空気も自然と引き締まった。
「ほな、君らが知っとるエイリワスの情報、全部聞かせてや」
流鹿は三人を順番に見る。エデン、ジエル、亜爆。その目には先ほどまでの軽さは残っているが、同時に任務中の隊員の鋭さも宿っていた。エデンは姿勢を正す。エデンは少しだけ息を吸い、口を開いた。
「エイリワスは、進化を研究しています」
その一言で、流鹿の視線がエデンに定まる。
「俺の手のインターフェースは、エイリワスによって付けられたものです」
教室が静まり返る。ジエルも亜爆も、その話の続きを待つようにエデンを見た。エデンは自分の手を見る。手の甲に埋め込まれたインターフェース。もう何度も使ってきた、自分の力の一部。けれど、その始まりは決して綺麗なものじゃない。
「エイリワスは、人間にラベジニウムを使わせることとか、エイリ星人をもっと強くすることとか……そういう“進化”に執着してる感じでした」
「人間も、エイリ星人も、全部研究対象みたいに見てるんだと思います」
エデンの脳裏に、あの男の姿が浮かぶ。冷たい目。人間を人間として見ていないような口調。何かを観察するような、実験動物を眺めるような感覚。
「あいつにとっては、命も感情もたぶん研究材料でしかないんです」
ぽつりと漏れたその言葉には、エデン自身の実感が滲んでいた。流鹿は腕を組み、黙って聞いている。相槌を打たないのは、邪魔をしないためだろう。その代わり、一言も聞き漏らすまいというように集中していた。エデンは少し考え、さらに続ける。
「あと、エイリワスは……ジエルのことも知ってます」
ジエルがわずかに顔をしかめる。エデンはそちらを一度見てから、流鹿へ向き直った。
「ジエルの故郷を襲ったのもエイリワスです」
「その時、ジエルのお父さんの身体を奪って……今もそれを使ってる」
そこまで言うと、流鹿の眉がほんの少しだけ動いた。それが驚きなのか、情報が繋がった反応なのかは分からない。だが、少なくとも流鹿にとっても無視できない話であることは確かだった。エデンは拳を握る。
「だから、あいつはただ強いだけじゃないです」
「人の人生をぐちゃぐちゃにして、それを何とも思わない」
「そういうやつです」
言い切ったあと、教室にはしばらく沈黙が流れた。重い沈黙だった。軽口を叩けるような話ではない。窓の外から聞こえる支部内のざわめきだけが、妙に遠く感じられる。やがて流鹿は、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほどな」
その声には、いつもの軽さが少しだけ薄れていた。流鹿は教卓に腰を乗せるのをやめ、きちんと立ち直る。
「エイリワスが“進化”を研究しとるっちゅう話は、本部でもかなり重要視されとる」
「せやけど、実際にインターフェースを付けられた本人から話を聞けるんはデカいな」
そう言ってから、今度はジエルの方を見る。
「ほな次、ジエル。君からも聞かせてや」
流鹿の声は穏やかだった。だが、その場の全員が理解していた。ここから先の話は、たぶん、もっと重い。




