兵士
「さぁ、エデン君。場所を移そう。私について来てくれ」
エデンは白石の後について歩いていた。研究フロアのさらに奥。一般の研究員の姿は徐々に減っていく。明るかった通路はいつの間にか照明が少なくなり、薄暗い空間へと変わっていた。壁の色も白から灰色へ。機械音だけが静かに響いている。
「白石さん……?」
エデンは少し不安を覚えた。先ほどまでの研究室とは雰囲気が違いすぎる。ケイも警戒を強めていた。
『気を付けろ』
『この先は嫌な気配がする』
やがて。二人は巨大な金属扉の前へ辿り着く。扉には赤い文字。
【関係者以外立入禁止】
白石は迷うことなく認証装置へ手を伸ばした。電子音が鳴り、重いロックが解除される。
「来たまえ」
扉がゆっくりと開いた。そして──
エデンは息を呑んだ。
「……え?」
目の前に広がっていたのは巨大な空間。天井まで届く無数のカプセル。透明な液体に満たされた筒状の装置が何十基も並んでいる。その中には――人間がいた。様々な人間が眠るように浮かんでいる。全員の身体には機械が埋め込まれていた。腕を覆う金属。胸部へ繋がるケーブル。頭部へ伸びる端子。まるで人間と機械を無理矢理繋ぎ合わせたような姿だった。エデンの顔から血の気が引く。
「これは……」
喉が乾く。
「なんなんですか……?」
白石は静かに振り返った。その顔に先ほどまでの穏やかな笑みはない。研究者としての顔。いや。もっと冷たい何かだった。
「きみのラベジニウムは特異だ」
白石はゆっくりと言う。
「私はずっと狙っていた」
エデンの背筋を冷たいものが走った。
「……何を言ってるんですか」
白石は答えない。代わりにポケットから小型の端末を取り出した。リモコンのような装置。ボタンを押す。一つのカプセルが開く。液体が排出される。内部の人影が前へ倒れ込む。床へ着地した。普通の人間ではない。右腕は機械。胸部には金属プレート。首筋にはラベジニウムが埋め込まれている。男はゆっくりと目を開いた。その瞳には感情がなかった。
「起動」
白石が命令する。男が立ち上がる。まるで機械のように。
「私が改造したラベジニウムを使用する兵士さ」
エデンは思わず後退した。理解できなかった。いや。理解したくなかった。
「人間を……改造したんですか……?」
白石は肩をすくめる。
「誤解しないでほしい」
「私は力を与えたんだ」
そう言って周囲のカプセルを見上げる。
「ラベジニウムは人類の希望だ」
「だが人類は臆病だ」
「危険だの倫理だのと言ってその力を恐れる」
彼の声は熱を帯び始める。
「だから私が導く」
「より優れた存在へ」
エデンは拳を握った。胸の奥で怒りが湧く。
「こんなの……導きなんかじゃない」
白石は笑う。
「そうかな?」
「なら君はどう思う?」
「エイリ星人に蹂躙される人々は?」
「彼らを守る力があるなら使うべきだろう?」
エデンは言葉に詰まる。だが。目の前の光景が全てだった。眠る人々。自由を奪われた身体。これが正しいとは思えない。その時だった。ケイの声が響く。
『エデン』
『こいつは危険だ』
『今すぐ離れろ』
エデンは少し後ずさる。周囲のカプセルが次々と点灯する。赤い光。警告音。そして――複数の兵士たちがゆっくりと目を開いた。白石は両手を広げる。
「強い兵士を作り出し、宇宙の脅威から人類を守る――それが私の目的だ。そのためにきみのラベジニウムと体が欲しい」
エデンは白石を睨む。
「守る……?」
「こんなのが?」
周囲のカプセルを見回す。自由を奪われた人々。機械を埋め込まれた身体。感情のない瞳。エデンには到底「守るための力」には見えなかった。しかし白石は表情を変えない。
「結果だけが重要だ」
「方法など後世の人間が勝手に美化する」
そして静かに指を鳴らした。
「さて」
「まずは実験だ」
カプセルからさらに二人の兵士が出て来る。その首元にはラベジニウムが埋め込まれている。鈍い光。不気味な脈動。まるで生きているようだった。兵士たちは一斉にエデンへ顔を向ける。感情はない。怒りも恐怖もない。
「捕らえろ」
白石が命令する次の瞬間。一体が床を蹴った。速い。一般人どころではない。訓練されたECO隊員に匹敵する速度だった。エデンは即座に後退する。
『来るぞ!』
ケイの声。兵士の拳が振り下ろされる。エデンは横へ飛ぶ。床が砕ける。コンクリートに蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「っ!」
見た目以上の怪力だった。着地した瞬間。今度は二体目が接近する。腕の機械部分が変形。刃のような形状になる。振るわれる。エデンは反射的に能力を発動した。
「リミットリフレクス!」
世界がわずかに遅く見える。迫る刃。身体をひねり回避。頬を掠める。だが三体目がすでに背後へ回っていた。
「しまっ――」
蹴りが背中に直撃する。エデンは吹き飛ばされた。研究室の機材へ激突する。金属音が響いた。机がひっくり返る。医療機器や包帯、モニターが床へ落ちる。
「ぐっ……!」
肺から空気が押し出される。立ち上がろうとする。しかし兵士たちは待たない。一体。二体。三体。無機質な足音を響かせながら迫る。白石はその様子を見つめていた。
「素晴らしいだろう?」
「ラベジニウムと機械技術の融合」
「感情に左右されず、恐怖もなく、命令だけを遂行する兵士だ。」
エデンは歯を食いしばる。
「そんなの……人間じゃない!」
白石は首を傾げた。
「だからどうした。エイリ星人を倒すのに人間であることに固執する必要はない」
再び兵士が飛び出す。エデンの瞳が鋭くなる。もう手加減している場合ではない。身体能力が上昇する。
(出来る限り出力は下げて...致命傷は避ける)
「リミットフォース!」
床を蹴る。今度はエデンから前へ出た。拳を握る。最初の兵士の懐へ飛び込む。
(少し痛いけど。ごめんなさい)
腹部への一撃。金属が歪む音。兵士の身体が吹き飛ぶ。壁へ叩きつけられる。しかし。倒れない。歪んだ身体を引きずりながら再び立ち上がる。その顔には苦痛の表情がない。
「なっ……」
エデンは驚く。普通なら戦闘不能になっている。白石が笑う。
「痛覚制御も施してある」
「多少壊れた程度では止まらない」
兵士たちが再び迫る。まるで終わりのない波のように。その時だった。研究施設のどこかで警報が鳴り響く。赤いランプが点滅する。白石が眉をひそめた。
「……何?」
誰かが――この研究所に侵入していた。




