知っていること
「俺が知ってるのは……」
エデンは少し考え込む。どこまで話すべきだろうか。白石は研究者だ。ラベジニウムについて詳しい。だからこそ頼りになる部分もある。だが、その一方で研究者だからこそ全てを話していいのか分からなかった。エデンは慎重に言葉を選ぶ。
「俺のラベジニウムは、他の人のものとは少し違うみたいなんです」
白石の目がわずかに細まる。興味を持ったのが分かった。研究者としての好奇心。未知のものを前にした人間の目だった。
「ほう?」
白石は椅子にもたれかかる。
「どんな風に?」
エデンは続けた。
「能力の名前はリミットです」
「身体能力とか、防御力とか、反射神経とか……色んな限界を引き上げる能力です」
白石は机の上に置かれたノートを開く。ペン先が紙の上を走った。さらさらという音だけが静かな部屋に響く。
「なるほど」
「限界突破型の能力か」
「珍しいな」
そう呟きながらも、白石はメモを取り続ける。まるで一言も聞き漏らすまいとしているようだった。
「それで?」
エデンは少し迷った後、さらに話した。
「父さんも昔、そのラベジニウムを使ってました」
その言葉で。白石の手が止まる。ほんの一瞬。本当に一瞬だった。普通の人間なら気付かないほどの小さな変化。だがエデンは何となく違和感を覚えた。今の反応は何だったのだろう。父親という言葉に反応したのか。それともラベジニウムそのものに反応したのか。しかし白石はすぐに普段通りの表情へ戻る。
「継承型か」
小さく呟いた。
「続けてくれ」
エデンは頷く。
「それと……」
少し言いづらそうにする。
「声が」
部屋が静かになる。白石の視線がゆっくりとエデンへ向く。先程までノートに向いていた意識が、一瞬でこちらへ集中したのが分かった。
「声?」
「はい」
エデンは答える。
「ずっと前からです」
「そいつは……」
白石が何かを言いかけた、その瞬間だった。頭の中でケイの声が響く。
『待て』
低い声。普段より明らかに警戒している。
『それ以上は話すな』
エデンは思わず言葉を止めた。心臓が小さく跳ねる。ケイがここまで強く止めるのは珍しい。白石が不思議そうに見る。
「どうした?」
「いえ……」
エデンは少しだけ視線を逸らした。
「やっぱりなんでもないです」
白石はしばらくエデンを見つめていた。その視線は穏やかだった。だが同時に、何かを探るようでもあった。やがて微笑む。
「そうか」
だがその目は笑っていなかった。研究者としての興味。それ以上の何か。そんな光が一瞬だけ見えた気がした。白石は椅子から立ち上がる。ゆっくりと窓際へ歩いた。ガラスの向こうには街並みが広がっている。車が走り、人々が行き交う。平和な日常の光景。しかし白石の視線はその景色を見ているようで、見ていなかった。
「なるほどね……」
その声は独り言のようだった。エデンには聞こえているはずなのに、まるで自分自身へ向けた言葉のようだった。そこで言葉を切る。エデンは首を傾げた。
「何か分かったんですか?」
白石は振り返る。いつもの穏やかな笑顔。
「いや」
そう言いながら机へ戻る。しかし。エデンには分からなかった。今の白石が本当に穏やかなのか。それとも何かを隠しているのか。胸の奥に小さな引っ掛かりだけが残る。
その頃――。
研究所の下層階。一般職員しか使わない通路。その奥を二つの影が歩いていた。紫髪の怪盗、シェイド。そしてその後ろを歩く少女、ルノ。
「本当に大丈夫なの?」
ルノが小声で尋ねる。
「当然だ」
シェイドは前を向いたまま答える。
「怪盗たるもの、警備など恐れるべきではない」
「さっき監視カメラに見つかりそうになってすごい慌ててた」
「あれは演技だ」
「絶対違う」
ルノは呆れたようにため息をつく。シェイドは咳払いをした。
「とにかくだ。ここまで来た以上、引き返す訳にはいかない」
「分かってる」
ルノの表情も真剣になる。シェイドは小さく頷いた。その目には普段の気障な笑みはない。エレベーターの案内図を見上げる。
「もう少しだ」
シェイドは呟く。ルノもまた上を見上げた。




