白石礼
エデンは目を瞬かせた。
「……白石?」
聞いたことのない名前だった。少なくとも、エデンの知り合いにはいない。ケイも反応しない。つまり、ケイにも心当たりはないらしい。職員は肩をすくめる。
「君に会いたいと言っている」
「どうする?」
エデンは少し考える。知らない名前。だが、わざわざアモリス支部まで来ている。無視するわけにもいかない。
「会います」
そう答えると、職員は頷いた。
「応接室にいる」
「案内するよ」
エデンは訓練を切り上げ、職員の後を歩き始めた。静かな廊下を進む。窓から差し込む昼の光が床を照らしている。だが。なぜだろう。胸の奥に妙な違和感があった。ただの来客ではない。そんな予感がする。やがて職員が立ち止まる。応接室の扉。
「中にいる」
職員はそう言って去っていった。エデンは一人になる。そして。ゆっくりとドアノブに手をかけた。
応接室の扉を開けると、一人の男がソファに腰掛けていた。白衣。細身の体格。年齢は三十代後半から四十代前半ほどだろうか。髪は整えられており、机の上には分厚い資料が積まれている。男はエデンを見ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「やあ」
立ち上がり、軽く会釈する。
「きみがエデン君かな?」
落ち着いた声だった。
「私は白石礼」
そう名乗りながら胸元の身分証を見せる。そこには確かにECOの所属証が記載されていた。
「ECO専属の科学者だ」
エデンは少し緊張しながら会釈を返す。科学者。今まであまり関わる機会のない職業だった。白石は席を勧める。エデンが向かい側へ座ると、彼はすぐに本題へ入った。
「クロウ島での中継を見てね」
「きみの持つラベジニウムについて少し気になったんだ」
エデンは目を瞬かせる。自分のラベジニウム。その言葉に少し驚く。真っ先に思い浮かんだのは別の人物だった。
「俺ですか?」
「ジエルの方じゃなくて?」
クロウ島で注目されそうなのはどう考えてもジエルだとエデンは考える。黒い雷。進化の兆候。なのに、なぜ自分なのか。白石は小さく笑う。
「確かに彼の力も興味深い」
「過剰適応の可能性もあるだろう」
そう言いながら指を組む。
「だが、私はきみのラベジニウムが気になったんだ」
その目は研究者のものだった。純粋な好奇心。そして探究心。
「そこで――」
白石は資料を閉じる。
「私の研究に協力して欲しい」
エデンは少し警戒した。研究。ラベジニウム。その組み合わせはあまり良い印象がない。エイリワスのような存在もいる。しかし、目の前の男からは危険な雰囲気を感じない。今のところは。
「どんな研究なんですか?」
エデンが尋ねる。白石は苦笑した。
「安心してくれ」
「解剖したりはしない」
その言葉にエデンは少しだけ安心する。結局。数分ほど説明を受けた後、エデンは協力を了承した。
・・・
それからしばらくして。エデンは白石の車へ乗り込んでいた。アモリス支部を離れる。窓の外を景色が流れていく。住宅街。商業施設。行き交う人々。やがて街の中心部へ近づいていく。高層ビルが増え始めた。ガラス張りの建物が立ち並び、道路には多くの車が走っている。
「結構遠いんですね」
エデンが言う。運転席の白石は頷いた。
「研究設備は少し特殊でね」
「支部内には置けないんだ」
エデンは窓の外を見る。見慣れない景色だった。やがて車が速度を落とす。信号を曲がり。一つの大きなビルの前で停止した。エデンは思わず見上げる。かなり高い。周囲の建物と比べても目立つ規模だった。ガラス張りの外壁が太陽の光を反射している。入口には警備員も立っていた。白石が車を降りる。
「着いたよ」
そう言ってビルを見上げる。
「ここが私の研究所。白石研究所」
エデンも車から降りる。だが。その瞬間。ケイが珍しく低い声で呟いた。
『……妙だな』
エデンの足が止まる。
(どうしたの?)
心の中で問いかける。するとケイは短く答えた。
『この場所』
『何かがいる』
研究所の入口を見つめながら、ケイは警戒するように沈黙した。




