リミットストリング
病室の中に静かな空気が流れる。天記も、亜爆も、ドロイも、ジエルも。誰も口を開かなかった。エイリヤカとの戦い。その圧倒的な力は、全員の心に深い傷跡を残していた。特にエデンは強く感じていた。自分の無力さを。リミットリフレクスで避けきれず。リミットナイトは破壊された。もし流鹿が来ていなければ、どうなっていたか分からない。その思いが胸の中で消えない。エデンはベッドの上で拳を握った。そして、ゆっくりとリュートを見る。
「父さん」
リュートが顔を上げる。
「教えて欲しいんだ」
エデンの目は真剣だった。迷いがない。
「リミットの能力の全てを」
病室が静まり返る。リュートの表情が固まった。それは予想していなかった言葉だった。しばらく返事がない。リュートは杖を握ったまま俯く。まるで、何かを思い出しているようだった。長い沈黙が続く。やがて。リュートは小さく息を吐いた。
「……そうか」
その声は重かった。エデンは黙って待つ。逃げない。目も逸らさない。その様子を見て、リュートは観念したように苦笑した。
「分かった」
静かな声だった。
「全部話す」
エデンの表情が少しだけ引き締まる。だが。リュートはそこで言葉を止めた。そして真っ直ぐエデンを見る。その目には父親としての心配があった。
「だけどな」
病室の空気が変わる。
「今から話すことは、その力の危険性を引き出すことでもある」
誰も口を挟まない。リュートは続ける。
「リミットは便利な能力じゃない」
「強い能力でもある」
「だが、その分だけ代償もある」
杖を握る手に少し力が入る。
「エデンもそれは知ってるだろ」
その言葉には妙な重みがあった。エデンは思わず息を呑む。
「それでもいいか?」
父親としての最後の確認。エデンは迷わなかった。エイリワスやエイリヤカ。自分より強い敵はいくらでも現れる。逃げるつもりはない。エデンは静かに頷いた。
「うん」
即答だった。リュートはその返事を聞くと、ゆっくり目を閉じる。数秒後。再び目を開いた時には、覚悟を決めた顔になっていた。
「……なら話そう」
病室の全員が息を呑む。リュートは椅子を引き寄せる。そして、誰にも聞かせたことのない話を始めようとしていた。リミットという能力の本質を。そして――その先に眠る力について。リュートは椅子に腰掛け、少し考えるように顎へ手を当てる。そしてエデンへ視線を向けた。
「まず確認だ」
穏やかな声だった。
「エデンは今、リミットの能力をどこまで拡張してる?」
エデンは少し考える。今まで使ってきた力を思い返した。そして指を折りながら答える。
「力」
一本目。
「防御」
二本目。
「反射神経」
三本目。
「今使えるのはその三つだよ」
リュートは静かに頷いた。
「そうか……」
その表情はどこか懐かしそうだった。昔の自分を見ているようでもある。
「十分すごいことだ」
「だが、それで終わりじゃない」
エデンの目が少し大きくなる。やはり。まだ先がある。リュートはゆっくり話し始めた。
「俺がそのラベジニウムを使っていた時は――」
一度言葉を区切る。
「リミットストリングという能力も使っていた」
病室に小さなどよめきが走る。ジエルが眉を上げる。
「ストリング?」
ドロイも興味深そうに目を細めた。エデンは初めて聞く名前だった。リミットフォース。リミットナイト。リミットリフレクス。それらと同じ系列の能力なのだろうか。リュートは続ける。
「皮膚の形状と伸縮性、強度の限界を拡張する能力だ」
エデンは一瞬意味が分からなかった。だが。次の説明で少し理解する。
「腕や指先から皮膚を細く伸ばせる」
「まるで体から糸が出ているように見えるんだ」
「だからストリング」
エデンの脳裏に映像が浮かぶ。糸。しかし本当の糸ではない。自分の皮膚。それを異常なほど引き伸ばしているのだ。
「え……」
思わず声が漏れる。
「そんなことできるの?」
リュートは苦笑した。
「最初は俺も同じ反応だったよ」
亜爆も少し引いた顔をしている。
「いや、なんか想像すると怖いんですけど……」
「慣れると便利だ」
リュートは冗談っぽく言う。だがその後すぐ真面目な顔に戻った。
「もちろん武器にもなる」
「鋼鉄みたいな強度まで高められるからな」
「相手を拘束したり、切断したり、移動に使ったりもできる」
ドロイの表情が変わる。能力の応用性に気付いたのだ。
「……かなり万能ですね」
「そうだ」
リュートは頷く。
「リミットの本質は身体能力の限界拡張だ」
「だから力だけじゃない」
「防御だけでもない」
「反射神経だけでもない」
リュートは自分の胸を指差した。
「人体に存在するあらゆる要素」
「その限界を押し広げることができる」
病室が静かになる。エデンは自然と息を呑んだ。今まで自分は能力の一部しか使っていなかった。そういうことになる。そして。リュートの表情は少しだけ暗くなった。
「だがな」
その声に全員が反応する。
「限界を拡張するってことは」
「本来超えてはいけない領域に足を踏み込むってことでもある」
杖を握る手に力が入る。その足。不自由になった脚。エデンはそこへ視線を向けた。まだ話は終わらない。むしろ――
ここからが本題だった。




