洋棋崩壊
白黒の盤面が砕け散る。無数のマスが光となって崩壊し、空間そのものがひび割れていく。流鹿の身体が宙へ投げ出された。
「ぐっ……!」
次の瞬間。世界が元へ戻る。クロウ島のホテル前。砕けた道路。斬り裂かれた建物。煙。海風。現実の景色が戻ってきた。流鹿は片膝をつき、荒く息を吐く。ガントレットは一部が砕け、肩から血が流れていた。
「はぁ……っ……」
流鹿はゆっくり顔を上げた。前方。エイリヤカが立っている。赤い外骨格。武士のような姿。刀を失ってなお、圧倒的な威圧感を放っていた。だが。エイリヤカは流鹿を見ていなかった。周囲を静かに見渡している。その様子に、流鹿は眉をひそめる。
(……なんや?)
違和感。戦闘の最中とは思えない視線だった。エイリヤカは、まるで何かを探しているようだった。そして。数秒後。ゆっくりと後ろを向く。
「……?」
流鹿の表情が変わる。エイリヤカが向いた先。そこには、もう誰もいなかった。エデン。亜爆。ドロイ。
気絶したジエルを連れ、既に避難している。ホテル周辺には一般人も残っていない。静かな破壊跡だけが広がっていた。エイリヤカはそれを確認すると、歩き出した。
「おい」
流鹿が立ち上がる。
「どこ行くんや!」
その声にも、エイリヤカは振り向かない。ただ。低く呟いた。
「――それでは」
瞬間。姿が消えた。
「!?」
移動音すらない。風も起きない。ただ、“そこから消失した”。流鹿は舌打ちする。流鹿が周囲を警戒する。砕けた道路。崩れたホテルの壁。静まり返った空間。エイリヤカの姿は、もうどこにも見えない。だが次の瞬間。
どこからともなく声が響いた。
「――本日は……これにて」
低く。静かな声。まるで舞台の幕引きを告げるようだった。流鹿が顔を上げる。
「……チッ」
エイリヤカの気配は遠ざかっていく。追おうにも、位置が掴めない。“移動を省略する能力”。あれを使われれば、追跡は困難だった。海風だけが吹き抜ける。流鹿は砕けたガントレットを見下ろした。
「なんちゅう化け物や……」
その表情から、余裕は完全に消えていた。白黒洋棋を破壊された。あの能力空間を真正面から突破されたのは、かなり異常だった。しかも、まだ本気だったかも分からない。流鹿は視線を遠くへ向ける。エデン達が逃げた方向。
「無事やとええけどな……」
小さく呟く。そして、ゆっくり立ち上がった。壊れた街並みの中。クロウ島には、不穏な空気だけが残されていた。
「てか……本部への報告は、どうしたらええんや」
流鹿は頭を掻きながら呟く。周囲は酷い有様だった。道路は裂け。ホテルの壁は崩れ。地面には巨大な斬撃跡がいくつも残っている。どう見ても、大規模戦闘の痕跡だった。しかも相手は進化個体。それだけでも厄介なのに――
「能力二つ持ちとか、聞いてへんぞ……」
流鹿は深くため息を吐く。移動を省略する能力。そして飛ぶ斬撃。どちらも単体で十分危険だ。それを同時に扱っていた。さらに、あの硬さ。尋常ではない耐久力。
「白黒洋棋破壊されるとか、洒落ならんて……」
普通の進化個体ではない。それだけは確実だった。流鹿はポケットから端末を取り出し、端末を起動した。
「こちら盤上流鹿」
真剣な声。先程までの軽い雰囲気は消えている。
「クロウ島にて進化個体を確認」
一拍置く。
「危険度は最低でもA以上や」




