エイリヤカの力
「あなたは確か……」
エデンが目を見開く。その男の顔には見覚えがあった。右目の大きな傷。そして、どこか余裕を感じさせる立ち姿。
「盤上……流鹿さん?」
その名前を口にする。ECOの入隊面接以来だった。あの時と比べれば、今の流鹿はずっと険しい空気を纏っている。だが、間違いない。ECOの人間だ。流鹿はちらりとエデンの方を見た。
「エデン君やん」
軽い調子で言う。だが、その目は笑っていなかった。視線の大半はエイリヤカへ向いている。目の前の敵を、一切油断なく観察していた。エイリヤカもまた、流鹿を見ていた。赤い刀をゆっくり構え直す。
「……貴殿」
低い声。
「先程までの者達とは、違うな」
流鹿は肩を鳴らした。ガントレットが重い音を立てる。
「まぁ、一応先輩やからなぁ」
その言葉とは裏腹に。流鹿の額には薄く汗が浮かんでいた。エデンはそれを見逃さなかった。
(……この人でも、余裕って訳じゃない)
流鹿ほどの人物でも警戒している。それだけ、このエイリヤカは危険なのだ。
一方。
亜爆は倒れたジエルを見た。
「ジエルさん……!」
反応はない。黒い電気だけが身体の周囲で時折弾けている。ドロイも動けない。胸を貫かれた傷から、血と共に壊れた部品が覗いていた。エデンは歯を食いしばる。悔しかった。何もできなかった。エイリヤカはそんなエデン達を一瞥すると、再び流鹿へ視線を戻した。
「名を聞こう」
流鹿は鼻で笑う。
「律儀やなぁ」
そして。拳を軽く合わせた。重い金属音が鳴る。
「ECOのSランク隊員、盤上流鹿や」
その瞬間。空気が変わる。圧力。まるで巨大な岩が立っているような存在感だった。エイリヤカの赤い目が細くなる。
「……強者」
僅かに。嬉しそうですらあった。流鹿は後ろへ言う。
「お前ら、動けるか?」
エデン達を見る。
「悪いけど、こいつは今のお前らじゃ荷が重い」
そして。エイリヤカから視線を外さないまま続けた。
「逃げる準備しとき」
次の瞬間。エイリヤカが消える。だが。流鹿も同時に地面を蹴っていた。
流鹿のガントレットと、エイリヤカの赤い刀が激突する。衝撃で周囲の空気が震えた。流鹿はそのまま刀を横へ受け流す。
「重っ……!」
だが表情は崩さない。即座に踏み込み、拳を叩き込む。拳がエイリヤカの胴へめり込む。赤い外骨格が軋む。エイリヤカの身体が僅かによろめいた。
「おっ、効いとるやん」
流鹿は笑う。だが次の瞬間。エイリヤカが消えた。
「……!」
流鹿は即座に後ろへ反応する。刀を受け止める。
(速いな.....いや.....本当に速いだけか?)
エイリヤカは再び姿を消す。様々な場所に出現し、斬撃を放ってくる。
流鹿はそれをギリギリで捌き続けていた。地面が砕ける。ホテルの壁が斬れる。周囲の景色がどんどん壊れていく。エデンは息を呑んだ。
(流鹿さんでも押されてる……?)
どこか妙だった。流鹿も、それを感じていた。
(おかしい……)
攻撃は見えている。反応もできる。だが。“移動”が見えない。速い、では説明できなかった。移動の音、風。何も無い。まるで、最初からそこにいたかのように現れる。
「……なるほどなぁ」
流鹿が小さく呟く。そして。突然、エイリヤカから距離を取った。後方へ跳ぶ。エイリヤカが赤い刀を構える。そして。また消えた──
その瞬間。
流鹿は足元に落ちていた瓦礫を前方へ投げた。瓦礫が飛ぶ。エイリヤカが既に流鹿の目の前にいた。刀が振り下ろされる。流鹿は防御しながら、笑った。
「やっぱりか」
瓦礫はエイリヤカに当たっていない。通り抜けたわけでもない。そもそも。“間に存在していなかった”。流鹿の目が鋭くなる。
「お前、“移動”しとらんのやな」
エイリヤカが初めて反応を止めた。僅かな沈黙。流鹿は刀をはじく。
「お前の能力は――」
流鹿が笑う。
「“移動を省略する能力”や」
エデン達が目を見開く。省略。流鹿は続けた。
「本来、人間は“移動する過程”を経て相手に近付く」
「せやけどお前は、その過程そのものを消し飛ばしとる」
エイリヤカが消えたように見える理由。速すぎたわけじゃない。“途中”が存在しなかったのだ。
「だから移動した痕跡が残らへん」
流鹿は拳を構える。




