束の間の平穏
クロウ島へ上陸したエデン達は、そのまま観光エリアを歩いていた。空は青く、潮風が心地いい。海辺には観光客の姿が多く見え、白い建物や新しく作られたホテルが並んでいる。島全体が、発展途中のリゾート地という雰囲気だった。
「結局、アグレスさんに信じてもらえなかったね」
エデンが苦笑しながら言う。怪盗シェイド。確かに戦った。だが、結果だけ見れば、実際に盗みをしていたのは別グループだった。警察側からすれば、エデン達の話は少し信じにくい。ジエルは頭の後ろで腕を組みながら歩いていた。
「忙しそうだったしな、まぁいいんじゃね?」
そこまで気にしていない様子だった。
「あいつらが盗んだわけじゃないっぽいしな」
亜爆も笑う。
「それより今はバカンスを楽しみましょうよ」
その言葉通り、クロウ島はかなり綺麗だった。海は透き通っている。白い砂浜。遠くでは観光客達が泳いでいた。
「うわ……すごい」
エデンは素直に感動していた。戦いばかりの日常では、こういう景色を見る機会は少ない。エデン達はそのまま海辺で時間を過ごした。泳いだり。店を見たり。軽食を食べたり。久しぶりに、比較的平和な時間だった。
そして。気付けば、空は夕焼けに染まり始めていた。海もオレンジ色に輝いている。波が静かに揺れていた。エデン達は海辺に並び、その景色を眺めていた。
「海っていいよな……」
ジエルがぽつりと言う。その声はいつもより静かだった。エデンは少しだけ横を見る。ジエルの顔には、僅かに悲しさが混じっていた。レインダ村。ジエルの故郷。海に面した村。そして――エイリワスによって壊された場所。ジエルは故郷の景色を思い出していた。ジエルはそれ以上何も言わなかった。
すると。エデンがふとドロイを見る。
「そう言えばドロイさんって、機械ですけど海に入っても大丈夫なんですか?」
その瞬間。
「あ」
エデンの顔が固まる。思い出した。ドロイは、自分の身体が機械であることを隠していた。
「あっ……」
隣ではジエルと亜爆が固まっている。
「機械?」
「え?」
二人同時にドロイを見る。エデンは慌てた。
「ご、ごめんドロイさん!」
完全に口を滑らせた。だが。ドロイは特に怒った様子もなく、小さく笑った。
「謝らなくても大丈夫です」
穏やかな声だった。
「今は考えが変わりましたから」
夕焼けの海を見ながら続ける。
「無理に隠す必要もないと思ってます」
その言葉に、エデンは少し安心した。そしてドロイは、先程の質問へ普通に答える。
「ちなみに俺は海に入っても大丈夫です」
さらっと言う。
「防水加工がなされてますので」
「すげぇ!」
ジエルが食いついた。
「じゃあサイボーグってことか!?」
ドロイは少し考える。
「まぁ、分類的にはそうですね」
「ビームとか出んのか?」
「今はそういう機能はありませんが」
ドロイは真面目な顔で言った。
「いつかは搭載したいと思ってます」
「考えてはいるんですか!?」
亜爆がツッコむ。少し笑いが起きた。だが、その後。亜爆が少し真面目な顔で聞いた。
「……ドロイさんはどうして、サイボーグになったんですか?」
その言葉に、ドロイは少しだけ黙る。波の音が聞こえる。夕日が海面へ反射していた。そしてドロイは静かに口を開く。
「宇宙風邪って、皆さん知ってますか?」
エデン達は顔を見合わせる。
「エイリ星人が地球へ来たことで、ごく一部で発症するようになった病気です」
ドロイは海を見つめたまま続ける。
「原因は、エイリ星人の持つエネルギー」
静かな声。
「人間の体の器官を、少しずつ使い物にならなくする病気です」
エデン達の表情が変わる。聞いているだけで重い病気だと分かった。
「俺は、それにかかりました」
風が吹く。ドロイの髪が少し揺れた。
「宇宙風邪で苦しんでいた所に、ある科学者が俺へ手術を施してくれて」
そして、小さく笑う。
「どうにか生きることができたんです」
夕焼けの海は、静かに揺れていた。
「さぁ、ホテルに行きましょうか。チェックインを済ませましょう」
ドロイがそう言って歩き出す。夕暮れの海から離れ、エデン達は観光エリアを抜けていった。クロウ島の夜景が少しずつ灯り始めている。道路沿いには洒落た店やレストランが並び、観光客達の笑い声も聞こえていた。
「なんか本当に旅行って感じだ」
エデンが周囲を見回しながら言う。
ジエルは肩を回した。
「事件さえなけりゃもっと平和だったんだけどな」
「まぁ、比較的平和でしたよ今回は」
亜爆が苦笑する。
ドロイは小さく頷いた。
「“比較的”ですね」
そして。しばらく歩いた先で、巨大な建物が見えてきた。ホテルクロウズ。黒と金を基調とした高級ホテルだった。入口には大きな噴水。ガラス張りの正面。豪華な照明。まるで映画に出てくるようなホテルだった。
「でっか……」
エデンが思わず呟く。
中へ入ると、さらに圧倒された。広いロビー。高級そうなソファ。天井には巨大なシャンデリア。静かな音楽まで流れている。受付のスタッフも洗練された動きだった。エデン達は少し緊張しながらチェックインを済ませる。その後、それぞれ部屋の鍵を受け取った。
「それじゃ、今日は休みましょう」
ドロイが言う。全員疲れていた。豪華客船での事件。長時間の移動。ようやく落ち着ける。
「おやすみなさい」
亜爆が手を振る。
「また明日な」
ジエルも欠伸をしながら部屋へ向かっていく。エデンも自分の部屋へ入った。広い。柔らかいベッド。大きな窓。夜景が綺麗に見える。
「すご……」
思わず感動する。荷物を置き、ベッドへ倒れ込む。身体が沈み込むほど柔らかかった。
「疲れたな……」
小さく呟く。だが、不思議と嫌な疲れではない。久しぶりに、少しだけ普通の時間を過ごせた気がした。
瞼が重くなる。眠気が押し寄せてくる。エデンはそのまま眠りについた。
――だが。暗闇の中。
ケイだけは起きていた。
『……』
静かに何かを感じ取っている。違和感。嫌な気配。夜の街で、何かが蠢いている。
『……エデン』
眠るエデンへ呼びかけることはしなかった。まだ確証がない。
だが――。
確実に、“何か”がいる。
――――――
その頃。クロウ島の夜道。数人の警察官が巡回していた。観光地とはいえ、夜は警備が必要だ。特に最近は怪盗騒ぎもある。
「異常なし、か……」
警察官の一人が辺りを見回す。その時だった。路地の奥。何かが動いた。
「……?」
黒い影。人影のようにも見える。警察官達は顔を見合わせた。
「おい、止まれ!」
ライトを向ける。だが、影は動かない。静かすぎる。不気味だった。警察官達はゆっくり近づいていく。そして。その瞬間。その影が消えた。
「――え?」
警察官の身体が止まる。次の瞬間。警察官の制服が裂け、血が飛んだ。
「が……っ!?」
警察官達が一斉に倒れる。地面へ赤が広がる。何が起きたのか、誰も理解できなかった。そこには。深い斬撃の跡だけが残っている。静かな夜道。そして。暗闇の中から、低い声が響いた。
「弱い……」
冷たい声だった。




