能力者
「金盗んだのはてめぇか?」
ジエルが睨みながら聞く。シアターの中は静かだった。広い客席。薄暗い照明。ステージの上で、シェイドだけが妙に落ち着いている。まるで舞台の主役のようだった。するとシェイドは、ゆっくり笑みを浮かべる。
「――盗みとは、不思議なものだ」
静かな声。だが、どこか芝居がかっている。
「手に触れた瞬間に奪う者もいれば、触れずとも奪ってしまう者もいる」
ゆっくり歩きながら続ける。靴音だけがシアターへ響く。
「宝というのはね」
シェイドは片手を広げた。
「持ち主が“失った”と思った時点で、もう誰かの手の中にあるものだ」
その目が細くなる。
「それが私の手かどうかは……君の目には、どう映っている?」
「……は?」
ジエルの眉間に皺が寄る。
「何わけ分かんねぇこと言ってんだよ」
完全に呆れていた。エデンも少し困惑する。言っていることが抽象的すぎる。煙に巻こうとしているのか、本気でこういう話し方なのかすら分からない。
「……つまり、自分は盗んでないってこと?」
エデンが聞く。
するとシェイドは肩をすくめる。
「さて」
それだけだった。肯定も否定もしない。余計に分からない。ジエルが小さく舌打ちする。
「めんどくせぇ奴だな……」
だが、とにかく今は警察へ引き渡せばいいと、エデンはそう判断した。
「ジエル」
小声で言う。
「今さっきの人が警察呼んできてくれるはずだ。俺達はここで足止めしよう」
「おう」
ジエルも頷く。すると。シェイドが小さく笑った。
「あぁ……」
静かな声。
「人は、追われる影を背負っているときほど、光を呼ぶ声が小さくなるものだ」
意味深な言葉。エデンとジエルは眉をひそめる。
「呼べば届くはずの助けも」
シェイドはゆっくり言う。
「呼んだ瞬間に、自分へ返ってくるのが怖いのだろう」
「あ?」
当然、ジエルには何も理解できない。すると、シェイドは少し笑って、簡潔に言った。
「彼は警察を呼ばないということさ」
「……!」
エデンの表情が変わる。エデンはすぐにスマホを取り出した。
「アグレスさんに連絡を――」
その瞬間だった。
「おっと……それは少しいただけないね」
シェイドの指が動く。ポケットから、一枚のコインを取り出す。金色のコイン。それを軽く弾いた。甲高い音が鳴る。次の瞬間。
「!?」
コインが、ありえない軌道で空中を跳ねた。一直線ではない。壁を蹴るように反射し、照明の金具を掠め、さらに軌道を変える。まるで意思を持っているような動き。そして――
「うわっ!?」
エデンのスマホが弾き飛ばされた。床を滑り、遠くへ転がる。
「……!」
エデンとジエルの目が見開かれる。今の動きは、明らかに普通ではない。物理法則を無視したような軌道。ジエルが鋭くシェイドを見る。
「……お前」
空気が変わる。シェイドは、楽しそうに微笑んでいた。ジエルが低い声で言う。
「能力者か?」
シアターの空気が静まり返る。エデンも自然と身構えていた。もしラベジニウムを使う能力者なら話が変わる。ただの怪盗ではない。ECO案件になる可能性すらある。するとシェイドは、少し意外そうな顔をした。
「ほう?」
二人を見る。無意識に戦闘態勢へ入りかけている動き。それを見て、シェイドはゆっくり笑った。
「君達こそ、“そちら側”の人間か」
「……!」
エデンの目が細くなる。シェイドは舞台の中央へ歩きながら続けた。
「なるほどなるほど……ただの乗客にしては妙に落ち着いていると思ったが」
片手で顎を撫でる。
「警察とも知り合い。そして今の反応」
その目が鋭くなる。
「君達も能力者だね?」
「……どうしてそう思う」
エデンが聞く。するとシェイドは、まるで簡単な謎解きを説明するように答えた。
「普通の人間は、“能力者か?”なんて発想を自然にはしないさ」
ニヤリと笑う。
「人は、自分の知っている恐怖でしか他人を疑えない」
また回りくどい。だが、言っている意味は分かった。ラベジニウムの存在を知っている人間だからこそ、“能力者”という考えに辿り着く。ジエルが舌打ちする。
「やっぱめんどくせぇ喋り方しやがるな……」
ジエルは構えながら聞く。
「能力を使えて、怪盗で、お前は一体何なんだ」
両手を軽く広げる。
「私は――」
シェイドは静かに目を伏せた。
「悲惨な運命を背負う、一人の人間さ」
その言葉はどこか芝居じみていた。




