怪盗シェイド
エデン達はその後もしばらく船内を歩き回っていた。二階の廊下。展望スペース。ラウンジ。休憩エリア。クローズフェザー号はとにかく広く、少し歩くだけでも次々に違う景色が現れる。高級ホテルのような空間もあれば、静かなバーのような場所もある。その分、人の数も多かった。談笑する乗客。写真を撮る観光客。酒を飲んでいる男達。誰もが普通に見える。
「……分かんねぇ」
ジエルがぼやいた。
「怪盗探せって言われても、見た目すら知らねぇんだぞ」
その通りだった。ルノンブル。名前だけは有名。だが、シェイドとルノの顔写真は一切出回っていない。年齢も、本名も、素性も不明。それでは探しようがない。
「警察も大変だね……」
エデンも小さく息を吐く。不審人物を探そうにも、豪華客船という場所柄、そもそも怪しい格好の人間が少ない。全員それなりに身なりが整っている。怪盗が普通の乗客に紛れていたら、見分けるのはかなり難しかった。その時だった。
「……少しいいですか?」
ドロイが近くを通った船員へ声をかける。
「はい?」
「この船の船内図って、どこかにありませんかね?」
船員はすぐに笑顔で答えた。
「こちらにパンフレットがございますので、よろしければ」
そう言って、一冊のパンフレットを差し出す。クローズフェザー号の案内冊子だった。
「ありがとうございます」
ドロイはそれを受け取る。
そして。その場で、じっと見始めた。
「……」
無言。かなり真剣な目だった。エデンとジエルは顔を見合わせる。
「どうしたんだ?」
ジエルが聞く。ドロイはすぐには答えなかった。船内図を指でなぞりながら、何かを考えている。
「……いえ」
やがて、小さく口を開く。
「何か、今さっきから違和感があるんですよ」
「違和感?」
エデンが首を傾げる。
「はい」
ドロイは視線をパンフレットへ向けたまま答えた。
「ですが、まだ確証がない」
静かな声。
「手分けして探しましょう」
ドロイはパンフレットを閉じる。
「俺は少し調べたいことがあります」
そして二人を見る。
「エデンさんとジエルさんは、二人で不審な人物を探してください」
「お、おう」
ジエルが返事をする。だが、正直何を考えているのかジエルには分からなかった。ドロイは再び船内図へ視線を落とす。どこか一点を見つめるように。
「……?」
エデンはドロイが何に引っかかっているのか気になっていた。だが、ドロイはこういう時、無闇に話さない。考えがまとまるまで口にしないタイプである。
「まぁ、任せるか」
ジエルが肩をすくめる。
「そうだね」
エデンも頷いた。二人はそのまま再び歩き出す。エデンとジエルは、そのまま船内の階段を上がっていった。上層階へ行くほど、人の気配は少なくなっていく。豪華な照明に照らされた廊下。赤い絨毯。窓の外には夜の海が広がっている。船は静かに進み続けていた。
「しかし広すぎるだろ、この船……」
ジエルがぼやく。既にかなり歩いていた。だが、それでも全体の一部しか回れていない感覚がある。
「あと調べてない場所ってどこだ?」
エデンが周囲を見回す。その時。廊下の端に、大きな案内看板が立っているのが見えた。クローズフェザー号・本日の予定表。その中に、《シアター 特別ミュージカル公演》という文字が書かれている。
「シアター?」
エデンが呟く。矢印の先を見ると、大きな両開きの扉があった。かなり立派な造りだ。
「今はやってないみたいだな」
時間を見る。どうやらミュージカル公演はもう少し後らしい。つまり、今はほぼ無人の可能性が高い。ジエルは扉を見ながら言った。
「あの扉の先がシアターか」
少し目を細める。
「あそこにいなかったら、それこそどこにいるか分かんねぇぞ」
確かに、怪盗が人目を避けるならこういう場所は使いやすいと、エデンも頷いた。
「行ってみるか」
ジエルがそのまま扉へ手をかける。重い扉がゆっくり開いた。
中は薄暗かった。広い劇場空間。赤い座席が大量に並び、その先には大きなステージがある。照明は最低限しか付いていない。静かな空間だった。だが。そこに、人影があった。
「……!」
エデンが目を細める。ステージの上で、二人の男が何か話している。一人は、紫髪の男。派手なスーツ。指輪やアクセサリー。どこか芝居がかった雰囲気。そしてもう一人は、ハットを深く被った男だった。その瞬間。ハットの男がこちらへ気付く。
「!」
一瞬だけ空気が止まる。次の瞬間、男は慌てたように叫んだ。
「こいつが怪盗だ!!」
「は?」
ジエルが眉をひそめる。ハットの男は、そのままエデン達の横をすり抜けるように走ってくる。
「警察じゃないのか?」
焦ったような声。
「仕方ない、私が呼んでくる!」
そう言い残し、そのまま劇場の外へ飛び出していった。扉が閉まる。静寂。残されたのは、エデン達と紫髪の男だけだった。その男は――むしろ少し楽しそうに笑っていた。
「これはこれは」
ゆっくり両手を広げる。
「なるほど」
余裕のある声。まるで今の状況すら面白がっているようだった。エデンは警戒する。ジエルも自然と前へ出ていた。男はそんな二人を観察するように見る。その目には焦りがない。
「お前が怪盗か?」
ジエルが真っ直ぐ聞く。すると男は口元を歪めた。
「正直に“怪盗です”と言えば、君達は見逃してくれるのかな?」
「……」
「まぁいい」
男は帽子も被っていないのに、まるで舞台役者のように軽く一礼した。
「そうさ」
そして顔を上げる。不敵な笑み。
「私は怪盗シェイド」
その瞬間。シアターの空気が、静かに張り詰めた。




