盗み
「気を付けろ!! 怪盗がいるぞ!!」
男の怒鳴り声が廊下中へ響き渡る。その瞬間、場の空気が一変した。ざわめき。戸惑い。動揺。
「怪盗ってどういうことだ……?」
「まさか船の中に?」
「誰か警察を――」
不安が一気に広がっていく。すると。複数の警察官が駆け込んでくる。その先頭にいたのは、アグレスだった。警察手帳を見せながら周囲へ声を張る。
「落ち着いてください! 現在状況を確認中です!」
鋭くも落ち着いた声。だが、その表情には僅かな緊張が浮かんでいた。
「やっぱり現れたか……」
小さく呟く。予告状。そして犯行。最悪の予感が当たった。アグレスはすぐに騒いでいた男の元へ向かう。
「詳しく聞かせてください」
男は興奮したまま怒鳴った。
「財布だ! さっきまで持ってたんだぞ!」
「最後に確認したのは?」
「知らん! 食事の前だ!」
完全に取り乱している。周囲の警察官達も慌ただしく動き始めていた。一方、その様子を見ていたエデン達も自然と表情を引き締める。
「……マジで出たな」
ジエルが呟く。
「冗談じゃなかったっすね……」
亜爆も少し顔を強張らせた。エデンは自分のポケットへ手を入れる。財布。スマホ。問題ない。だが、安心はできない。
「一回部屋戻って確認しよう」
エデンが言う。ドロイも頷いた。
「その方がいいでしょう」
廊下を進む途中。何人かの乗客とすれ違う。焦ったように歩く者。自分の荷物を確認している者。その中を抜けるようにして進んでいると――前方からワゴンサービスがやってきた。白いクロスのかかった大型ワゴン。料理の皿が並んでいる。さっき見たものと同じだった。職員は黙ったまま、静かにワゴンを押している。エデン達は特に気にせず横を通り過ぎた。だが。その瞬間。ドロイがまた僅かに視線を向ける。
「……」
違和感。だが、今度も確信は持てない。結局、そのまま何も言わなかった。二階へ戻り、それぞれの部屋へ入る。210号室。エデンはすぐに荷物を確認した。バッグを開ける。財布。スマホ。着替え。全部ある。
「……大丈夫か」
小さく息を吐く。211号室のジエルも、バッグを確認しながら呟いていた。
「別に何も取られてねぇな」
212号室では亜爆が安心したようにベッドへ座る。
「よかった……」
213号室。
ドロイは静かに荷物を整理し直していた。やはり何も盗まれていない。だが。
「……妙ですね」
小さく呟く。予告状まで出しておきながら、盗まれたのは財布だけ。それに――あのワゴンサービス。
頭の中に、さっき見た光景が引っかかっていた。




