怪盗の仕業
エデン達がそれぞれの部屋で休んでいると――船内に、穏やかな電子音が響いた。
『――ご乗船中のお客様へご案内いたします』
天井のスピーカーから流れる女性の声。静かだった船内に、その放送がゆっくり広がっていく。210号室。エデンはベッドへ腰掛けていたが、その声に顔を上げた。211号室のジエルも、スマホを弄る手を止める。212号室の亜爆は「お?」と呟き、213号室のドロイは静かに耳を傾けた。
『本日午後七時より、第一ホールにて歓迎パーティーを開催いたします』
落ち着いた案内音声。
『お食事や演奏などもご用意しておりますので、ぜひご参加ください』
豪華客船らしいイベントだった。
『また、本船は現在予定通りクロウ島へ向け航行しております』
窓の外では、既に港の灯りが遠ざかり始めている。クローズフェザー号はゆっくりと海を進んでいた。
『皆様、どうぞ快適な船旅をお楽しみください』
そこで放送は終わる。短い静寂。そして。211号室。
「パーティーだってよ」
ジエルが少し笑う。
「マジで金持ちの世界だな」
212号室では亜爆が鏡を見ながら呟いていた。
「これ俺みたいなの行って大丈夫なのか……」
一方、210号室のエデンは窓の外を見ていた。夜の海。どこまでも広がる黒い水面。そこへ、ケイが低く呟く。
『騒がしくなりそうだな』
「……怪盗のこと?」
『それだけではない』
ケイの声はどこか警戒していた。
『この船、妙な空気がする』
エデンは少し眉をひそめる。ちょっと休んだ後、パーティに行こうと210号室の扉を開けると、ちょうど向かいの部屋からも人が出てきていた。
「お、エデン」
ジエルが片手を上げる。亜爆も欠伸をしながら部屋から出てきた。
「皆行くんですね、パーティ」
「せっかくだしな」
ジエルが笑う。その隣では、213号室から出てきたドロイが静かに扉へ鍵を掛けていた。
「少し様子を見る程度ですが」
四人はそのまま二階の廊下を歩き始める。船は既に完全に出港していた。窓の外には暗い海が広がり、遠くに街の灯りが小さく見える。豪華な照明に照らされた廊下を進みながら、エデンは少しだけ不思議な感覚になっていた。平和だった。だが、その平和の裏に妙な緊張感もあった。怪盗ルノンブル。予告状。警備中の警察。それらが頭の片隅に残っている。
そんな時だった。前方から、ワゴンサービスがやってくる。白いクロスがかけられた大型ワゴン。その上には高級そうな皿やグラスが並べられていた。料理を盛り付ける途中なのだろう。
「うわ、すげぇな」
亜爆が思わず目を向ける。
「これ絶対高いやつだ」
ワゴンを押していた職員は軽く会釈し、そのまますれ違っていく。その瞬間。ドロイが僅かにワゴンへ視線を向けた。
「……?」
ほんの一瞬だけ、何か引っかかる。だが。
「どうしました?」
エデンが聞くと、ドロイはすぐ首を横に振った。
「いえ」
ドロイは気のせいかもしれない。そう判断し、そのまま歩き出す。やがて四人はパーティ会場へ到着した。扉が開いた瞬間、眩しい光と賑やかな音が広がる。
「おぉ……」
エデンは思わず声を漏らした。会場はかなり広い。シャンデリア。豪華な装飾。中央では楽団が静かな音楽を演奏している。そして何より、並んでいる料理の量が凄まじかった。高級肉料理。色鮮やかな海鮮。見たこともないデザート。
「これ全部食べ放題か?」
ジエルの目が少し輝く。
「いや最高だろここ」
亜爆は既に皿を持っていた。
「エデンさん、これ絶対うまいですよ」
「早ぇな!?」
ドロイはそんな三人を見ながら、小さく息を吐く。
「少しは落ち着いてください」
とは言いつつ、自分も飲み物を手に取っていた。しばらくの間。四人は久しぶりに、比較的平和な時間を過ごしていた。戦闘もない。任務もない。ただ食事をして話すだけ。それだけなのに、妙に新鮮だった。やがて。
「そろそろ戻るか?」
ジエルが言う。
「食べすぎた……」
亜爆が腹を押さえる。エデンも少し笑った。エデン達は会場から出て帰っていく。すると、奥から、大きな怒鳴り声が響く。
「盗まれた!!」
空気が変わる。周囲の客も一斉にそちらを見る。一人の男が顔を真っ赤にして叫んでいた。高級そうなスーツを着た、中年の男。
「私のお金が盗まれたんだ!!」
ざわめきが広がる。
「怪盗の仕業だ!!」
その言葉を聞いた瞬間。エデン達の表情が変わった。




