第205話 万葉の戦闘と地下81階層への階段
地下80階層の中腹、宙に浮いたセーフティーの柵越しに、岩石地帯の暗がりが広がっていた。とはいえ足元は安定しており、呼吸を整えるだけの余裕は確保できている。
そうして休憩の段取りがまとまったところで、万葉へ任せる話も自然に流れができていた。けれど同時に、剛志の端末には別の“流れ”が途切れなく流れ込んでくる。
それを合図に、小さなミニサンドゴーレムが柵の上へ乗り、淡々と報告を落とした。
『マスター、Cゴーレムからの情報で地下81階への階段が見つかりました。まだこの階層全てのマッピングは終わってないですが、ここから階段までの道順をマッピングいたします』
報告の余韻が残るうちに、剛志の顔がぱっと明るくなる。さらに端末の光が指先を照らし、胸の奥の熱まで引っ張り出すようだった。
「おお!さすがだね。単純に未知の階層を探索するだけならこの方法が圧倒的に早いね。イチロイド、Cゴーレム達の損傷率はどのくらい?」
問いが投げられると同時に、周囲の空気が少し引き締まる。なぜなら成果が大きいほど、代償もまた大きくなりがちだからだ。
『被害状況は概ね2〜3割ですね。この階層は蜂の魔物という空を移動する魔物がいるので、どうしても一定数の被害が出てしまいそうです』
数字が出た瞬間、剛志の視線が一度だけ止まる。加えて、放った数を思い返すだけで被害総数が軽く千体を超えるとわかった。
「ああ、なるほどね。この方法は確かに早いけど、デメリットも大きいね。今の生産スピードだとこの被害はなかなか目を瞑れないな。何かしらの対策を考えないと…」
そこでイチロイドは、胸を張ったまま首だけを小さく傾ける。言葉の温度は変えず、けれど提案の角度だけを変えてきた。
『マスターそれでしたら、私から一つ提案があります。今回の放ったCゴーレムは探索には向いていますが隠密には不向きです。そう言った方面を補強するタイプを作れれば、被害を受ける割合を減らせると思います』
提案を受けた剛志は、指を折るようにして考えを並べ、短く頷いた。さらに「リペアの増設」へ向いていた意識が、別の方向へ一気に回る。
「なるほどね。今リペアをペアでつけることを考えてたけど、それもあったほうがいいね。よしわかった。隠密タイプのCゴーレムを設計しよう。この件はこれでとりあえず様子見だね。でも兎に角階段が見つかったんだし結果オーライだ。ここから一直線に階段に向かってしまおうか」
まとめの一言が落ちると、休憩の空気が次の行動へ切り替わる。とはいえ万葉に任せる流れもあるため、全員が“同じ方向の準備”を揃えていく。
それを合図に、空中へ淡い三次元地図が展開された。岩肌の起伏がそのまま浮かび、現在地から伸びるルートが光で示される。
『今現状わかっている範囲のみを地図に起こしました。確かにこの地下80階層は今までの階層と比べ広いようです。約5キロほどここから離れた場所の探索も行われましたがまだ端には到着しておりません。しかし肝心の階段ですが、ここからそこまで遠くはなく、約1.5km離れた場所にありました。』
地図の光点を目で追いながら、臼杵が舌を鳴らして笑う。加えて“時間制限”という現実を思い出したように、肩の力を抜いた。
「広いは広いけど探索できない範囲ではあるな。まあ、時間制限があると考えるとこの剛志の方法が段違いで効率が良いこともわかったし、状況によって使い分ける感じでも良さそうだな」
そこで万葉が一歩前へ出る。鞘に添えた指が軽く鳴り、瞳だけが階段方向を射抜いた。
「1.5kmなら、私一人でなんとかなりそうね。ちょっとそのあとお荷物になるかもしれないけど、ここから階段までの戦闘は私に任せてちょうだい」
申し出の勢いに、場の空気が一段軽くなる。だからこそ剛志は、即答せずに一拍だけ置き、バックアップの位置取りを頭の中で組み替えた。
「万葉がそこまでいうなら、今回は任せようか。それにさっきも言ったけど無理そうならいつでもスイッチできるからね」
返事と同時に、万葉は短く頷き、口角だけを上げる。さらに手首を回し、刀の重みを確かめるように構えを整えた。
「ええ、ありがとう。でも集団戦は得意ではないけど戦い方はいくらでもあるわ。それにこの階層の敵の実力は散々みる機会があったからね。問題ないと思うわよ」
こうして方針が決まると、休憩は終わりへ向かう。とはいえ外はいつでも群れが押し寄せるため、動き出しの一歩がいちばん重い。
それを合図に剛志はセーフティーの縁へ立ち、前方の暗がりを指さしてから声を投げた。
「万葉、多少の撃ち漏らしなんかはこっちで対処するから気にしないでね」
万葉は視線を外さないまま、軽く顎を引く。さらに百花へだけは、言葉の矢印をはっきり向けた。
「確かにあれだけの数が相手ならそういうこともあるかもね。その時はお願いね。百花、あなたは剛志の近くでよく見ておきなさい。近接戦闘の対集団戦法を見せてあげるわ」
百花は大きく頷き、拳を胸の前で握り直す。加えて足先の向きを剛志の隣へ揃え、言われた通り“見る位置”を固定した。
安全地帯を越えた瞬間、岩の割れ目がざわつく。まず地面からは蟻の群れが黒い波のように押し出され、同時に頭上には蜂の羽音が霧のように広がった。
それを受けて臼杵が眉を上げ、万葉の背中へ視線を投げる。
「万葉ちゃんの実力は知っているけどさ、流石にあれだけの数相手に地上と上空からの攻撃を捌くのは並大抵じゃないぜ」
隣で剛志も息を吸い、指先をいつでも動かせる位置へ置く。さらに視線は前方へ固定され、次の展開を待つ形になった。
「そうだよね。一体どんな戦いを見せてくれるんだろう」
次の瞬間、前へ出た万葉が蟻の先頭とぶつかった。その瞬間に、抜き身の刃は横一線に走り、刀身よりもはるかに広い帯が一度で“切れて”いく。
切り裂かれた黒い波が途切れた隙間へ、万葉は迷いなく踏み込む。倒して空いた場所を、次の足場として使い、群れの奥へ奥へと潜り込む動きだった。
どんどんと進んでいき、ある程度集団の真ん中まで到達した万葉。そしてそこで一度だけ足が止まる。加えて刀は鞘へ戻され、万葉の姿が蟻の群れに飲み込まれたように見えた。
反射的に剛志たちが動こうとした、その直前。なぜか金属が噛み合うような“カチャ”という音が、全員の耳元で鳴った。
次の瞬間、万葉のいた地点から衝撃が膨らむ。その正体は爆発ではなく、居合の一閃で生まれた斬撃の塊で、蟻の身体が細片になって周囲へ飛び散っていく。
さらに不可解なのは、その後だ。万葉を中心に、半球状の空白ができ、蟻が近づけない“穴”が維持されている。
しかしよく見れば理由は単純だった。半球の縁で斬撃が絶えず走り、入った瞬間に刻まれるため、蟻は踏み込めずに削れていたのだ。単純ではあるが理解は難しい。
一方で蜂の群れは、万葉をやり過ごし、剛志たちの側へ角度を変えていた。だから剛志達の方で迎撃の準備が行われたが、その前に万葉が一閃を放つ。
蜂と剛志たちの間の空間へ放たれた斬撃が走った瞬間、蜂は進路を失ったように散り、次いで一斉に向きを変える。そして今度は、万葉へ吸い寄せられるように集まっていった。
それを見て臼杵が肩を落とし、苦笑いで息を吐く。
「こりゃ、俺たちは何もすること無さそうだぜ」
剛志も頷きながら、端末の地図へ視線を戻す。加えて蜂の動きが変わった事実だけを確かめ、警戒の手だけは緩めなかった。
「本当にね。理屈はわからないけど蜂達も引き返したしね」
以降は、前へ進むほどに群れが湧き、万葉の“穴”が移動し続ける形になった。つまり半球の斬撃圏が道を作り、剛志たちはそこへ沿って距離を稼いでいく。
やがて時間にして三時間ほど、地図の光点が階段の位置へ重なった。岩壁の裂け目の奥に、地下へ落ちる階段が口を開けている。
万葉は最後の群れを切り払い、肩で息をしたまま一歩戻る。とはいえ膝は折れず、刃はまだ揺れていなかった。
「流石に疲れたわ…」
それを合図に、剛志は前へ出る前に周囲を一度見回す。さらに撃ち漏らしがいないことを確認してから、素直に労いを投げた。
「お疲れ様。後半はもう安心して全部任せていたけど、どうだった?」
万葉は刀を鞘へ戻し、わざとらしく肩をすくめる。けれど頬の赤みと呼吸の荒さが、どれだけ暴れたかを十分に語っていた。
「久しぶりに思いっきり暴れられて、それはそれで楽しかったわ。それにむしろ剛志達が近くに居ないからこそやれた動きも多いしね。全部任せてくれて逆によかったわよ」
近接戦闘職で、この階層帯の群れをここまで捌ける者は多くない。まして地上と上空を同時に引き受け、進路まで作るとなれば、さらに数は絞られる。
それでも時間は待ってくれない。だからこそ剛志たちは頷き合い、隊列を整え直した。
そして次の瞬間、一行は地下八十一階へ向けて階段を降り始めたのだった。
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