第200話 エクストラダンジョンと攻略報酬
ダンジョンの一室を思わせる巨大な岩肌の空間には、冷たい湿り気が漂っていた。だからこそ、足元の砂利が擦れる音だけがやけに大きく響く。加えて、その中央には拉致された中級探索者が約五百人、円のように押し込められている。
その周囲を取り囲むように、A.B.Y.S.S.の構成員たちが等間隔に立っていた。しかも背後には、召喚された従魔の気配が重く沈み、息を吸うだけで喉が痛む。つまりこの場は、逃げるための余地を最初から残していない。
それを合図に、広間の中心へと一歩進んだ男が、静かに声を張った。視線は高く、言葉だけが五百人の上をなぞっていく。
「君たちに仲間になって欲しい理由は、僕の最終目的に大いに関係している。そして、これから君たちに話す内容は、世界でも僕の仲間達だけしか知らない内容だ。心して聞いてくれ」
言い終えると同時に、外套の裾がわずかに揺れた。とはいえ、強引に集められた面々にとって、今さら「心して」と告げられても恐ろしさが増すだけだ。ところが不思議と、場のざわめきは完全には噴き上がらない。
なぜなら、圧倒的な力を見せつけた直後にもかかわらず、声の調子だけは妙に落ち着いていたからだ。さらに、取り囲む構成員たちも騒がず、ただ淡々と周囲を監視している。その静けさが、逆に耳を奪った。
それでも、輪の端から反抗的な声がいくつか上がる。話は聞くが、こんな状況で仲間になれるわけがない――そんな調子だ。
それを受けて、ギデオンは口角だけを上げ、まるで面白い見世物でも眺めるように続けた。
「探索者は自由だ。だから好きにしてもらっても構わないよ。でもそれと同時に実力なきものに自分の意見を通すことができないと言うのも、この世のことわりだ。なに、僕の話を聞いてからで構わないから、どうするのか自分で判断してくれ」
言葉が終わると、広間の空気が一段だけ沈んだ。つまり、拒否の余地は残すが、拒否に伴う結果もまた各自で背負え――そう突きつけられた形になる。だからこそ、怒鳴り返す声は減り、代わりに歯ぎしりと荒い呼吸が増えた。
場が「聞く」側へ傾いた瞬間、ギデオンは話題を切り替えるように声の調子を整えた。そして、そのまま核心へ踏み込む。
「まず、みんなにはダンジョンとは何か、その一つの真実を教えてあげよう。僕が考えるにダンジョンとはチャンスだ。誰にでも平等にチャンスを与える、そう言った場所がダンジョンだと考えている。それは、運だったり、実力だったり、いろんな要素が関係してくるが、どんなに人にも制限なくチャンスを与えてくれる。だから僕はダンジョンが好きなんだよ」
いきなり始まった演説に、拉致された探索者たちは視線を交わし合った。とはいえ、状況が状況だけに、茶化す笑いは出ない。代わりに、眉をひそめる者や、口を結んで聞き流す者が増えていく。
一方で、それを合図に周囲の構成員たちは、何度も聞いた言葉を反芻するような顔つきで、どこか満足げに立っている。だからこそ、広間の温度差が余計に際立った。
その空気を受けながら、ギデオンはさらに一段、声を張った。
「そんなダンジョンだけど、まだ不完全だ。なぜなら、僕たちはダンジョンの中でしか力を十分に発揮できないからだ。そこで僕たちA.B.Y.S.S.は地球上の全空間をダンジョン空間にするという思想のもと集まり活動している。そこまでは知っている人も多いんじゃないかな?」
真実を教えると言っていた割に、聞こえてくるのは思想の延長だった。だからか、何人かが小さく舌打ちをし、肩を落とす。とはいえ、睨み返せる相手ではないので、結局は視線を逸らして耐えるしかない。
それでも、空気が緩みかけたその瞬間、ギデオンは手を広げ、話の速度を上げた。
「では具体的に、どのようにして地球上の全空間をダンジョン空間にするのかを考えよう。例えば、延々とダンジョンにスタンピードを発生させ続け、どんどんダンジョン空間を広げる?確かにそれでもいつかは可能かも知れない。でも時間がかかりすぎる。じゃあどうするのか、そこで出てくるのがエクストラダンジョンの攻略報酬というわけなのさ!」
両腕を広げた姿は、大発表を告げる司会者のようだった。ところが、聞かされた探索者たちは意味が追いつかない。むしろ、どこからその結論へ飛んだのか分からず、ざわめきが再び広がった。
それを合図に、周囲の構成員の一人が堪えきれないように声を上げた。
「ボス!説明が飛躍しすぎです。もう少し噛み砕かないと!」
指摘を受けた男は、一瞬だけ目を瞬かせた。さらに次の瞬間、思い当たったように表情をほどき、頷いてみせる。だから、場のざわめきが少しだけ落ち着いた。
それを受けて、男は仕切り直すように息を整え、言葉を続けた。
「ああ、そうだったそうだった!ついに計画が進められたことに、少し舞い上がってしまったみたいだ。そうだな、まずはダンジョンの攻略報酬について説明してあげようか」
そして、視線が輪の中へ刺さる。促されるように、探索者たちの多くが口を閉じた。要するに、反発よりも先に「内容」を掴もうとする空気が生まれていたのだ。
その流れに乗せるように、ギデオンは声を落とし、確信めいた調子で語った。
「まず、世の中でまことしやかに囁かれている噂の一つの、ダンジョンには攻略報酬があるのではと言うものだが、あれは事実だ。おそらく世界で僕しか達成して居ないから、まだ真実は広まっていないが、僕は実際に体験した。ダンジョンは地下100階層が最新部で、そこのボスを倒すことでダンジョンは踏破となる。そしてその時に攻略報酬をもらうことができるのさ!」
それはまさに爆弾のような一言だった。だからこそ、輪の中で息を呑む音が揃い、次いで小さな叫びや囁きが連鎖する。ある者は口元を押さえ、ある者は信じられないという顔で頭を振った。
しかし、それを合図に男が片手を上げると、ざわめきは急速に萎む。
「みんなが気になるのは攻略報酬とはなんだと言うものだよね。それは有り体にいうと願いを一つ叶えてくれるというものだ。ただしこの願いには条件がついていた。ダンジョンに関わること、願いの規模によっては叶えられないこと、願い事は一つだけで別のダンジョンを攻略したとしても一人につき一つだけだということというのが条件だ。そこで僕は地球上のすべての空間をダンジョン空間して欲しいと願った。でもその願いは叶わなかった、正確には今は叶わないと言われた。ダンジョンの攻略報酬だとそこまでの規模の願いは叶えられないといわれてしまったのさ。そこで僕は代わりに叶えられる願いを叶えてもらってその場は終わったのだけれど、一つの情報を得ることができた。それがエクストラダンジョンと、その願いの存在さ!」
ここまでくると、無駄口を叩く者はいなかった。なぜなら、話が途方もないのに、声色だけはやけに現実味を帯びているからだ。加えて、周囲の構成員たちが一切動揺しないことが、真偽の天秤をさらに傾けていく。
それを受けて、男は満足げに息を吐き、結論を叩きつけるように続けた。
「エクストラダンジョンとは何か。それは通常のダンジョンよりも難易度の高いダンジョンで、ゲームでいうところのやり込み要素の裏ダンジョンみたいなものさ。でもこのエクストラダンジョンがすごくてね。ここの攻略報酬は本当に文字通り願いをなんでもかなえてくれるっていうんだ。だから僕はそこの攻略報酬で世界中をダンジョン空間にしてもらおうと考えているんだよ。君たちにはその手伝いをして欲しいと言うお願いさ。だからここで改めてお願いしよう。みんな、僕の仲間になってくれないか?」
話は飛び抜けている。だが、ダンジョンそのものが現実に存在している以上、「ありえない」と切り捨てる材料も薄い。だからこそ、輪の中には黙って噛み砕こうとする者が現れ、次いで疑問が形になっていった。
それを合図に、一人が前へ半歩出て、喉を鳴らしながら声を張った。
「ギデオンさんよ、ちょっと待ってくれよ。今の話のどこに俺たちの存在が必要なんだ?通常のダンジョンすらまだまだ攻略できる気がしない俺らが、何人いたところでさらに難易度の高いエクストラダンジョンなんかお荷物以外の何者でもないぜ?」
問いは正しかった。だから、周囲の拉致者たちも頷き、目だけで同意を送る。すると、ギデオンは「その通りだ」と言わんばかりに、軽く手を叩いた。
そして、次の瞬間には、あっさりと認めるように笑った。
「ああ、そこがまた抜けてたね。失敬失敬。君たちの存在が必要なのはエクストラダンジョンの出現条件にあるんだ。エクストラダンジョンの出現条件はダンジョンを踏破した人数の総数が百人を超えることなんだ。まだ歴史上俺しかできて居ないことを、百人出てくるのなんかを何十年も待てないでしょ?なんなら生きている間には間に合わない可能性すらある。だから僕が君たちを訓練して、一人でも多くの人に早くダンジョンを攻略して欲しいんだよ。それで君たちを集めたってわけ。もちろん願いは好きなことを願ってもらって構わない。悪くない話だと思うんだけど、どうかな?」
言い切った後、広間が一瞬だけ沈黙した。なぜなら、提示されたのは脅しだけではなく、探索者にとって抗いづらい「餌」でもあったからだ。しかも、願いを叶えるという言葉は、迷いを切り裂くほど強い。
それを受けて、誰かが笑い、別の誰かが拳を握りしめた。次いで、輪のあちこちから歓声のような雄叫びが上がり始める。もちろん、逃げ道を断たれた上での賛同ではあるが、それでも「自分にもメリットがある」と示された瞬間、腹の底の炎が別の形で燃え上がった。
その波が広がる中、ギデオンはただ頷き、視線を遠くへ流した。さらに、周囲の構成員たちも呼吸を合わせるように一歩ずつ位置を整え、広間を支配する輪郭が濃くなる。まるで、この段階は予定通りだと言わんばかりに。
そして最後に、ギデオンは微笑みだけを深くしてみせた。それはまるで、まだ語っていない切り札があることを隠しもしない笑みだった。
今語られたことが全てはないことは、彼の表情からも読み取れる。だがこれ以上ギデオンが情報を明かすことはなかった。そして、熱狂を引き起こした張本人は、計画がもう一段階進んだことを喜ぶように、もう一度大きく微笑んだのだった。
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