第197話 対ブラックドラゴン
地下79階層のボス部屋前。岩肌に削られた回廊の先で、巨大な扉が黒く光を吸っていた。足元には薄い霧が這い、天井の結晶が鈍い灯りを落としている。
剛志は扉の取っ手へ視線を置き、肩を一度回した。指先の感覚を確かめるように開閉具へ触れてから、仲間を振り返る。
「じゃあ、そろそろボス攻略と行きますか!」
臼杵は吐く息を白くせずに、口元だけで笑った。笑みは軽いが、目は扉の向こうへ刺さっている。
「一度倒した相手だけど、気を抜いた状態で倒せるほど甘くないからな。全力で行こうぜ」
そんな中、ミアは壁際に寄ったまま、周囲の空気をなぞるように視線を滑らせた。彼女の立ち位置は変わらない。そして冷静に状況を把握しようと努める。
「先程確認したが、もう一度ブラックドラゴンについて教えてくれるか?」
剛志はミアからの質問を受け、一度息を吐いた。そしてそこで小さく間を置き、言葉を整えてから、淡々と説明を始める。
「そうだね。くる途中に軽く話してたけど、復習のためにももう一度話そうか。ブラックドラゴンは今回のボスモンスターなんだけど、その推奨討伐レベルは1000だ。これは臼杵もミアさんも問題ないよね。むしろ俺が足りないくらいだ。まあそれは置いとくとして。ブラックドラゴンは全長20〜25mの巨大な体躯に羽を広げるとその倍くらいの横幅になる。その上、空も飛んで、鎧は硬くて、ブレスも強力。そんな魔物だったね。特に特別なことをするわけではなく、ただ単純に強いって感じの魔物だったよ」
ミアは短く頷き、即座に気になった箇所を聞く。
「そうなると単純な力比べになるわけだが、前回は万葉の力で突破したのだろう?今回はどうするつもりなんだ?」
その質問を受け、剛志は扉の横へ一歩寄り、手首の端末を起こして表示を確認した。そこで視線を上げて、二人とイチロイドを順に確かめる。
「そうなんだよね。単純に防御を突破するというだけでかなり難しいよね。でもそれは考えがある。一つは単純に力押し。Cゴーレム達を大量に使い、対抗できるほどの戦力を作る。もう一つはミアさんと臼杵の力を借りる。二人とも十分戦えるだけの実力はあるでしょ?ミアさんもMPはまだ少し残っているし、臼杵に関してはかなり温存している。だからなんとかなるんじゃないかなってのが俺の考えなんだけど、どう思う?」
臼杵は肩をすくめ、杖を軽く回して握り直した。
「ま、そうなるわな。正直俺一人でもなんとかやれないことはない。だからなんとかなるんじゃないか?まぁ、ミアも安全圏から奴の目や翼を攻撃してくれればそれで十分だぜ」
そこで小さな気配が、剛志の足元でひとつ動いた。いつものミニサンドゴーレムの姿のイチロイドが、視線だけで扉を捉えている。声は落ち着いていて、揺れがない。
『そうですね。私の計算でも勝率は99・9%です。要するに負けることはないという計算です。ブラックドラゴンの行動パターンは一度覚えておりますので、前回よりも勝ちやすいと思います』
剛志は息を一度だけ深く吸い、吐いた。肩の位置がわずかに下がる。臼杵はその変化を見て、口元を引き締め直した。ミアは何も言わず、銃の角度だけを調整する。これで準備は整った。
扉の前に四人が並ぶ。剛志が取っ手を回すと、重い金属音が腹の底に響く。そして、開いた隙間から、冷えた空気と、岩の匂いが流れ出した。
中は、岩がむき出しの巨大空間だ。床は平らではなく、隆起した岩がいくつも突き出ている。天井は高く、黒い影が遠くで揺れて見えるほどだ。
剛志たちが全員入ったところで、扉が背後で閉まった。閉まる音が消えきる前に、フィールドの中心で魔法陣が淡く発光する。光は円を描いて広がり、次の瞬間、そこに"奴"が現れた。
黒い鱗、太い脚、背骨のように並ぶ棘。ブラックドラゴンが、召喚される。
咆哮が空間を叩き、岩肌の欠片が震えて落ちた。ミアは一歩も動かないまま銃を構え、臼杵は足元に雪の紋を刻むように杖先を滑らせる。剛志は手を前に出し、空間へ指示を流した。
臼杵の雪が、まず空気を変える。刃のように薄い冷気がドラゴンの動きを縛る為地を這う。そして翼の付け根へまとわりつき、関節の可動を鈍らせるように広がった。
そこで、ブラックドラゴンが羽を広げ、強引に空へ持ち上がろうとする。だが、浮き上がりきる直前に、ミアの弾が走った。音が遅れて届く。狙いは派手じゃない。目ではなく、翼膜の支えになる骨格の一点。
ミアの攻撃を受けたドラゴンの体勢が崩れ、片翼がわずかに沈んだ。そこへ、臼杵の雪が追い打ちをかける。氷が岩の突起を伝って跳ね上がり、翼の付け根へ絡みつく。大技ではない。だが、動きを“嫌がらせ”のように止めていく。
そんな中、剛志は一歩退き、足元の影を増やした。空中移動する小さな立方体が、粒のように集まり始める。Cゴーレムの群れだ。
臼杵は剛志の横へ視線を投げ、イチロイドの位置を確認してから、短い指示を切った。言葉は少ないが、手の動きと視線で十分に伝わる。イチロイドが小さく頷くように、砂の体を震わせた。
次の瞬間、イチロイドの姿が変わる。ミニサンドゴーレムの輪郭が崩れ、圧縮された砂と魔力が、ひとつの巨大ブロックへ収束していく。普通のコアブロックの十倍ほどの大きさ。角の立った塊が、中心に“核”として浮かぶ。
弱点になり得る大きさでありながら、その存在感は、むしろ命令の起点として場を支配した。周囲のブロックたちが、迷いなく並び替わる。接続面が光り、魔力ジョイントが一斉に噛み合った。
合体が始まる。数が違う。剛志が呼び出したブロックの総量は、5000どころではない。制限が重くなる領域を、イチロイドが“核”として受け止める。
そして五万体分のCゴーレムが、ひとつの形を取った。
岩場に、巨大な人型が立ち上がる。肩は黒い空間を切り、胸部にはシールドの層が幾重にも重なる。背に沿ってマジックブロックが並び、センサーブロックの光点が周囲を細かく走査した。リレーが命令を通し、リペアが穴を塞ぐ準備を整える。
ブラックドラゴンが視線を向けた。咆哮の次に来るのは、ブレスだ。胸が膨らみ、喉奥に黒い光が溜まる。
だが、その前に、巨体のCゴーレムが踏み込んだ。岩が割れ、重い衝撃が床を伝う。腕が振り下ろされ、ブラックドラゴンの頭部へ真正面から叩きつけられる。
鈍い音とともに鱗が弾ける。ドラゴンが首を振り、空へ逃げようと翼を打った。だが、臼杵の雪が翼の付け根を引き止める。そして追い打ちをかける様にミアの弾が、逃げる角度を狭める点へ穿つ。
巨体同士がぶつかるたび、空間が揺れる。
ブラックドラゴンの爪がシールドの層を削ると、削られた部分が即座に分離し、後方からリペアが穴へ滑り込む。形が崩れない。崩れさせない。この様な動きができるのがCゴーレムの利点だ。
しかし負けじと、ドラゴンがブレスを放つ。黒い奔流が一直線に走り、Cゴーレムの胸部へ突き刺さった。熱と圧の塊が装甲を削り取る。だが、シールドの層がめくれるように剥がれ、剥がれた分だけ切り離して衝撃を逃がす。
そこに臼杵の雪が、ブレスの余熱を削ぐように床へ広がる。ミアも負けじとわずかな隙を見逃さず、喉元へもう一発を通した。
そして次の瞬間、巨人の拳が翼の付け根を捉える。
たまらずブラックドラゴンが大きく体勢を崩し、岩場へ沈んだ。その沈んだ瞬間を逃さぬ様、Cゴーレムが両腕で押さえ込む。関節の連結が唸り、フレームが軋む。だが、崩れない。
最後は、力比べだった。押さえ込まれたドラゴンが暴れるたび、周囲のブロックが分離し、また繋がる。命令は止まらない。視線も、動きも、間も崩れない。
しばらくして、ブラックドラゴンの動きが止まった。
巨体が粒子のように崩れ、魔石と素材が床へ散らばる。
張り詰めた空間が、わずかに緩む。
剛志は散らばったドロップアイテムの回収をゴーレムに指示する。
『周辺異常なし。ドロップ回収、完了を確認します』
そこで扉の向こうにある転移陣が淡く光り、出口の導線が開く。そこで一行は転移陣に向かい、初めてのミアのみ登録を済ます。
登録が終わると、転移陣の光が安定した。足元の輪郭がはっきりし、帰還の準備が整ったことがわかる。
「何とか勝てたね。特に危なげもなかったし、良い感じだ。明日から地下80階層を探索できるし、その時はもう少し連携とか詰めようか!」
剛志が皆にそう伝えた事で今回のダンジョン探索は完了した。
そして四人は、光の中へ踏み込み、地上へ戻るのだった。
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