第170話 ゴーレムvsゴーレム 終幕
権蔵が思いついた悪魔のような発想を実行すべく、彼が取った最初の行動は至極単純だった。それは、彼の十八番であるバーサーカーのスキルを、最強の存在“タイタン”に使用するというものだ。
「此奴の全力、わしも観てみたかったんじゃ! 暴れろ、タイタン!」
そう叫ぶ権蔵の声に呼応するように、タイタンの表面に一瞬、何かに包まれたようなエフェクトが広がる。そして、先ほどまで剛志のゴーレムたちに押さえつけられていたタイタンが、力ずくで起き上がった。
「『マスター、まずい状況です。もしかすると、先ほど共有した最悪のケースが起こってしまうかもしれません』」
タイタンにバーサーカーがかけられたことを察知したイチロイドが、そう警告してくる。剛志も事前に聞いていたため察してはいたが、それでも内心では間違いであってほしいと願っていた。
「マジかよ……。権蔵ならやりかねないという逆の意味での期待はあったけど、本当に予想を裏切らない人だよ……」
そんな弱音がぽつりと漏れるほど、イチロイドの懸念する出来事が引き起こす被害は甚大だと推察された。人的被害だけは絶対に避けるべく先んじて手を打っていた剛志とイチロイドだったが、それと並行して、10倍のステータスになったタイタンの相手もしなければならない。
剛志の目の前で、先ほどまで封じられていたタイタンの反撃が始まる。
それまでタイタンは、地面に倒され、関節に力を入れるのを阻止され続けていた。イメージするなら、永遠に膝カックンを受け続けていたようなものだ。しかし今の彼は、その膝カックンを受けても、膝を曲げたまま体重を支えることができる。
つまり、不安定な体勢でも、周囲の剛志のゴーレムたちに対して反撃が可能になったということだ。
立ち上がろうとするタイタンを止めようと、イチロイドの指揮下で作戦を実行していたゴーレムたちは、今までになかった反撃により次々と吹き飛ばされていく。
崩れかけた姿勢の中でも、力技で耐えたタイタンによる反撃だった。
凄まじい勢いで吹き飛ばされるゴーレムを見て、権蔵は大喜びでその様子を楽しんでいた。
「はっはっは! そうそう、まさにこれじゃよ! わしのタイタンの本来の姿じゃ! 立ち上がれ、そしてすべてを薙ぎ倒せ!」
そう叫ぶ権蔵の指示のもと、周囲にまとわりついていたゴーレムたちを振り払ったタイタンは、そのままの勢いでついに立ち上がってしまった。
せっかくハメ技で無効化していたタイタンが復活してしまい、剛志は落胆を隠せなかったが、イチロイドはまだ冷静だった。
「またあの化け物が暴れるってことか。イチロイド、これは懸念材料として予想できなかったの? あれも十分ヤバいと思うんだけど」
若干責めるような口ぶりの剛志に対して、イチロイドは冷静に返答する。
「『いえ、ここまでは想定の範囲内です。また、あのゴーレムの強化には時間制限があるため、それを耐えれば勝手に弱ってくれます。時間を稼ぐだけならさほど難しくありません。なぜなら、相手はあまり賢くないようなので』」
辛辣な発言だが、イチロイドにとって相手がどれだけ強くても、今の剛志の状況下では確実に勝つためのプランを組める相手でしかない。それほどまでに、「位置を知られていない」というメリットは大きかった。
しかし、それはあくまで剛志自身の死亡リスクが低いというだけで、近くの戦場にいる臼杵や万葉は権蔵に視認されている。彼らを守るという観点で見ると、タイタンが暴れている今の状況はあまり望ましくない。
「自信があるのはいいことだけど、それだけのことをやるなら、臼杵と万葉の二人もちゃんと守ってよ。最悪のケースにも対応できるよう、準備は進めておいて」
「『かしこまりました』」
そんなやりとりのあと、イチロイドはタイタン攻略に動く。ただし今回の目的はあくまで時間稼ぎ。10分というタイムリミットを活かして準備を整えるため、タイタンを止めることに集中するのが最適だった。
一方の権蔵は、起き上がったタイタンに大満足の様子だった。
「よしよし。お前さんはそうでなくては。ではここから蹂躙を始めてくれ。わしも一番の特等席で見せてもらおうかの」
そう言って、立ち上がったタイタンの肩にひとっ飛びで飛び乗る権蔵。数十メートルの高さを跳躍できる搭乗型ゴーレムの性能が、ここでも明らかになる。
無事にタイタンの肩に到達した権蔵は、そこから周囲を見渡す。
「おお、わしの相手の坊主は姿を隠しておるが、その仲間たちは丸見えじゃのう。いい加減、姿の見えんお主と戦うのにも飽きてきたところだ。まずは、あちらを潰すとしようか……」
そう呟くと同時に、権蔵は視線を臼杵へと移し、タイタンの進行方向をそちらへ向けて歩き始めた。
その様子を見た剛志は、思わず叫ぶ。
「はあ⁉ なんで今のタイミングでそっちに行くんだよ! お前の狙いは俺だろうが!」
冷静なはずのイチロイドも、この展開には驚いた。
「『まさか……。私も予想外です。申し訳ありません、マスター。相手の思考能力を見誤っておりました。あれが考え抜かれた結果の行動なのか、それとも何も考えていないがゆえの暴走かは判断できませんが……非常にまずい状況です。準備のために10分の猶予を得る予定でしたが、奥の手を使って相手に切り札を先に切らせる方針に変更します。多少の被害はご容赦ください』」
「わかった。臼杵と万葉の二人の守りは最優先で。俺は最悪、身代わりゴーレムがあるから何とかなる」
「『かしこまりました。ご命令とあれば』」
イチロイドはすぐさま動き出した。
まず、タイタンの行動を妨害する予定だったゴーレムたちを一斉に切り上げさせ、臼杵と万葉のもとへ護衛として派遣。次いで、奥の手を起動した。
その奥の手とは――臼杵とともに格上との戦闘に備えて設計された特別なゴーレムだ。以前の作戦会議で立案された2つの奥の手。そのうちの一つが、今回発動される。
その名は「ナノゴーレム」。
もっとも、現時点ではナノと呼べるほど小さくはなく、全長約1mmのゴーレムである。だがこのゴーレムの最大の特徴は、1mmから一瞬で1cmまで拡張可能という点にあった。
体積でいえば1000倍。この特性を活かし、「体内に入り、膨張して窒息を狙う」という戦術が生まれた。臼杵がドン引きするほどの戦法ではあったが、格上相手にはそれほどの手段が必要だった。
イチロイドは、権蔵が搭乗型ゴーレムに乗り込む際、あらかじめ付着させていた30体のナノゴーレムたちに命令を下す。
その命令を受けたナノゴーレムたちは、すでに権蔵の肩や髪の毛でスタンバイしていた状態から一斉に動き出す。
興奮して大声を上げている権蔵の口の中に入り込み、気管へと潜り込んでいく。
喉に異物が入ったことで、咳き込む権蔵。しかしナノゴーレムは微動だにしない強度を持っていた。気管内へと強引に侵入したナノゴーレムたちは、瞬時に体積を膨張させ――
気道を塞いだ。
普通の人間ならその時点で終わっている攻撃だ。探索者として強化されている人間なら即死ではないが、酸素が断たれれば活動できないのは変わらない。
「うっ……な、んじゃ……? 急に……息が……」
突如として訪れた異常。権蔵の脳裏に広がるのは「このままではまずい」という本能的な危機感だけだった。
そのとき――彼の思考は、先ほど頭の中で描いていた最終手段へと自然と流れていった。
そう、「全てを破壊する」こと。
その選択しか見えなくなっていた権蔵は、目の前の唯一の解決策に飛びつくように、悪魔のスイッチを押してしまう。
すでに剛志の指示のもと、臼杵と万葉のもとには強化版ゴーレム鎧が数体ずつ派遣されていた。イチロイドは、これから起こるであろう事態を簡潔に説明する。
その説明を受け、臼杵は最後の力を振り絞って巨大な雪の防御壁を作り出し、その中に今も閉じ込めているジュリアの入った雪の玉と、自分自身を隠した。もちろんゴーレム鎧は身にまとい、周囲の防衛は配下のゴーレムたちに任せる。
一方の万葉はと言えば、自らの防御に絶対的な自信を持ち、
「自分で守れるから」
と余裕の笑みを浮かべてタイタンの方へ向き直る。その背後では、万が一に備えて警戒するゴーレム鎧たちが控える。
そして、この階層内の少し離れた別の場所――イチロイド本体と通話を続けながら状況を確認していた剛志も、自身を覆うゴーレム鎧にゴーレム専用の強化魔法をかけ、迫りくる衝撃に備えた。
その全ての準備が、間一髪で整った直後――
バーサーカーで強化された、全長50メートル級の超巨大ゴーレム・タイタンの――
自爆が、実行された。
爆炎。
閃光。
轟音。
一瞬のうちに、横浜第三ダンジョン・地下60階層全域が――
赤と白の地獄に、包まれた。
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