082 イルミカルタの衣装決め
全員集合した後、みんなで仕立て屋へ移動した。
今日のベルレとグラディはソルジェンテ部隊の強制力により直視できないほどのビジュアルパワーがある。
丈の長いひらひらした上着の下に、ベルレはシンプルな黒い上下、グラディはたっぷりした着丈のガラベーヤのようなドレスを着ていた。歩くたびに生地のツヤと刺繍が色を変えて流れる。裾も波頭のように舞い上がってすごく綺麗。ひらみの極致だ。どういう生地なんだ。
アー、転がった私を台車で並走させてくれないだろうか。美は人を地面に転がす力がある。
なんとか自走しながら先ほどの仕立て屋に戻った。
店の前で既にティツィアーノが待っていた。なんで来るって判ったんだろ。ずっと立って待ってたのかな。聞いてみたら「ソルジェンテ隊長の気配がしたでござる!」と言われた。好きなの? 推しなの?
「後天的に獲得した危機感知能力の一端でございます」
真顔で答えたティツィアーノの横でリッカドンナも頷いていたので、それ以上は聞かなかった。
ちなみに隊長というのはティツィアーノ流の愛称だ。ソルジェンテに聞かれたら当然危機が訪れる。つか多分、後で訪れる。何故ならソルジェンテと目が合ったから。
店の三和土は綺麗なタイルを敷き詰めた空間で、上がり框の向こうは絨毯だ。さっき見た時も思ったけど土禁だよねこれ。
ソファに座るよう促されたので座ると、店員がクッションにスリッパみたいな布靴を乗せてやってきた。
店員が足元にクッションを置き、おもむろに私の足を取って靴を履き替えさせる。
えええ……そういうシステムかあ……いやまあ確かに店に上がる為にわざわざお貴族が屈み込んで自分で自分の靴紐解くか? と思うと、サービスとして判らんでもないが……。
その後イルミカルタが店員とソルジェンテに指導されながら、リッカドンナとティツィアーノを練習台にして靴を交換していた。足を持ち上げる角度とか速さとか、コツが必要なのは判る。
仕立て屋らしく壁には様々な布が並び、作業台にはガラス越しにボタンや紐などのサンプルが並ぶ。大型手芸店を思い出す。コス衣装作るのに通ったなあ。かつての私は何でも一度はやってみるタイプだった。
広く空けられた場所に椅子が並べられ、ベルレとグラディが座る。私も座る。ソルジェンテやリッカドンナ、ティツィアーノは周りに立っている。落ち着かねえ……!
シェルリは壁際の作業台で刺繍の見本帳に釘付けだ。
イルミカルタが真ん中に立って、店員達が布や素材を体にあてたりしながら説明していく。
「こちらはマルフィール産の魔綿です。見た目もよく丈夫でございます。魔綿は広く普及しておりますので旅先での臨時補修も易いかと」
マルフィールはこの離宮がある山の麓の辺りだそうだ。地場産だ。
店の人が奥から魔綿花のドライフラワーを持ってきてくれた。
真っ白で綿菓子みたいですっごくフワフワだった。
ただし私の頭よりデカい。
「革の方がよろしいのでは?」
「獣革より魔綿の方が丈夫だろう。魔獣革もいいんだが、魔力を抜いた革がどこでも手に入るわけではないからな」
魔草だと比較的早く魔力が抜け切ってしまうけど、魔獣だと鞣した後も魔力が残るそうで、それがメリットになる時もデメリットになる時もある。魔動具と干渉し合うこともあるそうな。パーツの相性みたいなものか。
「グラディの軽鎧は魔獣革だよね?」
「長い時間晒して魔力を一度抜くのですよ。それから使用すると徐々に自身の魔力が染みていきます」
へー。普通の獣革だとそういうのは気にしなくていいみたい。
私の今日のサンダルも普通の獣革だ。……そうだよね?
「二体共、体のあちこちに神力鉱を入れてある。魔力を抜いた魔獣革が手に入るならいいが、そうでないなら最初から魔綿か魔麻の方がいいだろう」
「神力鉱って?」
「神力が圧縮されて物質化したものです。最近は魔鉄鉱とかいうんじゃなかったかしら」
へええ。この世界ならではの鉱物だ。と、思ったけどイルミカルタの傍に立ってた店員が慄いて半歩退いたので、よほど特別なものらしい。
後で聞いたけどお値段の桁が違う代物だった。あと「そんなところに使う?!」的な。爪はダイヤモンド製です、みたいな。
ベルレが楽しくカスタムしたなら、いいんだ。お値段は聞きたくないので目を逸らせた。
その後、魔動人形ならではの注意点をベルレから聞きながら使う素材を決めていって、決め終わったのでいよいよデザインだ。
デザインについては、実は私はスケッチを起こしてきたのだ……設定画みたいなやつ……。
こっそりお針子さん達に相談するつもりだったのに、衆人環視の中でご披露するハメになり、悪いことは出来ねえもんだなと羞恥に心で泣いた。
だって、がっつりヴィクトリアンメイド服描いてきたもん……。
しかも下着やペチコート、靴もヘッドピースも全部だ。我ながらキモい。
「アレアは絵がお上手ですね」
「本当に。可愛らしくも機能的で、素晴らしいデザインです」
「エプロンだと下働きと勘違いされるからここは袖無しの上着にするといい」
「骨の入ったスカートは良いと思いますよ。中に色々武器を吊せますからね」
「排熱的にもそれがいいな」
あれこれ突っ込まれつつ軌道修正をして、最終的にシスター服とメイド服がごっちゃになった実にコスプレっぽいシロモノになったけど、この世界で気付く人はいないからいいんだ。気付いた奴は転生者だ。
ミカルタの白い髪はまだしもイルミカの極彩色の髪はちょっと目立つので、ウィンプルとシスターベールみたいな感じの帽子に収めることにした。
帽子を被せると頭部のセンサーが鈍くなるのをベールにアンテナを通すことでカバーするって。
エプロンはロングジレのようなものになった。それでも全体のシルエットはちょっと変形のモブキャップを着けたメイドさんなので余は満足じゃ。みんなありがとう! ほんとすみません。
他にフード付きのマントや靴や小物、野外活動用のアウトドア服等を注文して、ついでにイルミカルタとデザインに共通性をもたせた私の服も一式注文してくれた。たーのしみー。
◇ ◇ ◇
店を出てお昼ご飯ということで、向かった先はどう見てもフードコートだった。屋台村というか。
広いホールの壁沿いにさまざまな店のカウンターが並ぶ。注文すると席まで持ってきてくれるスタイル。さすがにセルフではなかった。でも出来合いのものならその場で受け取れる。もちろん受け取るのは通常は使用人だけど。
これご主人様一行が食わなかったものは廃棄なの? と思ったら、今は貸し切りになってるだけで普段はここで働いてる人達が利用するそうだ。フードロスはなかったよ。よかったよかった。
ということで片っ端から見て回る。商人市で見かけた焼肉っぽいのが百倍洗練されたスタイルで皿にディスプレイされてた。注文を受けてから鉄板で調理してくれる。
ベルレ達はソルジェンテにお任せして席でまったりしてた。
私もさっきの仕立て屋でちょっと疲れたので、軽く一周だけしてメニューはリッカドンナにお任せ。
席に戻るともう空の酒瓶が立ってたから心底驚く。早ぇー。
私とグラディは発酵茶、つまり紅茶をいただきながらしばし休憩。お買物って楽しいけど、歩いてなくても何故か疲れるよね。
私はフラナのことを聞いてみるかどうか迷っていた。
でも離宮に来てて主人であるベルレ達に知られたくないってのは無理筋じゃね? と思うから別に隠れてるわけではないと思うんだよ。
まあいいか、と思って私はベルレに噴水広場でフラナという少女に声を掛けられたことを話した。
「フラナ……ああ、パテルナの孫か。いたのか」
「知ってる子?」
「名前だけは。なんでこんな時期にこんなところにいるんだ?」
こんな時期? 私が疑問を顔に出していると、グラディが補足してくれた。
「パテルナ様はもう結構なお歳で、そろそろ最後の旅のお支度をする頃合いですの」
お婆ちゃんの寿命が近いってことかな。
寿命は神官でもどうにもならない。よね?
「と言ってもあれはあと十年ぐらいは元気そうだぞ」
「油断してると急に、というのが人の世の常でございますわよ」
「それもそうか……」
とりあえず重病とかそういうのではないらしい。
「リッカドンナ。何か聞いておるかえ?」
ソルジェンテがリッカドンナにたずねると、リッカドンナは頷いた。
「兄君との不和が囁かれております」
「兄……誰だ」
「誰だったかしら」
「デメトリオです」
フラナ、兄弟仲悪いのか。でもだからなんだ、という話でもある。
「ふむ……ここは別棟ゆえ任せておりまするが、話を聞いてみましょう。ティツィアーノ、ジャンルカを呼んでまいれ」
「はっ」
ティツィアーノがシュバッと走っていく。ソルジェンテ直属の人達は使用人と言うより軍隊っぽいんだよなあ。
えー……なんかちょっと大ごとになってきた……?




