081 市場へ行こう
「市場へ行きましょう!」
と、グラディに誘われた。
どこにそんなものが? と思ったら離宮内にあるそうな。敷地内というか。
一応、目的はイルミカルタの衣装一式だ。
主に部屋の中だけで稼働してたし調整も残ってるから、まだ患者衣を着ているんだよね。
グラディ達が裸で歩いてても何とも思わないけど、イルミカルタが心もとない衣装でいるのは確かに落ち着かない。
みんなでお出かけだー。
私とグラディ、イルミカルタ、リッカドンナ、ソルジェンテさんも来た。
他には使用人さんがもう一人、ティツィアーノという男性が来た。
やや小柄で線の細い、アイドル系イケメンだ。小柄といっても周囲が高身長なので相対的にそう見えるだけだが。彼は魔動人形の技師でもあるそうで、イルミカルタの診断をしてくれている。
ベルレとシェルリも来た。シェルリは朝一番にソルジェンテさんと一緒に起こしに行ったよ。ちゃんと服も着せた。
ベルレとグラディはだるだるの着古したパジャマみたいな恰好で出てきたので、その場でソルジェンテ部隊にドレスルームへと連行された。
しかしよくあんなボロ着残してもらえてるよね。使用人に即捨てられると思うんだけど。隠してるのかな。
私はちゃんとリッカドンナが整えてくれたよ。ハリがあるのに柔らかい生地の七分丈パンツに、しなやかな革の編み上げサンダル、トップスはいつぞやのシェルリが袖に刺繡を入れてくれたシャツだ。珍しいから職人達に見せてやって欲しいとのことで着ていく。
天翼宮から下って下って、見覚えがある使用人層を横目に歩廊を歩き、別棟に行くと、そっちが職人棟とでもいうような場所だった。
市場入口の大きな両開きの扉を、ドアマンが開いてくれる。
楚々としたスリムな女性達なのに片手でクソデカ扉を勝手口みたいに開けるのすごいなと思ったら魔法だった。魔動具? なんと自動扉らしいよ! でもそれを人力で開けるところが王侯仕草なんだそうだ。どこの世界もよぅ。
中はテーマパークのようだった。
屋内なんだけど天井には青空が広がっている。青い光を天井に投影してるんだって。夕方になると夕暮れ色になって、夜は星空になるそうだ。
その人工の空の下に、街並みを模した店舗がずらりと並んでいた。
家具や絨毯などの大物から、食器や道具類、服に靴、文房具もペン専門店から紙専門店、アクセサリやなんと武器店防具店もあるそうだ。喫茶店ぽいのまである。
ヴィーナスフォート! お前ここに転生してたんか!
「わあ……」
えっ、すごいすごい、離宮内っていうからもっと小規模なものを想像してたけど、普通に街じゃん。
思えばこんな都会的で本格的な商店街見たの、この世界で初めてかも。
辺境ばっか旅してたし、セルバのギルド通りはいうて裏通りだし、表通りも役所近辺に固まってるだけって感じだったし。
屋台が並ぶ市場は見たけど、こういう固定店舗で小売っぽい店構えがずらっと並ぶのは初めて。
離宮に納入を許されている職人や商人のオフィスであり、アンテナショップであり、在庫倉庫でもあるそうだ。
そらまあ、そこら辺の金庫より離宮の方が安全だろうなあ。
同じ業種の店が複数あるのは傾向や専門の違いかな。
客は私達以外いなかった。
完全に離宮の主人とその客の為だけのショッピングモールだ。
そもそもこの世界のハイソは基本的に自ら店に出向いてウィンドウショッピングなどしない。リッカドンナ談。
日々の暮らしはお仕えする者達が用意するし、必要があれば申し付けるし、商人が商品持って家に来る。
しかし離宮の主人であるベルレがああいう人でありグラディもああいう人なので、気軽に町に出て買い物するのに何の抵抗もない。かといって出たら出たで何かと騒ぎになってしまいがち。
「だったらマイ商店街があったら便利じゃね?」ぐらいの思い付きで作られたのがこのショッピングモールだそうだ。
「ですが職人や商人にも好評ですのよ。安全ですし、秘密は守られますし」
定期的に審査があって、質を落とすと退去だって。商人界隈ではステイタスなのかも。ナントカ御用達みたいな。
山を下ったところには、もうちょい幅広く庶民的な市場があるそう。そこを勝ち上がってきたガチの上澄みがここに並ぶ。
ますますベルレとグラディのご身分が恐ろしくなってきた。
それぞれ用事が違ったので、私達は集合場所と時間を決めていったん散った。
時間は空の色が変わるから判るとのこと。お優雅だ。
「せっかくですから、ひと通りご案内します」
リッカドンナが気を利かせてくれたので私は観光に勤しんだ。石造りの店構えや路地裏っぽく作ってある通路、階段で中二階にも行ける。全部見たいー。
通りを歩くだけでワクワクする。何とか横丁みたいな雰囲気の一角もあった。
これは後日改めて探検したいなあ!
今日はイルミカルタの服を作る目的があるからね。
一周してリッカドンナの案内で仕立て服の店にイルミカルタを連れて入った。
店には既にティツィアーノがいて、ソファでお茶飲んでた。
「やや! お待ちしておりましたぞ! では早速お預かりするでござるよデュフッ」
……基本言語は脳に刷り込まれたとはいえ、受け取るニュアンス的なもの(が脳内変換された結果)は元の世界の影響が強いんだなあって、彼に会ってしみじみ思ったよね。
ティツィアーノにイルミカルタを預けて、私達は店を出た。
先に採寸しておくんだって。魔動人形は人間と同じ型紙で作れないから、個体ごとに可動域とか他いろいろ特性を伝えて型紙を調整するんだそうだ。素材やデザインなどを決めるのは最後で、その最後に主人が立ち会えばいいらしい。
通りを楽しく観光しながら歩いて、集合場所の噴水広場に来た。
オサレカフェのテラス席みたいにテーブルセットがいくつか置いてある。
私達が一番乗りだったみたい。噴水寄りのテーブルに陣取った。椅子は藤家具みたいな編み編みの一人用ソファで、クッションはふかふかだ。
座って一息ついていたら、かわいいエプロンを着けた女性が木のカップを運んできてくれた。
女性というより少女? 幼女? 私と数年ぐらいしか違わないのでは。
少女は目が合うとニカッと笑った。なんというか、突然下町の食堂に来た感じだ。そういう気安い雰囲気があって、愛嬌がある笑顔だった。
「ミニステルさま? わたしフラナ。少しお話してもいい?」
と言いつつ既に前の席に座っていた。
えー、大丈夫なのかな。リッカドンナをチラ見すると複雑そうな顔をしていたが黙っている。とりあえずリッカドンナの段階で禁止されることではないらしい。
だとすると私の判断なのか。
別にいいと思うんだけど……いいかな?
私は応じることにした。
つかここでもミニステルと知れ渡ってるんかい。
「いいよ。私はアレア」
フラナは珍しい髪色をしていた。前髪周辺は明るい栗色だけど、胸の前に垂らした三つ編みは黒に近い。バイカラーという点でリッカドンナみたい。リッカドンナは頭頂部がダークブラウンで、毛先に向けて色が抜けていくグラデーションだ。
ご親戚? なわけないか。
フラナはニコニコして、
「…………」
「…………」
いや何か言えよ、お前が始めた会話だろ!
話したいことがあるから声かけたんじゃないの?? 私の対人スキルに期待されてる? いいけど、いや何かあるんじゃないの?
私が内心焦っていると、フラナはへにゃっと眉尻を下げて、
「ごめんねえ、なに話していいか、わかんないねえ」
コミュ強なのかコミュ障なのか判らんことを言った。お前本当に何しに声かけてきたんだ。可愛いからいいけど。
「フラナはここで働いてるの?」
この国では児童労働はほぼほぼアウトだ。一応例外もある。自分の家の稼業の手伝いとか。それも常態化すると指導対象だが。
なので働いてるわけではないか、見かけよりずっと年上か、どっちかだと思うんだけど。
「ううん、知り合いのおっちゃんの家に遊びに来てるの」
フラナが視線を流した先に喫茶店ぽい店があった。そこのドアの前に心配そうな身なりの良い老紳士が立っている。うわ顔面蒼白じゃん。これはフラナの暴走かなあ。
つかそんな気軽に遊びに来ていいところなのここ? 出入りする人間は全員身元調査してあるぐらいのセキュリティレベルだと思ってた。
という顔でリッカドンナをうかがったら、能面みたいな顔になってた。どういう感情?
「そっかー、おうちはどこなの?」
「王都だよ」
へー、王都民だ! 都会っ子だ。これは話が聞きたくなってきた。
だが、私が身を乗り出そうとしたところでフラナはハッとして席を立った。
「ごめんね、私、会っちゃいけないから。ありがとう、お話できて嬉しかった」
慌てて老紳士の元へ駆け戻るフラナの背に、私は「またね!」と叫んだ。
聞きたいじゃん、王都の話。
フラナは振り返って手を振ってくれた。よし。
ところで「会っちゃいけない」って?
私は周囲を見回すと、遠くからベルレ達が歩いてくるのが見えた。離宮の主人たるベルレ達の視界に入っちゃいけないとか、そういうやつ?
私は座り直してみんなを待ちながら、とりあえずリッカドンナに確認した。
「フラナとは改めて話をしたいんだけど、なにか問題あるかな?」
もし社会常識とかお作法的に問題があるなら教えてほしい。それを聞いてどうするかはまた考える。
私が首を傾げていると、リッカドンナは深く嘆息した。
「来ているのは存じておりましたが、我々の前に現れるとは思いませんでした。そうですね……お会いになるのは構いませんが……いえ、アレア様の思うままに」
なんか含み感じるなあ。めんどくさいからハッキリ言って欲しい。
でもまあ思うままにと言われたんだから、いいか。
「うん。王都の話聞きたいから後日改めて遊びに来る」
予定を入れておけば万が一にも先に追い出されたりはしないだろう。
私はフラナが入っていった店を見ながら、持ってきてくれたカップを手に取った。中身はややとろみのあるお茶で、ほんのり甘くて美味しかった。
ヴィーナスフォートはお台場にあったテーマパーク型ショッピングモールです。
中世ヨーロッパの街並をイメージした施設内は歩いているだけで旅行気分になれるところでした。




