077 ホイップクリームの話
我らがアルティメット神聖農業大国クルトゥーラでは、植物は何でもかんでもバンバン生える。
とはいえ、寒冷地や熱帯など地域色が強いものはさすがに空調した室内で栽培するそうで、畑に種ブン投げたらそのうち生える、みたいな雑栽培はできないらしい。
当たり前か。ちょっと安心したわ。
それでも何代か重ねると適応していくそうだから恐ろしい……。
というわけで、サトウキビっぽいやつも大規模栽培している為、砂糖は一般家庭のキッチンに普通にある。塩の方が高価なんだよね、この国。
どちらかというと内陸国で、海に面した地域はあれど港で埋まってるし、岩塩の採掘は微々たるものなので、塩は輸入品だ。
八帝国内で各国が得意分野を担当してるから、塩は海洋国のマルガレタが担当なのだそうだ。
何が言いたいかというと、砂糖は庶民でも気軽に使えるので甘いお菓子には不自由しない。クッキーとかマドレーヌっぽいのとか、焼き菓子は潤沢だ。
ただまあ、油脂はオリーブオイル的な植物油なので、風味はだいぶヘルシーなんだけど。
で。面白いのは砂糖と小麦粉を使ったお菓子は庶民的なお菓子で、高級になるほど小麦粉を使わない。
日本は米を大規模栽培して主食として食べて、ゴハンは美味しいと思って食ってるけど、この国は麦を大規模栽培して主食としてクルパンを食べて、クルパンを美味しいとは思っていないのだ。
すっごい判るだけに切ない。なんであんな仕上がりなんだろうなあれ……黒パンは美味いんだけどなあ、個人的には。
なのでパン系、小麦粉を使った料理は庶民の食べ物なのだ。
比較的高価な食材といえば乳製品や海産物。次点で卵。
クルトゥーラでは酪農はあまりやっていない。家畜が集まってると魔獣を引き寄せるというのもあるし、国民性がね……食うのに困らないせいなのか、のんびりしている。
ルーズではないけど……なんていうか、生きるに足るだけのものがあればそれでいいって感じで。
家畜の世話は大変だから、やる人はあまりいないらしい。
鶏は勝手にエサ食って勝手に小屋に戻って勝手に卵産むから比較的多く飼われている。卵を集めて売りにいくのは子供の仕事だ。
酪農は隣国のルシオラが盛んなのだそうだ。
国境の牧場でクルトゥーラ側の牧草地に放牧したり、事業提携? してるっぽい。
その縁でミルクが手に入るけど、流通の問題で内陸までフレッシュな状態で届くのは難しい。
そんなわけでこの国で比較的高価な食材は輸入食品である海産物とミルクとなり、その結果、宮廷高級菓子がどうなるかというと……
「『牛乳寒天』なんだよなあああぁぁあ! しかも塩入り!」
そーなんだよ、植物原料の菓子より使わない菓子の方が希少イコール高級、その答えの一つとしてゼリー類。
ゼラチンは家畜だけでなくその辺で走り回ってる獣や魔獣からも取れるけど、海で採れる寒天は希少品。
フレッシュミルクも希少品。
そして味付けは塩味の方がお高め。
この条件で錬成すると、そりゃまあ確かに牛乳寒天塩味なんだけどさあ……!
捧げ持つように運ばれてきた銀盆の上のキラッキラで複雑なカットグラスの器にちんまりと盛られて牛乳寒天が出てきた時の私の気持……別に牛乳寒天は悪くないけど……美味しいけど……。
牛乳寒天に似たようなものというか、ジェネリック扱いで杏仁豆腐っぽいものがある。オール植物原料で、葛っぽいものでもちもちしてて、どちらかというと私にとってはそっちの方が珍しいお菓子だ。
とにかくぷるぷるツルツルしたものが高級扱いなのだこの国では。
料理ならそのものズバリでゼリー寄せ。色とりどりの野菜を綺麗にカットして揃えてゼリーの中で複雑な模様を作ってあるの。
これは確かに見た目はものすごく綺麗だった。でも個人的にゼリー寄せがあんま好きじゃない……テリーヌとか煮凝りとか。
ゴハン枠でのゼリーがなんか釈然としないんだよね。食材の特徴でゼリー状のものは別として、ゼラチンで何かするならお菓子であって欲しい的な。
ぐだぐだゴネたけど異世界牛乳寒天はすっごく美味しかったよ!
塩入りだけど、塩キャラメル路線だと思えばこれはこれで。なんせミルクの質がいい。あと砂糖がいい。クセがなくて体に染み込むような甘さがある。
サトウキビっぽいやつをそのままもらったことあるんだけど、すごかった。
食べ方は前の世界と同じで、表皮を剥いて中身をガシガシ齧ってあふれた汁をジュッと吸い上げる。
それがなあ……染み入るような清々しい甘さが口中に溢れてヤバい。飛ぶ。サトウキビでトリップできる。やべえな異世界。
これも甘味に加えて魔力味があるからだ。ベストは地に生えたままのサトウキビにそのまま齧りつくことらしいけど、そこまでいくと草食動物仕草過ぎてちょっと。
◇ ◇ ◇
離宮に来てから色んなお菓子をいただいてるけど、ふと気づいたのは生クリーム、いやホイップクリーム? がないなあってこと。
宮廷料理のスープに入ってることはあるんだけど、ホイップして塗りたくるという使い方は見かけなかった。
ホイップクリームはあるにはあるんだが、聞いてみたらなんかキャビアみたいにグラスにちょこんと入れてスプーンでちょいといただく、みたいなポジションで、口金から絞り出してモリモリ塗りたくり飾り付けるというのがなかった。
多分乳製品はそれだけでメイン食材だから、飾り材料にするのはもったいないんだろうなあ。
前の世界なら化粧箱に入って数万円しそうなツヤツヤプリプリミチミチの高級フルーツがこの国では適当にその辺の道端に生えていて、道すがらもぎ取って食べるレベルだ。
むしろ食べないとヤツら種を飛ばして版図を広げていくからあっという間に道が果樹園になってしまう。
実際この国の農業って育てるんじゃなくて、いかにして人が管理できる範囲に成長を押しとどめるか、の作業が大半を占めるみたいなんだよね……。
つまり前の世界なら生クリーム(ホイップクリーム)は美しくカットされたツヤツヤフルーツ達のバックダンサーポジだけど、ここだと逆転して生クリーム様を盛り立てるために高級フルーツが添えられる。
それも密着すると風味が移るから生クリームは冷やしたグラスに隔離され、グラスの周りにフルーツが賑やかしとして置かれるスタイル。
なんかさー、急にジャパンスタイルのショートケーキが食べたくなったの。
それで生クリームが貴重品ということを知ったわけ。
でも食べたいものは食べたい。
綺麗に飾り付けたらきっとシェルリも喜ぶよ、とシェルリをダシにして使用人さん達に猛アピールしてフレッシュミルクを入手した。
例のサフィラス村で少しだけ丸角牛を飼ってるらしい。そこから離宮の厨房へ納入される分の一部をインターセプトだぜ。権力万歳。ソルジェンテさんは苦笑してたけど。
ミルクから生クリームを取るのはさすがにやってもらった。
昔ながらの静置法だ。絞ったミルクを冷暗所に安置して、上に浮いてきたクリーム層をそっと掬い取る。
離宮のメイン厨房じゃなくて、私の部屋付きのキッチンでお菓子作りだ。
キッチンは使用人ゾーンにあって、主人の軽食を整えたりお茶を用意したり、使用人の食事を作ったりする。
私の部屋の設備なんだから私が使ってもいいはずだ。
ホイップするのは自力でやるかーと思って、魔力の腕で生クリームを取り、おにぎりを握る要領で密封して――振る!
振るとどうなる?
そう……バターができる。
ふぐううううううアホか私ィィィ。
バターはそれはそれで喜ばれたけど、ちゃうねん、私の想定は違うんじゃ。
今度は素直にボウルと泡立て器でシャカシャカやった。泡立て器はこの世界にもあった。自前の腕だとあっという間に疲れたので魔肢で。
道具を使うとバターにならずに済んだよ。人間の知恵ってすごーい。
薄い金属板をギザギザに切ってもらって即席の口金にした。
ちゃんと専門の人に作ってもらいたかったけど指示が面倒だった。
レシピを説明して事前に厨房で焼いてもらったフカフカスポンジケーキを水平にスライスし、断面ににホイップクリームを塗って、薄切りフルーツを並べる。
スライスしたスポンジケーキを戻して、周りにホイップクリームを塗りたくり、側面と上面に口金を付けた絞り袋でかわゆく絞り出す。
色鮮やかなフルーツを上に飾り、照り出しにシロップを塗って完成だ。
イチゴっぽい果実が見つからなかったから私にはコレジャナイ感が若干残るけど、キッチンでは使用人さん達にまあまあウケた。
いいの、私が食べたいのが第一だから!
シェルリは気に入ってくれた。口実に使ったから一応呼んだ。
キラキラしくてゴージャスな感じが物珍しくてよかったみたい。
切ってあげた一切れを乗せた皿を手に取ってためすがめつしていた。クリームがダレないうちに食べて欲しいんだけど……と思ってたらひんやりした空気が流れてきたので、皿だけ冷やしてるみたい。相変わらず器用だなあ。
久々に食べたショートケーキは美味しかった。
この砂糖と脂肪の暴力がたまんないよね。バタークリームもいいけど、生クリームが好きかなあ。
レシピは伝えたから、後は厨房の本職の皆さんがブラッシュアップしてくれるだろう。
口金も色々と形を絵に描いて、絞り出すとどうなるかも描いておいたから、なんか上手くやってくれるに違いない。
クリームで作った花をいっぱい飾ったケーキとか派手でいいと思うよ。
――その後研究を重ねた後、サフィラス離宮から各地へ伝えられたゴージャスなホイップクリームデコレーションのケーキは「離宮のケーキ」として知る人ぞ知るみたいに広がっていった。




