073 庭師と部屋決め
ミックスジュースに相当する単語は基本言語パックにある。
「果汁の混合物」みたいなド直球表現になるけど。
そちらは鋭意研究しますとのことだった。
確か果汁のブレンダーみたいな職業があったよねこの国。
そこまで専門性求めてなくて、適当に今ある材料で作ってくれてよかったんだけど……というか、前にセレステ商会の宿舎でおかみさんにいただいたことがあるし、定番のレシピみたいなものがあると思ってた。
リクエストのキトルージュースはゴロンとして表面に模様がある花瓶みたいなガラスの器に入れられ、ふちに飾り切りしたフルーツや花が添えられ、中には角切りの様々な色のキトルーが浮かび、トロピカルサングリアみたいになって登場した。絶対飾り付けるマン。
そのボウルからどうやって飲むのかなと思っていたら、リッカドンナさんがお優雅に白木のカンロ杓子みたいなので汲み上げ、木製の小さなカップに入れてくれた。
普通にコップで提供してくれる?!
こ、このお優雅プレイがずっと続くというの……?
「ベルレ様より何事も惜しまず最上のもてなしを設くべし、との仰せがありましたので。体験学習とでも思ってお楽しみください」
我々も久しぶりに腕を振るえます、とリッカドンナさんは微笑んだ。
そうは言われてもぬぐい切れない抵抗感がまだ残っていたけれど、「この器も二十年ぶりに箱から出ました」とか聞かされるとなあ。棚卸しのお手伝いだと思えばいいのか。
「リッカドンナはこの離宮に住んでるの?」
「わたくしは常は本殿で勤める傍ら『庭師』として帝国内を回っております」
「庭師?」
ガーデナーなの?! なんか意外。
「花壇の花の色を決めたり、植木をかっこよく刈り込んだりする?」
「さようでございますね。病害のある株を取り除いたり、古い花壇を壊して新しくしたりもいたします」
「へええ」
「長年そこにあると愛着もわきますでしょう? なかなか自分達では手を下せないもの。外部のものが粛々と処分する方がよいのです」
それは判る気がする。自分の部屋を自分で片付けるのはあんなに難航するのに、他人の部屋や職場はサクサク片付けられるよね。
「つい先日も一件、片付けて参りました」
手間取ってこちらに参じるのが遅くなってしまい、叱られちゃいました、とリッカドンナさんは肩を竦めた。
「知らぬ間に毒草が入り込んでいたのです。素人には判りにくいものでしたが、専用の花壇に植え付けて発覚しました。そうはいっても健やかに茂っているのを見ると、処分するのに心が痛むでしょう?」
そうだよねえ。ただ生きてるだけの草に罪はない。
人間にとって毒だというだけで。
「ですので、ひと思いに焼き払いました。訪れただけの外部の者が手を下して、また去ってしまえば、その者のせいにして気持を立て直せますから」
ああ、感情の外在化とか責任の外部化とかいうやつ。
責任転嫁による感情調整だ。
「元の花壇に紛れ込んでいた毒草も処分いたしました。穴だらけになってしまいましたが、時が経てばまた美しい花が咲くでしょう」
空き地を見逃さないプランツキングダムだもんね。
「この離宮にも植物園みたいなのがあるの?」
「散歩用のお庭を整えております。季節折々の花に加え、温室もございます」
へえー、温室でティータイムとかしたいなあ……なんて言ったらとんでもなくお優雅でお豪華なセッティングされそうだから黙る。
それからリッカドンナさんとのんびりおしゃべりをした。
なんとリッカドンナさんやソルジェンテさんも神官だった。
えー、神官めっちゃ多くない?
いや神官コミュニティの中にいるんだから当たり前か……。
丘の神官達は己の信念の赴くまま気の向くまま、やりたいことをしている、と前に聞いた気がする。
片手間で神官業をしてるのか、神官業の片手間に好きなことをしているのかは人それぞれなんだろうけど。
メイン職業とサブ職業みたいな?
それでいうとリッカドンナさんはメインが庭師でサブが神官みたいだった。いやメインはメイド?
グラディはメインが剣士でサブが神官だろうか。ベルレは神官がメインでサブは……魔動具技師? シェルリはあれで意外とメインもサブも神官っぽい気がする。元密偵だけど。
そういや今更だけど「ベルレ様」「グラディス様」じゃん。
「様」付けするのはよっぽどエライ人だぜ。
この世界、人の名前は基本呼び捨てだ。
初対面や公的な場では何か付けるけど、名を既に知ってる間柄なら呼び捨て。変に敬称を付けるとクッソ馬鹿にしたニュアンスになる。呼び捨てが最も無難という文化だ。愛称を許されてたらそれはアリ。
社会的な階級が大きく隔たってたら「○○様」って言える。
ド平民私から見てお貴族様とか。
やっぱり王族の隠し子とかご落胤とかだろ。
うわあ、絶対知りたくない。多分私が知ろうとしなければ誰も教えないはずだ。頼む、教えるな。聞かないから。
シェルリのことはソルジェンテさんが「シェルリ」って呼んでたからセーフだ。私はシェルリについていく。
リッカドンナさんは適度に陽の者で空気読むのが上手くて、話しやすくて一緒にいて楽しい人だった。
すごいプロフェッショナルだなあと思う。接客の。見習いたい。
これからよろしくね!
◇ ◇ ◇
午後は天翼宮で私が使う部屋を決める旅に出た。
今使ってるところはあくまで仮の休憩室で、ちゃんとしたお部屋ではないらしい。
ちゃんとしたお部屋、とは……。
リッカドンナに先導してもらいながら、空いてる部屋を見て回る。といっても内部はほぼスケルトンで、場所を決めてから内装を整えるそうだ。それってかなり時間かかるのでは。いつまで離宮に滞在するのか知らないけど、そんな何年もいない気がする。
「窓からの景色でお決めになればよろしいかと」
そう言われても雲と空しか見えない。どの部屋も一緒だし……。
途中、どっかのテラスみたいなところで昼食をとりながら話し合う。
朝みたいな使用人総出の豪華お食事会ライブパフォーマンスもあるよ! は勘弁して欲しかったので、簡単なものを運んでもらった。
それでも見たこともないツヤツヤの黒曜石みたいなプレートに色々な料理が少しづつ凝った盛り付けで乗せられた、異世界お子様ランチが登場したけど。
いや見た目にも美しかったし美味しかったし文句はあろうはずもない。色味も鮮やかで子供舌向けのハッキリした味付けに、食感も変化をつけて考えられている。すごい。最後まで飽きない心配りがされているのが判る。すごいと美味しいしか感想が出てこない。
作った料理人も楽しかったらいいなと思った。
昼食後もいくつか見て回って、ひとつだけロフトがあるタイプの部屋があったのでそこにした。他の部屋より少し狭くて、そこがいい。
「内装はいかがいたしますか?」
好きにしてくれていいよ……という丸投げは不可なんだよねえ。
「うーん、じゃあ青系でまとめたいなあ。水色を中心に。壁紙は薄い水色か白で。布物は青がいいかな。家具は白っぽい木がいい」
せっかくだからめっちゃカワイイ感じでリクエストしようかな。
曲線的なデザインでお花や動物の意匠で飾ったやつ。
デザインは甘めガーリーで配色は青系クールで。
そんな在庫あるだろうか。イチから作るとしたら出来上がるのは何年後だろ。
後日在庫で整えてもらった部屋は概ね想定の範囲で、ほどほどに可愛らしく、なおかつアンティークな落ち着きもあって、色は白を基調に青系でまとめてあって、大満足だった。
その後、部屋を離れる度にちょこちょこ飾りが増えてたり、刺繍が増えてたりした。
――更に数年後、新規に作られたベタベタに甘々なプリンセスなデザインの家具と入れ替えられていて、自分がかつてノリでリクエストしたことを思い出し腰を抜かすことになる。




