072 花茶と侍女
あらかた食べ終えた頃、使用人さん軍団が現れて片付けてくれた。
タイミングばっちりなので見られていたのだろうとは思う。でもやっぱ横や後ろでじっと立たれるより、視界外に下がっていてくれる方がいい……。
片付いた竹ラグの横に、お茶の道具がズラッと並べられた。
気分で飲みたいお茶をオーダーしてもいいし、主人の好みが判っていたら自動的にそれを淹れてくれる。
ベルレとシェルリの前には漢方薬みたいな色と香りの液体が入った、カフェオレボウルみたいなデカ茶碗が問答無用に置かれた。
二人は悲しげな目をしたが全員ガン無視である。
「アレア様、こちらの花茶はいかがでしょうか」
お作法が判らない私にソルジェンテさんのサポートが入る。
白い石の器に色とりどりの花が盛られていて、好みの花を選んで組み合わせるそうだ。自分で選んで試してみるもよし、好みの色や香りを伝えてブレンドしてもらうもよし。
私は大ぶりの赤い花を選び、その花を中心に甘酸っぱい感じでオーダーした。脳内イメージではローズヒップティーなんだけど、どうだろ。
そしてついに登場した。ガラスの食器が!
なんだ、あるんじゃん。高価だからあまり使われてないとか?
出てきたのはガラス製のポットというよりピッチャーという感じの背の低い広口の器だった。
その中に大小さまざまな花を美しくレイアウトしていき、私の選んだ大きな赤い花が中央に鎮座した。
使用人さんの一人がそのポットを捧げ持つ。
しばらくするとポットの中に静かに水が広がっていき、花が浮き始めた。
あっ、そうか、魔法があるんだったこの世界!
上からジョボボボと湯を注ぐだけじゃないんだ!
ふおお……と感心しながら食い入るように見ていると、ポットを持った使用人さんがニコッと笑い、ポットを盆の上にそっと置いた。
そして「いきますよ?」とでもいうような茶目っ気のある表情をする。
私はワクワクして見つめていると、使用人さんがポットから軽く両手を離し……瞬間的に魔力がスパークした。私にはそんな風に感じられた。
瞬きしてポットを見つめていると、ふわっと甘い香りが鼻先を抜ける。
ポットには湯気が立ち上っていた。
「えー!」
瞬間沸騰! すげー! うおおおお。
テーブル席だったらスタンディングオベーションしてたよ。床だからさすがに立ち上がらないけど。
なるほどなあ、上から湯を注いだら置いた花のレイアウトが崩れるもんなあ。
ポットの中で花が湯を吸って開き、小さな花畑ができる。
湯の色がじんわりと変わったところで、小さなガラスの茶碗に注がれた。いい匂い。
お茶はオーダー通り少し甘くて少し酸味があった。さわやかな甘い香りが口中と鼻腔に満ちていく。
あまりのオサレとお優雅の嵐に浄化されそう。
グラディは薄いグリーンのハーブティーみたいなのを飲んでた。薄荷みたいなスキッとした香りがかすかにする。
酒呑み二人は無事、薬草茶を飲み干し、ご褒美に新しい酒瓶をもらっていた。ダメじゃなかろうか。
◇ ◇ ◇
食後のお茶を楽しんだ後、ベルレは工房へ戻っていった。工房はイルミカルタの修理が終わった頃に見学させてくれるそう。たーのしみー。
グラディはデスクワークだそうだ。巡察使としてのお仕事の報告やお手紙だって。ちゃんと社交している……やはり私は教官を見習うべきだ。性癖はともかく。
シェルリは寝るそうだから起きてこなかったら起こしに行こう。
私はここで侍女さんとやらを待つことに。
いや侍女って。まだ言うけど侍女って。うーん、ラグジュアリーホテルのバトラーだと思えばいいのか……? 泊まったことないけど。
来るなら早く来て欲しい。ソルジェンテさん達に張り付きでサーブされてる私がいたたまれないので。
私が退屈しないよう、使用人さん達が色んなものを持ってくる。ついにメロンかスイカみたいな大きな果実を持ってきて、フルーツカッティングのライブパフォーマンスを始めた。
ショーテルみたいな湾曲したナイフでシュパッ、シュシュッと切って、篭に入ったバラみたいになる。すげえ。そして真ん中の一番美味しいところだけを客(私)が食べて、後はテーブルの飾りに。全部食いてえ。
「あらまあ、遅参してしまいましたかしら」
ワイワイやってたら洞窟通路の方から新たな使用人さんが現れた。女性だ。
肩に付かないぐらいで切り揃えられた髪はダークブラウンで、途中から色が抜け、毛先のあたりはほとんどブロンドになっていた。黒戻し中のプリン頭というか。
なんとなくベルレやグラディに似てる気がするのは髪の色のせいかな。
この世界の人々の髪色は概ねライトブラウン系で、ベルレやグラディみたいな黒に近い髪色はそういえば二人以外見たことないや。
「あらまあ、ではありませぬ。息の乱れがありますよ」
ソルジェンテさんが指摘すると、カラメル多めプリン頭の女性は首を竦めた。
「これでも必死で駆け戻ったのです。お許しくださいませ」
女性は段を下りてきて、私の横に膝をついた。
「わたくしはリッカドンナ。アレア様の侍女としてこれよりお仕えいたします」
森の奥のような深緑の瞳がきらきらとしていた。
見るからに有能そうなオーラが出ている。ソルジェンテさんの配下だと聞いてなんか納得した。
「アレア様、ご滞在中はこのリッカドンナに何でもお命じくださりませ。後ほど追加の者も呼びまする」
いや一人でいいよ! 追加人員いらんじゃろ。止めて私ド平民なの。
と、いうわけでやっとゴージャスモーニングタイムを脱出して、私はリッカドンナさんとやらを連れ、最初の部屋に戻った。ふう。
美味しかったし楽しかったけど、疲れた……。
寝直す気はないけど、ちょっと休憩したい。
ぼんやり空を見ていたら、てきぱきと背もたれクッションと敷きクッションがセッティングされ、どうぞ、と促された。仕事が早い。
「ありがとう」
「お疲れの様でございますね。お休みになりますか?」
「ううん、寝直すのはちょっと」
「では何か甘いものでもお持ちしましょう」
あ、だったら……いやいいか。
そんな私の内心を素早く察知して、リッカドンナさんは言った。
「何でも遠慮なくお命じくださいませ。と、言うかですね、わたくし共には予想もつかないような課題をくださるとそれが一番嬉しいことでございます」
どゆこと? と私が首を傾げると、リッカドンナさんは座り直して、お話ししてくれた。
その雰囲気はお姉さんぽくて……あー、侍女とか言われたからびびったけど、要はベビーシッターだ。そっかあ。
ちなみにベビーシッターは赤ん坊限定というわけではなく、小学生ぐらいの子供まで対象に入るので、私は対象年齢だ。
ベルレが言った通り、使用人軍団は「ヒマ」らしい。猛烈に。
主人であるベルレ達はしょっちゅう旅に出てなかなか戻らないし、戻っても部屋にこもって仕事してるし、そもそも自分で何でもやる人達なので使用人いらないし、シェルリはシェルリで使用人を必要としないし、もう掃除しかすることがない状態。
久々にやっとお帰りになったと思ったら私という客連れで、それも手間がかかりそうな子供。大フィーバーしたらしい。すんなや。
ソルジェンテさんが壁穴で課題が見つかったって喜んでたのは、リップサービスというわけでもなかったんだな。
「個々にそれぞれ『技』を磨いてはおりますが、披露する場がないというのも何とも侘びしいことでございます」
それで朝っぱらからフルーツカッティングのライブを見せられたんか私。凄かったけど!
「えー、でもそんなこと言って私がワガママ言ったら陰口言ったりしない?」
「そのような不心得者がおりましたらますます喜ばしいことでございます。グラディス様の試し斬りに使ってよし、我々の『お楽しみ』に使ってよし」
すごい朗らかに笑ってるけど、それってゴア表現方面のお話ですよね?
まあ陰で何か言われたって知りようがないからどうでもいいけど。
「じゃあ、『ミックスジュース』が飲みたい」
「みっ?」
「ええとね、複数の果物の果汁を混ぜて美味しくして。テクスチャはとろっとしてるのがいいな。ミルクを少し入れてもいいかも。ひとまず今はキトルーの絞りたてジュースが飲みたい。酸っぱくない、甘いのだけ使って」
欲望をダダ漏れさせてみた。つかミックスジュースのキモはバナナだと思うんだけど、ああいう感じの果物あるかなあ。
リッカドンナさんはぱちぱちと瞬きをして、それから「ただいまお持ちいたします」と嬉しそうに言って部屋を出ていった。
一人になってちょっとホッとした。やっぱり一人だけの時間は欲しい。
晴れわたる空を眺めながら、ごろりと横になった。
多分、セルバでの一件で私に強い精神的負荷がかかっていると判断して、その回復の為にここに連れてきてくれたんだと思う。
だからまあなーんもせずにゴロゴロしてリゾート気分で過ごしてもいいと思うんだけど……勿体ない気がするのは貧乏性なんだろうなあ。
ひとまずお昼ご飯まではのんびりしよう。
リッカドンナさんとも話をしないと。
だって付けてくれたとはいえ、気が合わない人だったら変えてもらうよ。
そういうつまらない我慢は今世ではしない。
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