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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第三章

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071 豪遊宣言

 脱出ゲームならアイテムを探すところだけど、ここは現実なのでそんなコソ泥みたいな真似はできない。

 とはいえ、ちょっと上に羽織るものが欲しい。

 雲海が下に見えるということは富士山でいうと六合目あたりかなあ。そら寒いわ。

 私は着せられていた寝間着のまま、室内を見回した。

 ……うーん、なんもない。

 掛け布団は羽根布団風のふかもこしたやつだったので、被っていくのもどうかと思う。

 まあいいか、外に出ればあの黒服……使用人さん? 軍団に見つけてもらえるだろう。


 廊下に続くと思われるアーチ型の開口部から外を覗いた。ドアがないのだ。

 アーチの外は小部屋になっていて、なんかオサレな薄布が掛けられていた。

 第三村の宿でも思ったけど、この国ではやっぱり絵画を掛けるポジションに織物や刺繍を飾るんだなあと思った。


 床はフローリングっぽい磨かれた木材で、素足で踏んでも踏み心地がいい。

 小部屋からは短い通路が伸びていた。その先に更に広い空間に出るみたい。ドアがない代わりにこういう前室や通路で目隠しをする様式なんだろうな。


 通路の先も全面フローリングというかウッドデッキ? で、だだっ広くなんもない空間だった。パキラ鉢みたいなインテリアグリーンすらない。

 ここも一面がすべてブチ抜きの大開口部があり、空が見えた。何か飛び立つの?


「アレア様」


 不意に声を掛けられ、猫みたいに飛び上がった。びびびっくりした!

 慌てて振り向くと、いつの間にかソルジェンテさんが立っていた。

 どこから?!


「どこから?!」

「驚かせてしまいましたか。申し訳ございませぬ」


 ソルジェンテさんが壁に手のひらを翳すと、壁が消えて四角い穴が現れた。


「わたくし達は使用人の道を使いますので」


 えー! どういう仕組み?!

 私は穴に駆け寄って中を覗き込んだ。がらんとした何の装飾もない廊下になっている。

 ソルジェンテさんが手を引っ込めると、瞬時に壁になった。

 恐る恐る穴だった場所に触れると、ちゃんと壁になっている。


「ええ? なんで??」

「そういう機構でございます。……そういえば」


 ソルジェンテさんが何か思いついたように小首を傾げた。

 ひとつひとつの仕草がとても優雅な人だ。年齢は五十代ぐらいだろうか。女性としての落ち着きがあって品が良くて貫禄がある。マダムだよマダム。公爵夫人とかそういうイメージ。


「アレア様は魔力を手足のように操るとか。その魔力で触れてみてくださいませ」


 ワーオ私の能力が筒抜けだわ。自陣営だからいいけど。

 ……自陣営だよね?


「んー……」


 私はぬるっと魔肢エーテルリーチを一本伸ばし、壁に触れた……と思ったら突き抜けた。


「あれっ」

「やはり通りますか。これは貴重な実例をありがとうございます」


 説明を聞いたけど、肉眼で見た通りの実感を肉体に返す、らしい。わからん。

 魔力は通過する。だから例えばグラディがこの壁にもたれたら、背中は壁に当たるけど魔力鎧は壁にめり込むみたいな状態になるんじゃないかな。そして私の魔肢は通過する。


「アレア様のお陰で課題が見つかりました」


 すごく嬉しそうにソルジェンテさんに言われて、そんなことで? リップサービスが過ぎない? と私は微妙な心地になった。いいんだけどさ。


 ソルジェンテさんに羽織るものが欲しいと言うと、私が寝ていた部屋からストールと、ついでに靴も持ってきてくれた。どこにあったんだ。さっきの廊下の壁穴みたいな秘密のクローゼットでもあったんだろうか。


 ストールはクロッシェレースみたいな透かし編みで、毛足の長いふわふわした糸を使っている。羽織ると一瞬で暖かくなった。チクチクもしない。これ絶対高いやつ。いやまあこの離宮に安物はないだろうけれども。

 靴は靴というより室内履きに近くて、フットカバーのようだった。

 ソルジェンテさんもローブの裾からちょこっとだけ見える足元は同じくフットカバーみたいなものを履いている。

 というか、床がどこもかしこもずっと踏み心地がいいんだよなあ。裸足で歩くことを前提に床を作っているみたいな。そう言ったらなんとその通りだった。


「主人が歩く場所と仕える者が歩く場所は違います。とはいえ、近年ではそこまで厳格ではありませぬが」


 当時はそれが合理的だったのですが、今となっては逆に面倒だと敬遠されております、とソルジェンテさんは微笑んだ。


「この離宮には帝国様式の古いお部屋もございます。機会あらばお越しくださいませ」


 そう言われると楽しみになってきた。

 結局、私は裸足のままぺたぺたと歩いた。ソルジェンテさんの案内で広間を横切り、視覚的に隠れていた螺旋階段を下りる。これがまた見事な装飾で感動した。

 蔦が絡んだ古代遺跡の中を下りていく的なコンセプトで、蔦や葉っぱは精緻な木工細工と石細工だ。木の実を模した小さなランタンが連なって光っていて、一段ごとに心躍る。


 階段を下りた先は岩肌が剥き出しの洞窟になっていた。

 もちろんゴツゴツした岩肌はそう見えるよう綿密なカッティングをされているだけで、綺麗に磨いてある。レースの服で掠っても引っかかったりしない。


 床には木製の渡り廊下がしつらえてあった。

 本来はこの渡り廊下の上を主人が歩いて、廊下より一段下がる周辺を使用人が行来するそうだ。

 歩く所が違うなんて選民仕草だなとちょっと思っていたけれど、使用人目線で見るとなるほど、何かと気を遣う主人達の動線を限定しておく方が邪魔くさくなくていい。合理的だ。


 雰囲気満点の洞窟を歩いて行くと視界が開け、大きな部屋に出た。ここも一面を丸ごと開口していて空が見える。

 部屋の中央には能舞台みたいな広い木製の高床があった。

 近付いていくとダウンフロアのリビングみたいで、中央部が一段下げられていた。フカフカの絨毯が敷いてあり、座布団みたいな薄いクッション、背もたれにする大きなクッション等がある。

 そこにベルレ達三人全員がそれぞれ寛いでいた。


「昨夜はよく眠れましたか?」


 朝からお美しいグラディがお優雅な薄ローブ姿でお上品なティーカップでお紅茶みたいなの飲んでて、うわあセレブみたい! と感動した。

 そうだよ、これがグラディの正しい姿だよ。いつものパリコレのランウェイを歩いてくる山賊みたいなのは間違いだったんや。


 そして期待して向かいのベルレを見ると、野球中継見てるおっさんみたいに半裸でダラッと寝そべって酒瓶片手に煙草ふかしてた。なんという顔と体の無駄遣い。

 シェルリは起きてたけど、でかいマァルみたいな果物を一心不乱にかじってた。


 今日もフリーダムだな。

 私は見習うべきか反面教師にするべきかまだ迷っている。



 ◇ ◇ ◇



 ソルジェンテさんの眼光がベルレを貫き、ベルレは体を起こして座り直した。

 使用人さん達がやってきて中央に竹みたいな植物を細く切り揃えて糸で綴ったラグを敷いていく。綴り糸が蔓草のような模様になっており綺麗だ。

 その上に大皿に乗った料理が並べられた。中央アジアっぽい光景。

 バーンと盛られた各種パンが、でかい。全部でかい。私の顔よりでかい。

 

「お寛ぎくださいませ」


 ソルジェンテさんはそう言って、使用人軍団を引き連れ下がっていった。

 ありがてえ。私はやっぱりちょっとホッとした。給仕に見守られて食事するのはね……やっぱり庶民育ちにとってはね……気疲れしちゃう。


 この形式での食卓は基本、手食だ。手掴み。汁気のあるものや熱いものは匙を使うけど。もちろんフィンガーボウルと布巾がある。

 体験して判ったんだけど、料理から口までが、遠いの!

 その間にボロッとこぼさないテクニックが必要。グラディやベルレを見ながら真似するけど全然お優雅にならない。要練習だなあ。


 パンはなんか綺麗な模様が付いてて、見た目に反して千切るとふわっふわで、美味しかった。私がパンスキーなのが通達されてるのか、様々なパンが盛られててパンだけでお腹いっぱいになりそう。

 驚いたのはバターがあったことだ。塗る用のバター。初めて見たかも。小鳥とか花とかの形にわざわざ成型してある。こういう細部まで趣向が凝らしてあるのがすごく高級ホテルっぽい。いや宮殿だったわ。最高級だわ。


 ベルレが例によって毒味した後、大皿に盛ってシェルリに渡す。シェルリはかじっていた果物を置いて、食べ始めた。何をそんなに必死に食ってたのかと思って見ていたら、その視線に気付いたのかグラディが教えてくれた。


「マァルとペルシュカの掛け合わせの、マルシュカという実ですの。最近になってやっと成功したみたいで、試食ですわ」


 ネーミングぅ! 判りやすいけど! ペルマルよりマシ。

 シェルリが一個差し出してくれたけど、丁重にお断りした。食べ物が難しいシェルリが好きで食べる物の上前をはねたりしないよ。


 食べながらこれからの予定を聞いた。

 ベルレがイルミカルタの修理(もう到着してた)を終えるまで滞在するそう。その間はそれぞれフリーだ。

 私はせっかく来たから離宮の中を探検したいな。合間を見てグラディとシェルリが付き合ってくれるそう。私付きの侍女を向かわせると言われたけど、なんだ侍女って。ド平民孤児に侍女って。


「当座はシェルリの宮をお使いなさいませ。気に入った宮があればそちらに移ってもよろしくてよ」


 離宮は緩やかに連続しているけれど幾つかのエリアに分かれるみたいで、その中で最上層にあるのが天翼宮アラ・アルティスといい、シェルリが使っているそうだ。グラディやベルレもそれぞれの宮がある。


「ソルジェンテに言えば何でも用意してくれる。思いつく限りの我が儘を言ってやれ」

「いやちょっとそれは」

「あいつらもヒマなんだよ。仕事を与えてやってくれ」


 ……そう言われるとちょっと悩むなあ。確かに、と思う面もあるし。

 このレベルの宮殿の使用人が「ヒマで嬉しい」なんてことはないだろう。全力でもてなしてやるぜオラァ! ぐらいに燃えていると思う方が自然だ。ううむ。


「最上級と最下級の暮らしは、なかなか体験できない。勉強だと思えばいい」


 シェルリにそう言われて納得した。それはそう。最上級は金だけあってもダメで、伝手が必要。

 最下級は簡単では? とたずねると「生きて戻って来るのが難しい」と言われた。

 そ、そっか……。



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