070 サフィラス離宮
昇降岩洞窟へ向かう道は馬車も通るので広い。
まっすぐ行くと大きな街道へ連結するそう。横に逸れると洞窟がある。
洞窟の入口は岩でカモフラージュされていて、魔法でスライドする。ゲームのギミックでよくあるけど、実際に見るとうおおお…という感動でブチ上がる。
中に入り、ツヤツヤの床石に彫り込まれた魔法陣に乗って、私達は離宮へと上がった。
一応、人目を忍んで日没後に来ていた。
石柱が徐々に上がっていくにつれて上部の穴から星空が近づいてくる。綺麗。
キレイだなあーって暢気に見上げていて、石柱がガコンと定位置で止まり、私は視線を前に戻した。
以前見た、静かな闇に佇む夜の離宮を想像して――
「げっ」
ベルレが呻いた。
離宮には、煌々と光が灯されていた。
全体を浮き上がらせるかのように、塔や手すりの先端が光っている。
室内からの明かりで窓や柱も浮き上がって見えて、その幻想的な美しさは宮殿と冠するに相応しい堂々たる威容で、私は口を半開きにしてただただ見とれた。
サフィラス離宮は目覚めていた。
「げ、ではありませぬ」
私達の前に人が、いた。
綺麗な女性だった。綺麗というのは単なる顔かたちじゃなくて、立ち姿とか雰囲気とかメイクとかがピシッと決まっていて、立っているだけで雰囲気がある。
更にその女性の背後に、同様の雰囲気がある男女数名が軍隊みたいに並んでいた。
全員同じ型の黒い長衣を着ている。制服だろうか。銀糸で優雅かつ大ぶりな刺繍が入っていて、人によってモチーフが違う。
先頭の女性は黒い長衣ではなく優雅なローブ姿で、ウエスト部の飾りベルトに見慣れた青色があった。
シェルリ達丘の神官の青だ。町の神官の青とは彩度が違う。
木目のマーブルみたいな色の髪を丁寧にまとめて、見事な彫金細工の飾り櫛を差していた。
なんかもう、頭の先から裾まで「ちゃんと」している女性だった。
その女性の視線が私に向いた。ヒエッ。
ついシェルリの後ろに隠れてしまった。
しかし、女性は上品な微笑みをたたえて私の方へ近づき、膝を折って屈み込んだ。
「初めまして、わたくしはソルジェンテと申します。使用人頭にございます」
並んでる人達の方でちょっと空気が動いた。この空気は……あれだ、えらい人が「どうも、無職のおっさんです」みたいなこと言い出した時の空気だ。
うわあ~~やりづれぇ~~。かと言って自己紹介を受けて黙っているわけにはいかない。
私はシェルリの陰から出てしっかりと立ち、ぺこんと会釈した。平民ならこれで許されるはず。
「アレアです! よろしくお願いします!」
……で、誰。
私はベルレを見上げた。
ベルレは渋柿でも食ったような顔をして、「……本殿の偉い人だ」と言った。
「戯れ言はよろしゅうございます。ささ、湯殿へご案内して」
ソルジェンテさんが指示すると、後ろに並んでいた男女が素早く動き、あれよあれよという間に荷物は取り上げられ、プレシオはどこかへ引かれていき、私達は前後左右を囲まれ、笑顔の圧を受けながら風呂場? へ連行された。
◇ ◇ ◇
クルトゥーラの家って、内側に中庭やパティオを設けるスタイルなの。
フリアンの家やチャロ婆ちゃんの家もそうだったけど、中庭が台所や水場であり、作業場であり、リビングや客間でもある。
一定以上の格がある「館」、つまりお金持ちの家になると、前庭は人に見せるためのいわばディスプレイゾーン、裏庭は家庭菜園や趣味の園芸、中庭は家族がくつろぐアウトドアリビング、とはっきり用途が分かれる。
資金に余裕がないと前庭が素朴になるので、前庭を見ると懐具合が判るそうだ。だからまあ、貴族家や商家は前庭には見栄を張る。
予算が厳しいならいっそ公園として平民に開放する方法もあるそうだ。
その時は領主から補助金が出る。
屋台の出店を許可してそのショバ代を取ったり、細かく小遣い稼ぎもできる。
別にクルトゥーラでも豆腐ハウスが無いわけではないんだけど、納屋とか作業小屋とか、ぶっちゃけ貧民バラックで、通常は装飾的な趣向が何かしら取り入れられた家になる。
そういう意味ではセルバ子供の家のあのアンサス館は武骨というか無粋な建築様式だったとも言える。
その分お庭に全振りしたんだろうなあ。今となってはどこもかしこも菜園だったけど。
フリアンの家でもベッドルームは小上がりで、敷石に金かけたパティオがあったもんな。
話がずれた。つまりクルトゥーラの家ってそういう感じで、そういうつもりで離宮本館に足を踏み入れたんだけど、そんな前提は吹っ飛ぶようなえぐい建築物がウェルカムしていた。
離宮本館はそれこそ案内がないとどこへもたどり着けない、めちゃくちゃオシャレな「迷宮」だった……。
内部は外から見た時の予想と違わず、複雑なつくりをしていた。
階層が一階、階段上がって二階、とはっきり区切られていないというか。
二階と思ったら中二階で更に段差を上って本二階とか、ロフトとか、小上がりに小下がり(ダウンフロア)、アルコーブにヌックに壁龕と、とにかく複雑な趣向を凝らしている。
フロア一つ一つがバカ広く、柱はあるが壁は少ない。空間でゆるやかに仕切った上で綺麗な刺繍の垂れ幕が下がってたり、透かし彫りの衝立があったり。
あちこちに庭というか植栽エリアが設けられ、それも自然の間仕切りになっている。
雨が少ないのかなあ、屋根がないフロアが普通にある。いやまあ雨が降ったらそのフロアは使わないんだろう。
オサレな庭園をお散歩する感覚で歩いて、白い石張りのゾーンに来ると、ほのかにお湯の匂いがした。
や、やっと風呂場に着いた……疲れた……。
オサレ石張りの床を歩いて隠れ家的オサレ扉(もちろん黒服の皆さんが開けてくれる)を潜ると、なんだかわかんないけどオサレなテラスがあって、だ、脱衣場はどこです?? と思ってたら裸族共はまったく気にせず脱ぎながら歩いて行って、黒服さん達が服を拾っていって、ポカーンとしてたら女性の黒服さんが「どうぞお脱ぎになって?」みたいににっこり笑ってスタンバイしてて、私は……む、無理ですぅ。
そんな私の気持ちも当然お察しくださる有能黒服さんに連れられ、一応脱衣場みたいなところで脱いだ。衝立の向こう程度の話だったけど。
薄布一枚巻かれて案内された風呂場もヤバかった。
プールみたいなバカでかい湯船(湯船…?)がばーんとあって、しかも露天風呂だった。よく見たら奥にも複数ある。
裸族達はそれぞれ黒服さんに捕まって洗われていた。
ハッ、私も洗われちゃうの?!
案内してくれた黒服のお姉さんを振り仰ぐと、既にリネンやブラシが入った桶を持っていて、にっこり微笑まれた。
断っても無駄なんだろうなあ。
まあ。
そうはいっても人に洗ってもらう頭は気持いいよね……。
私は久々にたっぷりのお湯に浸かって優しく洗われたことで、寝た。
すっごい寝落ちた。アー。
◇ ◇ ◇
「んー……」
シーツの感触が気持ちいい。伸びをしてゴロゴロと転がると、目を開いた。
なんだっけ。どうしたんだっけ。
そうだ、風呂で寝落ちしちゃったんだ。
辺りは明るい。げえッ、朝まで寝ちゃった!
慌てて飛び起きると、思ったより普通の広さの部屋だった。
バルコニーだと思われる大きな開口部には薄布が掛けられ、風に靡いている。
外には空だけが見えた。
ベッドは大きな正方形のローベッドで、天蓋が付いている。カーテンは柱にまとめてあった。
私は起き出すと、バルコニーに向かった。床には毛足の長い絨毯が敷いてあり、踏み心地がめちゃくちゃ気持いい。
裸足の足で思わずぎゅっぎゅっと踏みしめ、バルコニーに出ると、びゅうと強い風が吹いて、完全に目が覚めた。
「うっお……」
バルコニーから見た景色は絶景だった。
空! 雲! 以上! 完! みたいなの。
どんだけ高い所にあるのここ。空気大丈夫? 低酸素症にならない?
下には離宮の下のフロアが見えた。屋外フロアやお庭や彫刻が見える。使用人層がある側とは反対側なのか、広場は見えなかった。
人影は全くなかった。
これだけ大きな建物なのに人がいないと、ものすごく寂しい感じがする。
お金持ちにはこれが普通なんだろうか。
上を見ても何もなかった。この部屋が最上階なのかな。
横を見れば霧がかかっていてよく見えない。
とても静かで、風の音しかしない。
正直申し上げて脱出ゲームのスタート地点かな? と思った。
次回更新遅れるかもしれませんorz




