034 「子供の家」
孤児院は孤児院という名称ではなかった。
クルトゥーラでは孤児院のことを「子供の家」という。
セルバにあるので「セルバ子供の家」。青少年自然の家みたいだな。
孤児院が一般名詞で、子供の家がクルトゥーラでの固有名詞だ。
これにはシリーズがあって、他に「女の家」等がある。
要は各種救貧院なんだけど、女の家は産科も兼ねているらしい。
セルバに来て驚いたことのひとつに、ホームレスがいなかったことだ。
路地裏を定宿にしているような大人も子供もいない。
セルバに着いたばかりの頃に教えてもらったんだけど、この国というか帝国の国是は「皇帝のご遺志に沿う」ことで、その根幹部分は「文化の発展」にある。人類の繁栄だ。
それが各王家を通じて強固に推し進められている。
それが孤児の扱いにも出ている。
路地裏で無為に生きるなんて皇帝陛下のご遺志に対する反逆なのだそうだ。
発見次第回収されて大人は大人用の各種「家」に、子供は「子供の家」に収容される。
そもそも生存が危ぶまれるような貧困状態と判断されると、首長権限で子供は子供の家に、母親は女の家に、父親は男の家にそれぞれ収容される。
家族そろって、という選択肢はない。公権力による一家離散だ。
とはいっても寝食の場がバラバラになるだけで面会は自由なので、自由時間で家族団欒もできるそうな。
親達はそれぞれの家で割り振られる労働をこなし、生活の立て直しを計る。
子供は教育を叩き込まれる。
それだけ聞いてると社会福祉として手厚いのでは? と思うけど、なーんかウラがありそう。無かったら謝る。
というわけでストリートチルドレンなんて許されない。
領としても巡検くらったら一発アウトだ。
同様にホームレスも許されない。能力に見合う労働を課される。
病気は治されるし、ケガも治される。
そう、この世界は神官がいるからね!
ちなみにその治療費は当人の支払い。当然借金になる。うーん。
親と死別した、親族がいない等の正真正銘の孤児(私とか)は、当然、子供の家で生活することになる。
親族が養子として迎えることも可能だけど、その場合でもいったん子供の家を経由する決まりなんだそうだ。
なのでセルバに私という子供の記録があるかどうか、調べてくれたらしいんだけど、なかった。
「おっさんとおばさんが以前住んでた町で孤児院から引き取った孤児」というのが私の素性だったのだけど、その町はセルバではなかった模様。
特に追求したいことでもないので、じゃあもういっか、で終わった。
◇ ◇ ◇
雨漏りするボロ家。
ぎゅう詰めになった痩せた小汚いガキ共。
毎日水みたいなスープとカビたパン一個の食事。
そんな食事さえ奪い合う殺伐限界生活。
……なんてのを想像してたけど、そんなこたぁなかった。
子供の家は……普通になんか……なんか普通の施設だったよ。
見た目は古びているが瀟洒な館で、柵に囲まれた大きな庭の中にある。
昔の貴族だか大商人だかの邸宅を流用しているそうだ。
施設の総責任者はエリアナさんという穏やかな雰囲気のお婆様だった。
手続き的なことは先に終わっていて、簡単なご挨拶だけした。
他に職員さんが数名いて、みんな住み込みなのだそう。本館とは別の職員棟とでもいうような別棟に住んでいる。ここもホワイトハウス方式か……。
本館には食堂や集会室、その他共同の設備があり、子供達の居室は元使用人棟を改築した離れにあった。
長い廊下の片方に小部屋が並ぶスタイルで、私に割り振られたのは二階の一番奥。
角部屋といえばそうだけど、階段から一番遠いので地味にめんどくさい。
そうなんだよ、個室だったわ! ビックリだよ。
大部屋にズラッと二段ベッドが並ぶ軍隊式を覚悟してたのに、いらない覚悟だった。
室内は壁際にベッド、その横に小さな机と椅子があり、ベッドの下には木製のチェストがある。
チェストを引っ張り出すと床が見えなくなる狭小部屋だけど、ドアには一応、鍵として小さな閂がある。
でもドアの隙間に薄い板を差し込んで跳ね上げれば簡単に開くよねこれ。その程度だ。
ドア開けたら着替え中でキャー! みたいな事故は防げるかもね。
支給された服は生成りリネン風のスモックとズボンで、男女の別無し、ワンサイズだ。つまりデカい。小さい子ならスモックだけでくるぶし丈のワンピースになりそう。
ズボンは幅が太く、ウエストと裾をヒモで絞るタイプ。
下着もほとんど同じ作りで、違いは生地だ。薄くて柔らかい。
下着を穿いて、ズボンを穿いてウエストと裾を絞ると腿のあたりが布で嵩増しされて、ちょっとバルーンパンツみたいになる。なかなかかわいい。
上半身も下着の上にスモックを被る。
こちらも袖が太いので袖口をヒモで絞れるようになっている。
袖口を絞るとドルマンスリーブっぽい。モモンガ袖な。
部屋に案内され、支給服の上下に着替えた。
服がもらえると聞いていたので着替えは持ち込まなかった。着てきたものだけだ。
丁寧に埃を叩いてチェストにしまう。後で洗おう。
ベルトやポーチはどうしようかな……お金とか入ってるし。
そうそう、こういう私物も別に没収されなかったんだよね。
持ってる子と持ってない子で格差ができるとトラブルの元になるから、私物は持ち込めないと思ってたんだけどスルーだった。
とりあえず最初は慎んでいこうと思ったので、ポーチ類も鞄と一緒にチェストにしまう。
チェストには鍵がない。ので、「鍵の魔法」を使う。
これはガッツリ仕込まれた。絶対必要になるからって。
要は二つの物体の密着した面を変質させて、疑似的に一つの物質に変える方法だ。いやそう言われてもな……。
一つの物質にすることはできたのよ。
でもまた同じように分離させることができなかった。しっかり溶接できていたので、これはこれで何か役に立ちそう。
仕方ないので私なりに考えて、魔力で強力接着剤を作ることにした。
くっついて離れない、という性質を備えたゲルを魔力で作り出す。
魔力で出した水が水として存在し続けるのと同じで、一度変質した魔力はそのまま存在し続ける。
でも自分が作り出したモノはなんとなく判るので、後から範囲指定できるのだ。
指定できるから、除去できる。
この魔法をベルレ先生と一緒にブラッシュアップして、マスターした。
私に教える過程でベルレもシェルリも「接着剤」を自由自在に作り出せるようになったので、色々応用編も作ってくれた。
使いどころがあるかどうかは判らない。
チェストのフタの縁にゲルを流し込んで、ぎゅっとフタを押しつける。
よし、開かない。
別に警戒 MAXってわけじゃないんだけど、みんなからもらったものや借りたものがあって。大切なのと……たぶん世間的にとても貴重な品なのではないかなーと思うのだ。なので慎重にはなる。
部屋から出て本館へと向かう。
庭で走り回ってる子供もいないし、敷地内は静かだ。
夕飯前だからみんな本館に集まってるのかな。
子供棟と本館は近い。雨が降っても傘はいらない。
ただ本館の裏手にあって、日当たりはあまりよくない。
元が使用人棟だからそんなもんか。今もほとんど寝るだけの部屋だし。
本館のドアを開けると丁度職員のフロラさんが向かってくるところだった。
「あらっ、早いわね、迎えにいくところだったのに」
フロラさんはぽっちゃりして丸っこくて、でも動きはきびきびしている。
別荘地の世話好きおばちゃんって感じ。ちょっと都会的なカーチャンだ。
フロラさんに連れられてざっくりと本館内を案内してもらった。
豪邸だけどさすがに経年劣化があって、ところどころ補修待ちの部分や、立入禁止の場所がある。でも全体的に丁寧に掃除されていた。大事に使っているのが判る。
一階と地階が共同施設で、二階以上は職員の利用設備とエリアナさんの居住区だった。
基本的に子供達は二階以上へは立入禁止。
といってもまあ、玄関ホールの大階段なんかは格好の遊び場なので、そこらへんは見て見ぬふりをしてくれるらしい。
「でも怪我しちゃダメよ!」
だけど怪我したら隠さないでちゃんと言うのよ! とフロラさんは人差し指を振り振り言った。
いい人だあ。




