035 夕食とお風呂と町の鐘
両開きの大きなドアを開いて食堂に入ると、皆さんお揃いのようだった。
バッと視線が集まってビビる。
天井の高い大きな食堂に長テーブルが並んでいる。子供の数は……あれ、思ってたより少ないや。十人ぐらいかな。
じゃあ子供棟の半分以上が空室なんだ。
えー、部屋選ばせてよー。
長テーブルのうち二台に、私と同じ服を着た子供達と職員さんが適度に入り混じって座っていた。
片方のテーブルに幼い子が多いので年齢で振り分けているのかも。
フロラさんに空いた席に案内されて座る。
年少組テーブルではなく年長組テーブルだ。
「今日から一緒に暮らすアレアです。みんなよろしくね」
「アレアですよろしくお願いします!」
みんなの顔を視界に収めて、大きな声ではっきりと。
下向いてボソボソ言っても特にいいことはないからね。
はーい、という素直な子供達の唱和のあと、夕食となった。
夕食は具沢山スープと当然のような顔して積まれているクルパン。あとで聞いたけどクルパンだけは無償で配給されるんだそうだ。
なので子供達は腹いっぱい食うことができる。クルパンを。
でもひもじさに震えて眠る生活よりは断然マシだ。味はともかく栄養満点だからなアイツは。
チラ見すれば妙にやせ細った子や顔色の悪い子等はいない。
体形のバリエーションはあれども皆健康そうである。
具沢山スープだって本当に具沢山で野菜がゴロゴロ入っている。
シャリシャリした歯ごたえの青臭い根菜、噛めば噛むほどに筋が残る何かの茎、豆っぽい粒、くたくたに煮崩れた透明な切れ端、個性的なハーブ臭を放つ葉っぱ。
こうして列挙するとマズそうだけど……なんか美味しく食べられるんだよね。
クルトゥーラの野菜はそもそもアクが強い。
香りが強いし味も「植物ッ!」って感じがする。
セロリが嫌いなタイプの人は絶望する。
でも美味しく感じるのは、魔力が関係しているからだと思う。
この世界の味覚は甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の基本に加えて「魔力味」とでもいうものがある。
魔力を多く含んだ食物を美味しいと感じるらしい。
シェルリの好きなペルシュカが珍重されるのも、その果肉にみっちり魔力を蓄えているからだ。ペルシュカは魔力が抜けても美味しいらしいけど。
私の中身はとにかく体はこの世界人なので、体が美味しいと感じる。
大体お供がクルパンの時点でなんでも美味いわ。
夕食は落ち着いていて静かだった。
無言ではないけど、奇声が上がるわけでもない。
こんなに子供がいて、こんな落ち着いてるってすごいな……。躾が行き届いているというか。
でもみんなリラックスした顔で食べてるので、折檻に怯えているとかそういうのもなさそう。
「おかわりはどう?」
お椀が空になった子に職員さんが優しく聞くと、
「わたしがやってあげる!」
元気よくその子の隣の席の子が立ち上がった。
お手伝いしたい盛りといった風だ。職員さんは苦笑しつつもお玉を渡してあげてた。これが初めてじゃないっぽい。
うっかり零したりしたら汚れるので、やらせたくないけど言っても聞かないし、悪いことではないし、しょうがないわねえ、みたいな雰囲気。
わたしも! ぼくも! とあちこちから声が上がる。
わいわいと楽しげだ。
私はちょっと疎外感を感じるが今日が初対面なのでしょうがない。
隣のフロラさんがおかわりをついでくれたので遠慮なく平らげた。
クルパンは……まあ、嵩増し程度にね……うん……。
ご飯の後は入浴タイム。
といっても大浴場があるわけではなかった。
最初だからつきっきりで案内してもらったけど、そもそも体が洗いたかったら外の井戸端で行水するみたい。
なんだよ結局フルオープン野外風呂じゃん!
練習しといてよかったわ!
とはいっても職員さん大人組や、冬場はそうはいかない。
で、どうしてるかというと、台所でお湯をもらい、元洗濯室だった水が流せる小部屋で体を洗うんだそうだ。
私は湯の入った木桶を運んでもらい、手拭いを渡されて浴室に入った。
ドアの前に使用中の札を出して内カギをかける。簡単な閂だけど安心するね。
手前に脱衣場代わりの板の間があって、その奥はタイル貼りになっている小部屋だった。壁際に排水溝がある。
元の豪邸の面影を残したタイルはアンティークな美しさがあった。
しかしこの湯の入った桶、すごい重いんだけど。子供一人じゃ運べない。
ということはお風呂に入りたい時は常に職員さんの誰かにお願いすることになるのかな。
一人で勝手に入って事故っても困るからその方がいいのか。
まあ私は自分でお湯が出せるんだけど……。
脱衣して全裸になると両手から適温の湯を出して直接シャワった。
うーん、やっぱりお湯に浸かりたいなあ。盥風呂でいいから。
村を出てから馬車の魔動具盥風呂か宿の風呂しか使ってないから、ここにきてやっと分相応の慎ましい入浴事情になった。
それでも好きな時に体が洗える(しかもお湯で)環境はぜいたくな部類なのではなかろうか。
そういえば魔力に因らない水の価値はいかほどなのだろう。
なんせこれまで水に困ったことがない。
魔動具から無限湧きするし、なんなら私の手からも湧く。
手から無限湧きできるほど無意識に魔力を取り込めるようにならないとなあ。
自前のお湯で流し終えて、さっぱりしたところで木桶が目に入った。
しまった、せっかくもらったのに使ってない。
でも魔力取り込みの訓練も兼ねて今後とも風呂は自前でやりたいな。
うーん、他の人の魔力具合ってどうなんだろう。
そういやベルレ達以外の人が魔法を使ってるところを見たことないんだよね。
使うようなシーンに立ち会ったことがないというか。
ベルレ達とは四六時中一緒に居て生活を共にして、しかもアウトドアだったから何かと魔法の出番があったけど、町で宿暮らししてると別に魔法がなくても過ごせるんだよ。
メイドさんがお盆を空中に浮かべてお茶を持ってくるわけでなし。
普通にワゴン押してくる。
ひとまず様子見かな……。
子供達と交流するうちに「普通」の度合いが判るだろう。
私は木桶のお湯でせめて手を洗い、排水溝に流した。
ふわっと鼻にハーブっぽい香りを感じた。
えっ、ハーブ水? いやまさか。
水にまで植物臭がするとか、最強ストロング農業チート国はやっぱ違うな……。
◇ ◇ ◇
夜はみんな早々に部屋に引き上げるらしい。
風呂から出るとリビングっぽい大部屋にも食堂にも誰もいなかった。
灯りの節約なのか館内は暗い。
廊下の灯りも豆電球みたいなのがポツポツと壁に取り付けられているだけだ。あるだけマシなのか。
蝋燭ではないので魔動具なのかな。
空の木桶を持って台所に行くと、竈の火は落とされていて静まり返っている。
配膳台の隅でフロラさんが一人、ランプの横で本を読んでいた。
「あっ、これ木桶」
待っててくれたのかな。うひゃー、申し訳ない。
そう言うと「これが仕事なんだから気にしなくていいのよー」と笑ってくれた。
木桶は台所の入口横にいくつかスタッキングされていた。
ここに返しておけばいいらしい。
木桶は三個は重ねて積めるけど四個目からは倒れるので別に置く、日没後は基本的に部屋に戻るけどお友達の部屋に遊びに行ってもいい、点呼は夜の鐘、などここでのルールを教えてもらいつつ部屋まで送ってもらった。
夜の鐘とは?
夜に鳴る鐘である。まんまか。
辺境村にはそんなものなかったけど、ここは町なので時間を知らせる鐘が鳴る。
日の出の鐘は日の出に鳴る。まんまだ。
農作業に向かう人はこれで起きる。この世界の夜は月明かりがほとんど期待できないのでとても暗い。とにかく日が昇ってくれないと動けない。
朝の鐘はそれから二~三時間ぐらい後。
町で暮らす人が起きる時間かな。
朝のお茶の鐘(単語的に本当にそういう意味になる)は、朝の鐘と昼の鐘の中間ぐらい。
昼の鐘。たぶん太陽が正中した時間。
昼のお茶の鐘。昼の鐘と日没の鐘の間ぐらい。
この国では昼食と夕食の間に食べる軽食をメレンダという。オヤツみたいなものかな。
日没の鐘。そのまんま。日没の少し前に鳴る。
そして最後に夜の鐘。
日没と真夜中の間に鳴る。気分的に 二十一時ぐらいかなあ。
大体ここで就寝するのが一般的。
この鐘は魔動具なんだそうだ。ベルレ先生に聞いた。
「カーン!」って感じじゃなくて「ドーン」と近くで重いものでも落ちたように体に響く。
最初びっくりしたもん。えっ、近場で事故でもあった? みたいな。
なので耳を塞いでいても体で感じるそうだ。
周りがやかましかったり、セルバの端っこに居ても、セルバとして指定された土地内に居ればどこでも同じように感じることができるそう。
夕食は日没前だったから点呼まで時間あるな。
よし、先住者と交流を図ろう!
と、思い立ってはみたけど。
シーン。
静まり返ってるんですけど……。
えっ、みんなそんな早寝なの??
廊下を歩き回ってみたけど誰もいない。
ノックして回るのも何だお前って感じだし。
玄関ホールの端には簡単なテーブルセットがあるんだけど誰もいないや。
子供棟を出て外周をぐるっと回ってみたけど誰もいない。
屋敷のお庭にも人影はない。
それ以前に真っ暗だが。
うーむ。
初日からガツガツしなくてもいいか。
今日は大人しく寝よう。
私はすごすごと部屋へ帰った。




