088 澄明宮と雨の夜
「雨が来ますよ!」
バーンと開けるドア…は無いんだけど、そんな勢いでグラディが部屋に突撃してきた。
離宮はほとんど雨らしい雨がない。霧や霧雨で、夜のうちにしっとり濡れる。
天翼宮なんてそもそも雲の上だし。冬季になると雪は積もるそうだ。
今って夏の終わりぐらいだっけ。カレンダーも時計も予定もない生活してるからなあ……。一日の区切りが日の出と日の入りしかない。
優游涵泳、風流三昧、ラグジュアリーその日暮らし。これぞスローライフ。
ただし全て人様の資産の上で、である。
うちの部屋住み人外達と連れ立って、グラディについていく。
行ったことない通路へ入って階段を下り、広場を横切って門を潜ると、そこがグラディの宮、中層階にある「澄明宮」だった。
水景物が多い宮だった。
中庭には噴水があり、池があり水路があり壁の一面が滝だったり階段の横に水が流れ落ちていたり、水を使ったあしらいが多い。
適度な湿気に満ちていて肌が潤う。滝の近くみたい。
床も壁も艶やかな色のタイルで美しく飾られていて、豪華で煌びやかだ。すごく「宮殿」っぽい。
天翼宮は木や石の素材で勝負って感じだし、石影宮は古代遺跡が博物館になったような枯れた空気感だったから特にそう思う。
澄明宮には人の気配も多くて、廊下の向こうとか中庭とか、ちょっとしたところで使用人が行き交っていたり掃除や植生の手入れをしていた。
天翼宮は普段誰もいないもんな。掃除はしてるんだと思うけど。
通路を奥へ奥へと進み、ロートアイアンのオシャレ螺旋階段を上ると、屋上? に出た。
見晴らしの良い、広々としたダンスホールみたいなフロアで、一番のびっくりポイントは出入口のある壁と床以外、三方と天井が全面ガラス張りという点だ。
すげえええ! いやガラスかどうかは判らんが。とにかく透明な板だ。
金属の細い支柱が等間隔にあるから一枚ガラスではないけれど、それにしたってすごい。
天井は半球になっていて、巨大な温室のようだった。
ふおおお……と私が見入っていると、使用人軍団が絨毯やクッションや色んな道具を持ってきて、テキパキと「部屋」を作っていく。布団まであった。お泊り会なんです?
「お泊り会?」
「雨見の会ですわよ」
雨粒がこの透明な天井や壁に当たり伝う様を見ながら酒を飲むという、お優雅な催しだった。
貴族って優雅だなオイ。いやグラディが貴族かどうかは知らんけど、これで貴族じゃないですよって言われた方が怖いので貴族であってくれ。
つい最近貴族じゃなくて王族ですよ、って言われて腰抜かしたし。
フロアの一角に酒、茶の道具、果物、料理、菓子と宴会セットが搬入された頃に、ベルレとシェルリもやってきた。
二人共トーブのような丈の長いシャツを着ていた。ロングシャツワンピースだ。グラディはショートパンツにケープスリーブのチュニック。私は半袖半パンと元気な子供のユニフォームである。下着姿ともいう。
給仕はイルミカルタに任せて、使用人はみんな出て行った。まあ自分でやる人ばっかりだけど。
ベルレもシェルリもさっそく酒瓶を自主的に取りに行って、イルミカルタに阻まれていた。ディフェンス上手い。
「我々に仕事をさせない客はよい客ではありません」
「給仕の仕事取る、悪い客」
イルミカルタの主人はあくまで私なので、ベルレ達であっても客になるらしい。ベルレがそういう設定をしたので私のせいではない。
結局、提供は瓶一本づつ、空になったら次の瓶と交換、という飲み放題ルールになったらしい。強いなイルミカルタ。
敷き詰められたフカフカ絨毯に、思い思いの恰好で陣取り、飲み物片手にくつろぐ。
ちなみに「雨見」は、ささめく雨音に水滴がガラス越しに流れ落ち、濡れた森の木々が色を増す、そんなお風流を想像してたけど、実際には大粒の豪雨がガラスを叩きまくり森の木々が荒波のようにばっさばっさと揺れ、台風の避難してるみたいだった……。
でもまあ安全な場所から自然現象を見たい、という人の情動は理解できる。
雨雲の昼下がり、薄明るい中で雨音に耳を傾け静かに酒を飲む、と表現するとお優雅……かなあ。
確かにこんなガラス張りの部屋をご用意できる財力がないと成立しないので、貴族的なイベントではあるのかもしれない。
私は窓というかガラス壁に寄って外を眺めた。滝のように流れ落ちる雨水でなんも見えねえ。いや外を見るんじゃなくて水を見るのか……。
あれ、もしかして私、すごーい! って驚いた方がいい場面では?
だってガラス越しに雨を見るなんて、この世界では初体験なのでは。
前世的に特に珍しい体験でもないからぼーっとしてたけど、感動しない方が変では。
「すごーい! めっちゃ、えっと……雨!」
わー、とガラスの水滴の流れを指で辿りながら頑張ってはしゃいでみた。
ど、どうよ。
振り向いたらベルレとシェルリはイルミカルタから一歩離れた場所で立ったまま飲んで、瓶が空になったらまた一歩戻って即交換要求するという酒カス反復横跳びをやっていて、グラディはカピ太とプロレスしてた。カピ太の悲鳴が雨音にかき消される。
……このフリーダムさを私も早く身につけたい。
◇ ◇ ◇
今夜はこのままこの部屋でみんなで泊まるのだそうだ。
お泊り会だー。
この四人だけでのんびり過ごすの、何気にすごい久しぶりでは。
いやイルミカルタやカピ太がいるけど人外枠だから。
カピ太はグラディにボコボコにやられて泣きついてきたので、<魔肢>で空中に放り投げてジャグリングしてやった。大型犬ぐらいあるから<魔肢>でも結構負荷がかかる。
空中で上下左右適当に放り投げられてるのに嬉しそう。おかしい猫だ……。
「なんかこれ、コイツの好きな遊びなんだよね……」
「大雪猫の狩りは木々を足場にした空中戦ですから、違和感がないのだと思いますわ」
そういやそんな生態だった。
「でも足場が見えないのにここまで警戒心がないのも珍しいですわね」
そうなんだよね。お手玉してる私は両手の延長なのでなんとなく距離感が掴めてるけど、<魔肢>が見えないと空中でもがいてる可哀想な獣だ。大雪猫は<魔肢>が見えてるのかなあ。
疲れたのでイルミカルタの方へぶん投げておしまい。お水もらって休憩しな。
給酒が満タンになったらしいベルレとシェルリが落ち着いて絨毯に腰を下ろす。
ベルレは煙草に火を点けるかどうか迷っていて、悩んだ末、火を点けずに口に咥えた。
「禁煙?」
「いや、在庫が少なくなってな……」
ベルレは困ったような、何故か懐かしむような、そんな顔をした。
「入荷が遅れてるの?」
「まあそんなところだ」
「誰かに調合させればよろしいのに」
グラディが不満そうに言った。
ベルレの薬煙草は確か薬として服用してるんじゃなく嗜好品だったと思う。
あー、でも嗜好品だからこそ拘りのメーカー以外ならいらないって感じかな。
ベルレは苦笑し、結局煙草に火を点けた。
意識高い系高級インセンスといった香りの中に、かすかに薬草っぽい香りが混じる、いつもの匂い。
こういう「いつもの匂い」みたいな、個人を特定する材料を嫌うのがシェルリなんだけど、ベルレの煙草については何も言わないよな。私がミカンの香り付き石鹸ずっと使ってたらアァン? って顔したくせにー。
二十種類ぐらいローテーションして使え、ってソルジェンテが後で石鹸の大箱持ってきたよね。二十面ダイス(作った)振ってその日使うやつ決めてるわ。
私はフラナと会って話したことを伝えた。
みんな「うーん……」という感じの微妙な反応だった。だよねえ。
冷たいけどしょせんは他所のお家のことなのだ。メンタル面でフラナを励ますことはできても、それ以上は何もできない。
「わたくし達はなるべく貴族や王族には関わらないようにしておりますからね」
「そうなんだ」
政教分離みたいなやつだろうか。
「皇帝陛下は突出した個人の力に頼ることを戒めました。勿論、素晴らしい能力であったり類い希なる才能は尊重されるべきです。ですが、その人が望まないのであれば強要してはなりません。また、才が無いことを理由にその人の望みを阻むこともなりません。ただし、評価は公平に、正しく下されますが」
皇帝は文明推進派なのにそこは合理性より個人の自由を尊重するんだなあ。
突出した才能がある者はその才能でもって貢献せよ、とは言わないんだ。
頭抜けた理想家か、とんでもなく痛い目にあったかのどっちかだと思った。
でもまあ、属人化ダメ絶対という正しいアドバイスでもある。
「神官は突出した力のある個人です。天秤がひっくり返ってしまう。人の営みは時代の当事者達が織り上げていくもので、わたくし達のように外側にいる者が気まぐれに針を刺してはいけません」
「巡回神官はいいの?」
「法の範囲ですから」
「盗賊狩りは?」
「盗賊は狩るものでしょう?」
何を言っているの、という顔で素で返された。アッハイ。
丘の神官が辺境域によく出没するのはこの辺りも関係してるんだろうな。貴族と王族を避けたらそりゃ活動範囲は地方になるわ。
神官が自陣営にいたらカードとして強い。それは判る。死を回避できるという唯一無二の能力、どこだって欲しい。リスキル拷問技能だけでも頼りになる。私だけかも知れんが。
だからといってそこを主軸にして戦略考えられても困る。どうせ蘇生するんだから防具とかいらんじゃろ、ってなるよ絶対。人間だもの。武器もいらん。奴隷や平民拉致ってきて肉壁にする。それは神官いなくてもやるか。
なんとなく丘の神官の活動規範みたいなものが判った。丘の神官というかベルレ派閥の規範かもしれないけど。
「何の話だっけ」
「パテルナ様のお決めになることですので、わたくし達は見守ることしかできないということです」
それはそう。
「だがアレアは好きにするといい。アレアは神官ではない」
めずらしくシェルリがこういう話に入ってきたので驚いた。ベルレとグラディも驚いていた。
「私って神官見習いなんだっけ」
「ミニステルになりたいのか?」
首を傾げられた。……えっ、今までのことは何だったんだ。私、神官見習いとして鍛えられてるんだと思ってた!
……全然そんなことなかったらしい。ただ一緒に居るから教えてただけらしい。
お、おう……。
「冒険者になるんだろう?」
「そういやそんなこと言ってましたね……」
「ならないのか」
「なりたいけど」
えー、でもぉ、実質こうやって神官コミュニティにお世話になってるしー、なんかあちこちでミニステルって呼ばれるしー、神官はすごいなって思ってるしー、心構えっていうかー、市井にも普通の神官だっているしー、冒険者にも神官はいるんじゃないのかなー、みたいな最近のグダグダを交えてつらつらと話すと、
「まあ、興味の向くまま色々やってみればいい」
と、ベルレが総括した。
めんどくさくなったんだろ。いいけど。いーいーけーどー!
元気よくガラスを叩く雨音をBGMに、薄暗がりの部屋で私達はゆっくりとした時間を過ごした。
久々の一家団欒、前後編になってしまった




