挿話 薬師の娘Ⅱ
私は冒険者崩れの誘拐犯二人と共に旅をした。
「離宮に持っていく」という言葉を信じて。
逃げようとは思わなかった。目的のこともあるが、二人は恐ろしく強かった。
魔獣が跋扈する森の中を散歩のように歩き、襲い来る魔獣共を片手間に屠る。
首を落とした魔獣をぶら下げ、血抜きをしながら歩く。
そんなことをすれば血の臭いで更に魔獣を引き寄せてしまう。
本来なら狩ったその場で手早く始末し、土に埋めるか、内臓や肉の一部を盛って速やかに立ち去る。強い狩人を襲うより残置された屍肉の方が楽に食えるから、魔獣がそちらに集っている間に去るのだ。
だが二人にはそんな小細工は必要無かった。
襲ってくれば屠る。それだけ。
少女の名はマトカで、大男の方はボリドークだ。
別に名乗ってもらったわけではない。お互いを呼び合うのを聞いて知った。
私も名を聞かれていない。
しかし何か意図があったわけではなく、単に思い至らなかっただけだったようで、移動を始めてから三日後ぐらいに、
「そういえば、おめぇ何てぇんだ?」
「は?」
今夜の野営地で、焚き火の前で食事をしていた時のことだった。
食事といってもしょせんクルパンと水で、私は水を入れた椀の中に沈めたクルパンをぼんやり見つめていた。
「名前よ、名前。呼び名でいいわ」
言葉足らずの大男を補うように、少女が言い添えた。
短い付き合いではあるが、大男は見た目通りの粗野な質のようだが少女の方は一定の教育を受けた出自が感じられた。
「えっと……ラウリです」
「ふぅん。薬師らしい名前だね」
「なんでだよ?」
「あー、料理に使う葉っぱのことだからよ」
「料理ィ? 薬じゃねえじゃん」
「料理に使う葉っぱも薬の葉っぱも元は同じなんだよ!」
「そ、そうなんか」
勿論「ラウリ」は私の正式な名ではない。
だからマトカも「呼び名でいい」と言ったのだ。そして由来も正しく言い当てている。低俗に振る舞っているが、やはりある程度の教養がある。
「でさ、拉致っておいてなんだけど、あんたこのままでいいの?」
確かに、突然攫われたのにそのまま大人しく付いてくるのも、それはそれで気味が悪かろう。
「あー……探してる人が、いるんです。その、ちょっと普通では見つからなさそうな人なので、貴方達みたいな人と一緒の方が見つかるのかなって」
嘘である。
だがここで「離宮と聞いて!」と正直に言えるほどの信頼はない。
「オレらみてぇなやつ? バラトリコルスに用でもあるんか?」
「バラ……?」
「こんな子供がそんなの知るわけないじゃん。冒険者にでも用があんの?」
私とマトカなら子供と形容されるのは間違いなくマトカの方だ。
だが、子供だろうが老女だろうが、女と年齢の話をしてはいけないことぐらい世俗に疎い私でも知っている。
私は前半は聞き流し、後半だけに応じた。
「判りません。ただ、人に聞いて回ったりしてはいけない、と言われました」
「ふぅん。ま、いっか。じゃあ大人しく付いてくるなら、あんたにも得があるところに連れてってあげるよ」
「はい」
どのみち行く先のない身の上である。身の危険さえないのなら、この二人との旅路もまた経験の一つとして十分利があると思った。
◇ ◇ ◇
「ぶっ……べひゃひゃひゃはっ…っひー……ひひっ!」
とんでもなく奇怪で下品な笑い声を上げながら長椅子の上で転げ回っているマトカを、私とボリドークは同じ気持でうさんくさく見ていた。
森を抜けた私達は辺境の町へ入った。
そこで私は既にクルトゥーラ国内へ入っていることに気付いた。
ついに故国を出たわけだが、特に感慨はなかった。
マトカ達は冒険者向けの宿を選び、パルティリ用の部屋を取った。
大きな居間の左右に小さな小部屋が並んでおり、寝台一つでほぼ埋まる狭さではあるが独立した寝室となっている。
家族用だと単なる大部屋に寝台が複数並んでいるだけなので、他人同士の集団向けという構造に、なるほどと感心した。
その居間の中央には簡素な木製の大机と長椅子があった。
その長椅子に寝そべったマトカが、笑い過ぎて瀕死になっていた。
マトカの手には読み物新聞が握られており、どうやらそれを読んで笑っているらしい。
買い出しに行っていた私とボリドークは部屋に入るなりその有様を見て、唖然とした。だが眺めていてもしょうがない。私達はドアを閉め、マトカを避けて居間に入る。
黙って机に品物を並べ整理していると、唐突にマトカが跳ね起き、皺のついた新聞をボリドークに突き出した。
「読めよ! 笑い過ぎて死ぬぜ!」
「そんなんで死ぬかよォ。なんだよ、オレぁ長い文章読むのは好きじゃねえ」
言いつつもボリドークは新聞を受け取ると、素直に読み始めた。
その顔を見ていると、最初の方は真剣だったが、だんだんと渋い茶を飲んだように歪み始め、読み飛ばすように視線が泳ぎ、最後は「無」になって目を閉じた。
「……やべぇ……オレ初めてアイツが可哀想になった」
「ッんでだよ! クッソおもしれーだろ! ザマァ! ヒューのクソ野郎超ザマァ! 作者に金ブッ込んでくるぜぇ!」
マトカはそのまま部屋を飛び出して行った。呆然として見送る。
ボリドークは初めて目にする悲しそうな顔で荷物の整理に戻ったので、私は机に放り出されていた新聞を手に取り、読んだ。
…………いわゆる猥書だった。恐らく。
旅の冒険者が遺跡を発見し探索する、という冒険譚のような導入で、そこに巣くう盗賊団と戦闘になる。
しかし敗北し、捕らえられた冒険者は……なにがどうなっているのか描写が少なくて今ひとつ判らないが、そういう行為に及んでいるのだと思う。恐らく。
戦闘が続いているのかと思ったが、台詞の中に戦闘には無関係な身体部位の名称が出てくるので違うのだろう……。
しかし主人公の冒険者の名は「ヘーベルテック」だ。ヒューとは誰だろうか。
主人公の外見が妙に詳細に描写されていたので、もしかしたら参考にした人物がいるのかもしれない。
……まあ私には関係ない……。
新聞を丁寧に折り畳みマトカが使っている小部屋に投げ込んで、荷物の整理に戻った。
◇ ◇ ◇
それから私達は町に寄ったり村に寄ったりしつつも、主に街道ではなく道無き道を進んだ。当然、しょっちゅう魔物に襲われたが、二人は意に介さず羽虫を払うように討伐していく。ここまでくると襲ってくる魔物の方が愚かに思えてくる。
手持ちの食料が心許なくなってきた頃、私達は街道脇の小規模な集落へと着いた。
近くの農家が宿屋も兼ねている宿場町だ。
簡易ではあるが寝台が借りられ、水場でゆっくり体を洗ったり洗濯ができる。魔物避けの工夫がされているので野営よりずっとましである。その分、割高にはなるが便利だった。
マトカが集落の端に建つ一軒に向かい、古めかしい扉を叩く。
しばらくして恰幅のいい老婆が出てきた。
「ばばあ、久しぶり」
マトカが言うと、扉がバタンと閉められた。
「わー嘘ウソ! チャロお姉さまぁ!」
「お前じゃないよ、その連れのお嬢さんの為に入れてやるんだ」
再び開いた扉の隙間からマトカは素早く中に滑り込む。私は老婆に手招きされ、おずおずと中に入った。後に大きな体を縮めたボリドークが続く。
中は古びてはいても丁寧に掃除がされており、居心地のいい家だった。
チャロと呼ばれた老婆が暖炉からポットを下ろし、茶を煎れてくれた。
「とはいえ、随分久しぶりだねえ。生きてたんだね」
「まあね。ばばあこそ、まだここに居たんだ」
「いいところだよ。街道には常に新しい出会いがある」
老婆はうんうんと頷き、「毎日が楽しいさ」とくしゃりと笑った。
夕食はチャロの心づくしの料理を堪能し、久々の文化的な味に私は涙ぐんだ。
魔獣肉とクルパンを交互に腹に入れる日々が厭わしい。
もっとお食べ、弁当も作ってやるからね、とチャロに優しくされて更に目頭が熱くなった。
「まったく、こんなか弱いお嬢さんを連れ回してどこへ行こうってんだ」
「あー、離宮に連れて行こうと思ってさ」
「ハァ? なんだってまた」
老婆の気配が急に冷えた。和やかな食卓の空気がピリッとする。
「っげーよ! なんかしようってわけじゃねえよ! この女からアイツの薬煙草の臭いがしたんだよォ!」
「そうなんだよ! 娘っ子一人で旅してたしさ、なんか関わりがあるかもしんねえから保護したんだよ!」
ボリドークが慌ててまくし立て、マトカも続く。
保護された覚えはないが、まあ確かに普通の道連れとしてよくはしてもらっている。かも。
「ふーん……まァいいさね」
「そ、それで今、離宮に誰か来てる?」
マトカの問いに老婆はしばし考え込んだ。
「そうだねェ……今は誰もいないんじゃあないかねェ」
「っし! やった!」
「いいメシが食えるぜぇ!」
「あたしの飯に不満があるのかい?!」
「とんでもございません」
「とんでもございません」
チャロは大きく嘆息し、私に同情的な視線を向けた。
「あんたもイヤならイヤってぇ言うんだよ。このアホタレ共なんてババアがぶっ飛ばしてやるからね!」
「あ……ありがとうございます」
現状ではどうやら目的地に着けそうではあるし、扱いに不満もない。
このべらぼうに強い二人を「ぶっ飛ばす」ことが本当にできるかどうかは関係なく、その心遣いがありがたかった。
◇ ◇ ◇
――深夜。
ふと目が覚めて枕元の水を飲んでいると、人の話し声に気付いた。
しばし逡巡したが、聴覚の感度を上げる。
魔力による身体強化のひとつだ。
五感の精度を上げることは精密な調薬作業に必要だったので、子供の頃から母に鍛えられた。
どうやらマトカとチャロのようだった。
湯を注ぐ音、カップの音。
居間で茶を飲んでいるのだろうか。
「……アタシさあ、なんでばばあ達が庭師なんてやってんのか、なんかちょっと判った気がするよ」
「そうかい。……あたしはそんなご大層なつもりはねえんだけどねェ。ただ、やれることをやってる。そいつは誰のためでもねェ。あたしが、あたしの気が済むようにやってるだけさ」
「うん」
「だからお前も気が済むように生きりゃそれでいいさね」
「……と争うことになっても?」
「お前達がじゃれついたところでびくともしねえさ。この甘ったれが」
「ひでぇ」
忍び笑い。
まるで親子のような優しい気配だった。
「……南でヒューに会ったよ。あいつ、なんか大昔の資料探してるみたいだった」
「最近こっちに戻って来たらしいね」
「まじかよ。どっかのおっさんが遺跡の書庫の鍵を手に入れたとかいうの聞いたけど、それかな?」
「さあ……。あ、ヒューといえば」
何かガサガサと紙が擦れる音がした。
「これこれ」
「それぇ!! ばばあ読んだ?!」
「こりゃどう読んでもヒューベルテュスだよな」
「だよねえ!!」
バンバンと机を叩く音。
そして押し殺しつつもヒヒッと奇声に近い笑い声。
「まさかこんなやり口があるとは、ってアタシは感動したよ。思わず作者に追い金ブチ込みに行ったら第二弾、第三弾も構想中っていうじゃねえか。あのクソ男、いよいよ相当ヤバいのに恨みかったみたいでメシが美味いったらないぜ」
…………あの猥書がこんなところでも話題に。
私は聴覚を戻すと横になり、ふぅ、と息を吐いた。
寝よう。




