085 知恵熱と今度こそ訪問
話は少し戻って、アホ猫ことカピ太と空中追いかけっこをした日の夜のこと。
空を飛ぶ夢を見た。
夢の中で私はもっとフワッと飛んでた。
トランポリンみたいな大ジャンプからの空中浮遊だ。
あー、なるほど。
以前、足から<魔肢>出してどうすんだと思ってたけど、竹馬みたいな活用ができるのか。他人には空中を歩いているように見えるかな。
出が早ければロケットパンチならぬロケットキックができそうだけど、出が遅いからなあ。
うーん、でもフワフワして動きが遅すぎる。
遊んでるならいいけど、これじゃ獲物も追えないし逃げ切れない。
浮くという現象とは別に機動性が欲しい。
となると……一番シンプルなのはボードかなあ。
スノーボードとかサーフボードとか。ああいうやつ。
魔力で板を構築して、空中の魔力の波に乗るのだ! いいね!
スノボやサーフィンならやったことあるし、イメージが湧きやすい。
ふと遠くを見ると、空に黒い小山が浮いていた。
巨大な翼と角のある……神滅の獣、神獣様だ。
デッッッカ! いやまじでデッカ!
うはあ……巨大生物にもほどがある。
巨大生物って陸上(空だけど)だからまだスゲェ…で済むけど、海だったら海洋恐怖症でなくても心臓止まるわ。
ドラゴンもこれぐらいデカかったんだろうなあ。
人類よく生き残れたよね……。
神獣様は翼を大きく広げ、悠々と飛び去った。
魔力の翼もいいなあ。
でも機動性にイマイチ自信が持てない。
遊覧飛行をするなら飛行船に期待するし、自分だけならシャープに小回りが利く方法がいいな。
足元に魔力でボードを作る。
手に魔力で手袋や肉叩きを作る要領で、足裏から魔力を伸ばして広げていって、形はサーフボードで、サイズはスノボだ。よしよし、いい感じ。
ふっふっふっ。
私は勢いよく崖から飛び出し……アイキャンフラーイ!
「ぅわあああああ!」
叫び声と共に飛び起きた。何がフラーイだアホか私!
鼓動が激しく胸を打ち、落下の感触が足元から体中を駆け抜けぞわっとする。
「マスター、起きた」
「マスター、お加減はいかがですか」
自分がどこにいるのか一瞬判らなくて、周囲を見て、のぞき込むイルミカルタを見て、やっと自分の部屋のベッドだと把握した。
「おお……?」
すごく体が重い……喉がカラカラだ。風邪で寝込んで寝過ぎた時みたい。
ミカルタがストローみたいな棒を口の端に当ててくれた。もぞもぞと食いついて吸い上げると、薄い塩味に柑橘系の酸味と香りのある飲み物が流れてくる。飲み込む毎に全身に水分が染み渡っていく。
部屋から出ていったイルミカがリッカドンナを連れて戻ってきた。
「アレア様、お加減はいかがですか」
お加減……? 喉乾いて腹減った。
どうなってるの。
◇ ◇ ◇
「知恵熱」
「そうだ、知恵熱だ」
「熱ないけど」
「その分眠っていた」
診察に来てくれたシェルリと一緒にご飯を食べながら説明された。
バルコニーに椅子と焚き火台みたいなのを出して、肉を焼く。スパイスをたっぷりと擦り込み、厨房で丁寧に火入れしたジューシーな塊肉を仕上げにサッと炙って、大きなナイフで切り分け特製ソースをかけて食べる。最高か。
同じ塊肉を食べるので私が先に食べた後はシェルリも一緒に食べられる。
部屋ではリッカドンナ達がベッドシーツを取り替えたりと忙しくしていた。ありがとうございます。
私はあの大立ち回りでオーバーヒートしたらしい。
限界を超えて魔法を使いまくったそうだ。<魔肢>を最大数フル回転で同時稼働し続けたのがかなりキたみたい。ついでに身体強化っぽいこともしてたらしい。なにそれ全然実感がない。
魔力の泉がある人なら蓄えた魔力が空になった時点でガス欠して止まるけど、私は周囲の魔力を吸い込み続けるだけなので燃料はほぼ無限。
てっぺんでブン回し続けて先にシャーシとエンジンが逝った、みたいな?
アホ猫ブッ殺す! 以外の記憶がないもんな……もし身体強化できてたなら教官に褒めてもらえるんだけどなあ!
本来なら発熱するところがなんせ今の私はシェルリの子機状態なので回復魔法が自動発動する。なので発熱はせずに深く眠っていたんだそうだ。
丸二日寝てたってよ! そりゃ腹も減るわ。
「起きたら最適化が終わってるはずだから、前より魔法制御が上手くなっているはずだ。と、ベルレが言っていた」
「はえー」
レベルアップしたのかな。試してみようかと思ったけど、まだボンヤリしてて集中できないや。
外は暗いし、夜かなあ。よし、今晩よく寝て、明日試してみよう!
私達が食べ終わった頃、アホ猫が入ってきた。あれから私の部屋に住んでるそうだ。住むなよ。帰れ。
シェルリを見て飛び上がって驚き、私の足の下っていうか椅子の下に滑り込んで尻尾を丸めてガタガタ震える姿に脱力する。
それでいて部屋からは出ていかないので、ペットとしての胆力はあるのかもしれない。
で、なんやかんやで名前も付けて引き受けることにしたってわけだ。
「こいつちょっと鍛えてやらないといけないかなって思うんだけど」
「そうだな。元の群れからは離脱したことになるから、狩りを教えてやった方がいい」
教えなくてもできるはずなんだが。
シェルリが呟きながら椅子の下をチラッと見ると、ガタッと跳ねた。
しかし……フラナにいつ会いに行けばいいんだ。
もういっそフラナも誘って狩りに行こうか。
いやインドア派もしれないし、貴族らしいし、次期当主様らしいし、よく知らない相手といきなりアウトドア殺生なんて許してもらえないか。まずはお茶だよね。
食べるだけ食べて、トイレに行って、部屋付きのお風呂で軽く洗ってもらって、着替えて、就寝した。
おやすみなさい。
――そして私は再度、丸二日眠ったらしい。
うおおお……。
念の為それから三日ほど部屋で安静に過ごした。
あんまり頭使っちゃいけないっていうから、しょうがないので借りてきた本をイルミカルタに朗読してもらった。
魔動人形の「声」は長く喋ると聞き苦しいと言われてるそうだけど、前の世界で読み上げ動画観まくってた私は今更気にならない。なんなら歌も楽しく聞ける。
小説の登場人物を配役してキャラになり切って読んでもらったり、先に内容を読み込んでもらって、会話劇に直してもらったり。
「見るのだこのどこまでも続く麦畑を誰が収穫すると思っているんだ」
「そこでこの収穫機。すごい。早い」
「ただし魔石で動く」
「そこでこの収穫機。すごい。早い。高い」
お役立ち魔動具ピックアップみたいな本がテレビショッピングになってて笑った。
きっちり回復したし、よーし今度こそフラナに会いにいくぞー。
◇ ◇ ◇
「こんにちはー」
噴水広場の前の、フラナが入っていった店にやっとご訪問できた。
突撃訪問するつもりが私がダラダラと寝込んでしまったので、さすがにその間にソルジェンテがアポ取ってくれた。
ついでに例のワンピースも洗濯と染み抜きを綺麗に仕上げてくれたので着てきたよ。初志貫徹だ。
お店の中はバーカウンターとテーブルがあり、パブみたいだった。
カウンターの向こうには色んなものが入った瓶が並んでいる。何屋さんなんだろう。
「ようこそお越しくださいました」
前に見た気弱そうな紳士が出迎えてくれる。
店の奥の衝立の向こうからフラナがひょこっと顔を出し、手を振った。
リッカドンナとイルミカは店の入り口付近のテーブルで待機、私はミカルタだけ連れて奥へ進む。
案内されたテーブルには既に色んなお菓子が並べられており、お茶会セッティングだった。
席に着くと紳士がお茶の用意をしてくれた。
これが信用ならない相手との席だとお茶もお菓子も持参するんだって。そんなんだったらいっそ飲み食いしなければいいのでは、と思ったら「最高に香り高い茶葉や高級菓子、流行菓子で相手を威嚇するのです」とのこと。
この世界、ふんわりと全てにおいて戦闘意識高い……。
紳士が淹れてくれたお茶を、ミカルタが受け取って私の前に置く。この間にミカルタはお茶のチェックを済ませる。センサー系強化型のミカルタの練習なのだ。ちなみに人間の従者の場合、普通に毒見するって。ひえっ。
お茶も配られて、私とフラナは向き合った。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
……いやなんか喋れよ。
なんか用事があったから声掛けたのでは? 単に話してみたかっただけだとしても、ホストはフラナで私はゲストなんだが……。




