084 猫との戦い
やたらと襲ってくるアホ猫こと大雪猫の子猫だけど、仔猫といってもそのサイズは既に大型犬ぐらいある。
被毛がモッフリしてる分の嵩増しはあるんだろうけど、足はぶっといので普通に大型種なんだろうな。
成獣の大雪猫は遠目に見たことがあるんだけど、近寄るとパッと逃げる。
アホ猫だけだよ、逃げるどころか襲ってくるのは。
人間を襲うと毛皮にされるって群れから教わってない哀れな孤児ではあるのだけど、的にされる私は微妙に鬱陶しい。
まあ爪を立てたり牙を当てたりはせず、体当たりや肉球によるストンプ攻撃にとどまっているし、私も遠慮なくやり返しているので、ほどよいじゃれ合いの範疇に収まっていた。
しかし、あの白丸クソバカアホ猫はついにやらかしたのだ。
◇ ◇ ◇
市場に行った次の日、私はさっそくフラナを訪ねていくことにした。
アポなぞとらん。ガキの特権「フーラーナーちゃーん! あーそーぼー!」でゴリ押す。
ダメならそのまま市場の散策をするのでどちらでもいい。
実は昨日新しい服をもらったので、それを着ていくことにした。
市場で袖の刺繡を見せに行った服飾店がお礼にとワンピースを一着くれたのだ。
最初はご遠慮したよ。そりゃ離宮では衣食住全て賄ってもらってるけど、これは全部ベルレのおごりだと思うので、出世払いのつもりだ。
でもお店は違うかなあって。何か取引するわけでもないし、刺繍したのはシェルリだし。
他の店で試食としてもらったお菓子類とは値段が違うでしょ。たぶん。
……と思っていたけど、リッカドンナに「さきほどの茶葉店でお受け取りになりました茶葉の方が高価です」と囁かれ呻いた。そんなん判るかーい。
新作デザインだそうなので、一応お試しには違いない。
ありがたく受け取って、せめて着用して歩き回ろうと思った次第。
シンプルな膝丈ワンピだけど袖やスカート部にたっぷり布を使っていて、ふんわりと広がってとても動きやすい。接ぎ合わせや縫い方に工夫があるのだろう。
やや厚みがある丈夫な生地なのに軽く、真っ白だ。輝く白。スゲー。
この世界、鮮やかな色彩はもちろんのこと、鮮やかな白も特別な、要するに金のかかった色だ。こんな真っ白の服を着て町中は歩けない。離宮だけの贅沢だ。
私は天翼宮のデッキで風をはらんで膨らむスカート部を堪能していた。
リッカドンナがご昼食はここにいたしましょう、と言って厨房へ向かい、イルミカルタがテーブルセットを取りに使用人通路へと消える。
市場で食べてもよかったんだけど、今日は貸切じゃないので様子見。
一人でくるくる回ってると、背中をドスン、と叩かれた。
またかよクソ猫。
私はシッポで背後を薙ぎ払ったが、やっぱ出が遅かった。アホ猫はとっくにデッキの端に逃れている。
そしてふと気づいた。
――デッキの床に点々と続く肉球跡に。
は? お前、足濡れてたの? ……えっ、じゃあ。
私は背に腕を回して探ると、指先に濡れた感触があった。
恐る恐る腕を戻して、指先を見る。
……そこにはべっとりとした、泥が。黒い泥が。ドロが。
私はクソ猫を見た。
クソ猫はニヤリと笑った。ような気がする。
私の妄想なんだけど。おそらく。
「こんクソがあああああアアアアーーーーー!!!!」
「ビャッ、ビャアアアア!」
クソ猫が開口部から飛び出し、逃走する。
私も飛び出した。
許さん! 絶対にだ!!
クソ猫は離宮外壁の凸部やバルコニー、庇なんかを巧みに足場にして逃げていく。
私も<魔肢>で掴めそうなところを掴んで追っていく。
完全に空中落下してるんだけど、頭にきていた私はそんなこと吹き飛んでいて、ただただクソ猫の後を追った。
クソ猫が振り向いてビクッとする。
アホめが、調子に乗りやがって! 人間が飛ばないとでも思ったか!
考えるより先にルートを決めて、離宮の外壁や隙間を掻い潜りクソ猫と私が飛ぶように進む。
<魔肢>で掴んで体を引き寄せたり、ゴムのような動きもやっていた。
全然考えてない。考えるより先に体が動いて空中を移動していく。
頭の中はあのクソバカアホ猫をしばき倒すことだけで他は吹き飛んでいた。
クソ猫はたくみに足場を蹴って立体的に逃げていく。
落下だけでなく駆け上がったり、急な横移動や、開口部から中に入って離宮内を駆け抜けたり。
だが私の<魔肢>は二本あるし触手ならもっとあるしシッポもあるし本体の四肢もある。
足の数では負けてねェんだわ!
「は? アレア様?」
誰かの声が聞こえたけど瞬く間に後方へ消える。
私とクソ猫は嵐のように離宮を駆け抜け、建物と建物の間を飛び、落下し、駆け上がり――そして、ついにクソ猫がルートをミスった。
クソ猫が飛び出した先で足場にしようとした木の枝は想定より脆く、クソ猫の蹴りを受け止められずにへし折れる。
十分な飛距離を稼げなかったクソ猫が落ちる先は――露天風呂エリアだ。
アワアワと手足をばたつかせ空中を落ちていくクソ猫を、大きく広げた<魔肢>の手のひらで掬い取るように捕まえる。力任せに一番大きな風呂に引き寄せ、私も触手を全開で水面へと伸ばし、クッションにした。
ザッパーンと絵に描いたような水飛沫が高く上がり、さすがに踵、尻、背中と順に衝撃としびれと痛みが来て、それから霧散した。
「ぶはっ」
湯の中から飛び上がって脱出し、せき込む。鼻がツンとした。
首を振って水気をはらい、髪をかき上げて視界を確保しながら周囲を見回す。
クソ猫! いた!
「てンめェ!! 判ってんだろうなアァアアア!!」
私は自身の手でクソ猫の首根っこを掴んで引き上げると、ざぶざぶと湯をかき分け、陸に上がった。
クソ猫をぺいっと投げ捨て、顔を寄せて「アアアアア!!」と叫びながら凄むと、クソ猫も「ビャアアアア!」と子供が泣き出すように鳴いた。
見ればすっかり腰が抜けている。
「泣くほど怖いならすんな!」
「ビャアアア!」
ギャアギャアと人語以外で叫び合う私達に、横からリッカドンナがふわふわの布を被せて頭を拭いてくれて、そこでやっと私は周囲に気付いた。
いつの間にか風呂エリアには使用人が集まっていた。グラディが腰に手を当て、微笑ましいものでも見たって顔をしている。落下の瞬間に痛みが消えたのはどうやら治癒してもらったみたい。
辺りは豪快に水浸しで、私もクソ猫もぐっちゃぐちゃだ。
クソ猫お前ちびってるだろ。うわー、掃除めっちゃ大変じゃん。
ごめんなさいいいいいん。
「たいへん面白かったですわ!」
教官にはお褒めいただいた。使用人軍団も何故かパチパチと拍手をする。
私は天翼宮の方を見上げて、スッゲエ高さを落ちてきたな! と今更ながらにびびって尻餅をついた。
◇ ◇ ◇
暴れたことを謝り、後は使用人達にお任せして、私とクソ猫はついでに丸洗いされてからトボトボと部屋へ戻った。
ワンピースは幸いどこにもひっかけなかったようで、破れたりはしなかったが、ずぶ濡れだ。洗ってくれるって言ってたけど、生地の風合いとか変わっちゃったら申し訳ない。着てるとこまだ一回も見せてないのに。
アホ猫はべそかいた小僧みたいに垂れ耳でヴューヴュー鳴きながらついてくる。その様がまるで「叱られた弟」って感じで、なんか毒気を抜かれた。
「もういいよ。次やったらお前でコート作るからな」
「ビャアアア」
あちこちの階段を上って上がって、やっと部屋に付く。
階段も分割してそれぞれ趣向が凝らしてあるから楽しく上れるだけで、山頂の神社みたいに一直線だったらもう使用人棟でキャンプしてた。石柱リフト付けようぜ。
部屋に戻ってフカフカ絨毯に大の字に転がる。あー、疲れた。
アホ猫も一緒に転がる。なんだよ図々しいヤツだな。
だがその一件が転機となったのか知らんが、アホ猫は私の舎弟になったらしい。
違うか、私をボスとした群れに加わったつもりらしい。シェルリ談。
総勢一頭じゃねえか!
なんだこの既視感のある流れは……。
まあペットだと思えばいいか……いいのか?
ちなみにシェルリが来た時、アホ猫は尻尾を丸めて私の足の間に蹲ってガタガタ震えていた。君は魔獣なの?
「餌は自分で狩れよ」
「ビャー」
まー多少は援助してやらんでもない。
「名前は付けないのか?」
シェルリに問われて、確かにアホ猫は私を判別できるだろうけど、私はコイツが成長したら見分けられないかもと思った。
「じゃー……キューミュラニンバスカピレイタス」
「……なんて?」
「ヴューヴヴンンアアアィー」
アホ猫無理すんな。てか私達の会話理解してるんだ。
想像以上に知能が高いのかもしれん。
「すっごい盛り上がった雲の、更に盛り上がって毛が生えてるみたいになってる雲のこと」
多毛雲のことだ。真っ白でフサフサだし。
シェルリは私が本で仕入れた知識と思ったみたい。その通りです。読んだ世界は違うけれど。
さすがに言いにくいので略称としてカピ太にした。「太」は私だけが判るニュアンスだ。
こうして私の部屋にペット枠でアホ猫ことカピ太が加わった。
イルミカルタに序列を賭けて挑戦してたけどあっさり負けてた。大丈夫なのこの猫。
どっかで鍛えてやらないとダメかなあ。こんなの町中に連れていけないから、私が離宮を出る時は置いていくぞ。この山で一人前になってくれないと困る。
私もそろそろ野外訓練? したいし。
近所で狩りとか出来るかなあ。
本編通し番号は84ですが、システム上では100話目になります。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
よろしければ引き続き応援よろしくお願いします。




