第2話 好きなあの子とパーティ
杉原希夢は、栗橋梨菜に恋していた。
終業式の日。ホームルーム後に、希夢は梨菜にダンジョンへ行くことに決めたと告げた。
「ホントに!? やったー!」
梨菜は希夢の両手を取り、笑顔でぶんぶんと上下に振った。
「ありがとう、杉原。じゃあ、さっそく今日ダンジョンに行こう。14時にダンジョン前の待合所集合ね。よろしく~」
「ちょ、ちょっと! 準備するものとか教えてよ!」
「手ぶらでいいよん♪ じゃ、まったね~。待ってよココネ~」
例によって梨菜は、希夢に質問の余地も与えずに一方的に言いたいことを押し付けると、自分はクラスの女子と教室を出ていった。
「ダンジョンに行くことになったようですなぁ」
梨菜が去った後、守人がやってくる。
「今日さっそく行くんだってさ」
「聞こえてましたぞ」
あんな大声で言ってるのだから、聞こえて当然だった。
「帰るか」
「下のコンビニまで一緒に行きましょうぞ」
学校を出て山を下りた先にコンビニ「セーブオン余里地神山店」で昼食を買う。
プライベートブランドもないローカルコンビニで品ぞろえも平凡だが、学校に最も近いコンビニということで宇伊逗高校に通う学生の利用率は高い。
「学校の近くにアパートがある人はいいですな」
「好きで一人暮らししてるわけじゃないよ」
「まあ、いろいろ複雑なのは分かってるわけですが」
希夢のアパートはここから徒歩5分のところにある。守人は20分かけて最寄りの余里駅まで歩いていかないとならない。自転車通学が多い中、守人は食べた分だけ消費しないといけないからと、徒歩通学を選んでいるそうだ。
「学校の近くにアパート借りてくれたのは、親の最後の優しさって気がしてる」
「なんでも、前向きにとらえるのが吉ですぞ。ダンジョンにも近いわけだし、今となっては好都合じゃないですか」
守人は立ったままツナマヨのおにぎりをかじっている。
ボテッとした体つきを見てのとおり、守人は大食漢だった。手提げ袋の中にはまだおにぎりが4つも入ってた。さらに家でも昼食を食べるのだろう。まるで運動部並の食欲だ。
「それにしても、簡単にダンジョン行きを決めましたな。やはり、恋の力ですかな?」
「なんだそれ。恥ずかしい」
「でも、悪くないのでは。単純接触の繰り返しは、互いの絆を深めるものですぞ」
「まぁ……。実際俺は、それで彼女が好きになったわけだしな……」
隣の席に美少女が座っているというインパクトは、思った以上に大きい。
しかも相手の距離感がバグっているのだから、思春期の男子としては、陰キャだからとはいえ気にならないわけがないのだ。
「それなら、彼女も一緒でしょう。杉原氏は顔もいいし、少し垢抜ければ女子からの人気もあがりそうですが」
「よしてくれよ」
梨菜にも同じことを言われたが、希夢は顔にもコンプレックスがあるので、顔がいいと言われてもからかわれてるようにしか思えない。
「背も低いし、簡単にモテるなんて思ってないよ」
なんにせよ、コンプレックスの多い希夢だった。
「とにかく、このチャンスにはかけてみるよ」
「夏休みの間に交際できるよう、健闘を祈ってますぞ」
飲みかけてたペットボトルの蓋を締める。守人はおにぎりの包み紙をゴミ箱に捨てた。
「では、次の登校日に」
守人が手を振りながら去っていく。希夢もアパートに足を向けて歩きだした。
アパートに戻り、意味なさげな英単語がプリントされた黒地のTシャツとジーパンに着替える。どちらも着古した、汚れてもまあいいや、な服装だ。
いくら手ぶらでこいと言われても、制服で行くのは気が引ける。汚れるだろうし、洗濯が楽な服で行った方がいい。
昼食はセーブオンで買ったエビピラフだ。安いわりには量もあって美味しいので気に入っている。
ピラフを食べ終わった後は、スマホでAIアプリを開いてダンジョン周辺を調べる。
地神山ダンジョンへは、学校の前の道をひたすら登ることで辿りつく。
一本道の両脇には、山の温泉街よろしくダンジョンへの挑戦者を目当てにした「ダンジョン街」と呼ばれる商店街が作られていた。
ダンジョン街は、世界ダンジョン協会がダンジョンで獲れる希少物質「チザンナイト」を換金する施設(換金所)と、地神山の地権者、 宗田都礼夫がダンジョン需要を見込んでホテル「挑戦者の宿」を建て、店舗や施設の誘致を始めたことで形成された。
ダンジョン街の主な店舗、施設は次のとおり。
・ダンジョンに挑戦する者たちが集まるファミレス「ギルガメッシュダンジョン前店」
・ダンジョンで発見されたアイテムを売買する質屋「ぼったくり屋ダンジョン街店」
・ダンジョンで怪我を負った人を治療する「関東滋音会病院」
他にも地元の人が経営する飲み屋やバーなど、挑戦者の懐をあてにした店舗が並んでる。昼よりも夜の方がにぎやかというのも、温泉街っぽさがあった。
梨菜が言ってた待合所は登り道の終わり、ダンジョンの入口の側にあるそうだ。
13時40分。約束の20分前に待合所に着いた。
待合所は小さな道の駅みたいな建物だ。全面ガラス張りで開放感がある。
中には持ち込んだ飲食物を食べられるスペースのほか、お菓子やパンなどが買える小さな売店もある。裏の窓の向こうには、そこそこ広い駐車場が見える。
待合所の前はバスロータリーになっており、ちょうど余里駅からの直通便が到着したところだった。
余里駅はJR八高線、東武東上線、秩父鉄道秩父本線の接続駅であり、都内や県北東部からのアクセスがそれなりにいい。
そのため、電車とバスでやってくる挑戦者も多いそうだ(AI情報)。
バスの中からぞろぞろと挑戦者が下車する。みんなカジュアルな恰好で、これからダンジョンに挑む人間とは思えない(それはTシャツジーンズの希夢も一緒だが)。
挑戦者たちが待合室に入ると、スキルとか、クラスとか、ゲームでしか聞かないような用語が飛び交いはじめた。
なんのことかさっぱり分からないし、この人たちがなにをしているのかも分からない。
「即席パーティのマッチングをしてるのよ」
背後から女性の声をかけられる。
振り向けば、梨菜と三人の男性が立っていた。
「え、どういうこと?」
(二人きりじゃないの!?)
希夢は梨菜と一緒にいるメンズを見て動揺してしまった。
「どういうこともなにも、彼らは私の固定パーティメンなんだけど?」
固定パーティ。また分からない用語が出てきた。
「いつも一緒にダンジョンに挑む仲間ってことだよ」
バスに乗って入ってきた挑戦者たちは、待合所でダンジョン攻略のメンバーを見つけ、その場でパーティを組む。対して梨菜たち固定パーティは、いつも同じメンツでダンジョンに挑む、ということらしい。
(梨菜と二人……というわけじゃなかったのか。なら、最初からそう言ってほしかった)
こんな話だったら断っていたかもしれない。ひたすら残念な気持ちに襲われた。
それに……梨菜がすでにダンジョンに入ってたという話も初耳だった。
「紹介するね。今日から新しくうちのパーティに入る杉原だよ!」
希夢はおずおずと頭を下げる。
三人の男のうち、一人はクラスメイトの北本だった。
彼がダンジョンに挑んでいるのは噂で知っていたが、まさか梨菜と一緒だとは思わなかった。
「なあ、りなっち。こいつ大丈夫なん?」
挨拶なんて不要とばかりに、北本は明らかに不機嫌そうな声を出す。
「だってさ、他にダンジョン行ってくれそうな人、いなかったんだもん」
そんな理由で誘われたのか。
二人きりだと思って期待していたのがパーティで、しかも誘われたりゆうがこれだ。希夢のモチベーションはだだ下がりだった。
「それに杉原なら大丈夫だよ、ね?」
そんな希夢の内心を知ってか知らずか、梨菜はニコッと笑いかける。
「そうだぞ北本。彼には可能性がある。最初からダメなヤツと決めてかかるのは良くないな」
同じく宇伊逗高校の制服を着た、赤いネクタイを締めた大柄な男が、ニカッと豪快な笑顔を見せた。赤ネクタイということは、三年生か。
「我が猫の手旅団へようこそ。俺はリーダーの久喜猛流。クラスはパラディンだ。よろしくな」
猛流が右手を差し出す。握手すると、分厚い手で握り返された。
「俺は鷲宮神威。クラスはヒーラーさ。よろしく、杉原君」
緑のバケットハットをかぶりアロハシャツを着た、ひょろっとした背丈の高い男も手を差し出してきた。
北本も長身なので、梨菜と変わらない身長しかない希夢からすると、全員を見上げるかたちになってしまった。
「まずはダンジョンに入って、杉原君のクラスを見てみようじゃないか」
猛流が告げる。
「クラスってなんですか?」
さっきから、気になっていた用語だ。
「その人がダンジョンの中で活動するための役割だよ。ゲームで言うところのジョブだな。だけど、世界ダンジョン協会がクラスと定義しているから、みんなクラスと呼んでいるのさ」
神威が解説してくれる。
「ゲームと違って、一度決められたクラスは変えられない。クラスは初めてダンジョンに入った時に決定するんだよ」
「ちなみに私のクラスはファイターで、北本のクラスはランサーだよ」
梨菜が自分と北本を指さす。
「つまりこのパーティは、タンクの俺、メレーの栗橋、中衛の北本、ヒーラーの神威さんっていう構成なんだ。そこに君がどのクラスになるかで、我が猫の手旅団のバランスが決まってくるってわけさ」
猛流は希夢の背中をドンと叩く。
「どうせ、ろくなクラスじゃないッスよ。こんな陰キャ」
北本が悪びれることなく言い捨て、またしても猛流にたしなめられた。
「もしかしたらレアクラスかも知れないよ。ね、杉原」
梨菜の笑顔。
「さて、時間になったし、ダンジョンに入ろうか」
猛流の後について、パーティメンバーが待合所を出ていく。
「初陣だね。杉原♪」
梨菜は、お得意のウィンクをした。希夢はぎこちなく笑い返した。
(つづく)




