7.茶会という名の情報源
社交界デビューを果たすと、茶会や夜会への招待が爆発的に増える。けれどその全てに出席するわけではなく、学院生活の傍らで出席しやすいもの、出席すべきものに出席する。その判断は両親を交えたり友人と相談したり、様々だ。
元々はそれほど社交に力を入れるつもりではなかったけれど、エドワード様という気になる存在に出会ってしまったことから、少しだけ社交会への参加を増やすことにした。とはいえ異性も参加している会ばかりでなく、時には女性だけの茶会にもしっかり参加する。
今日参加しているのはまさしくそういった茶会で、女性だけが集まる会特有の噂話があちらこちらから聞こえてきていた。
これはマーガレットからの入れ知恵の一つだ。縁談相手を探す令嬢は、出会いを求めて異性が多く出席する社交会への出席に偏りがちだ。だけど、そうすると他の令嬢からは「男漁り」をしているように見えてしまう。それはあながち間違いではないけれど、社交界で女性たちから顰蹙を買ってしまうとあらゆる点で支障が出る。より良い縁談を勝ち取る為には、女性たちとの交流も重要なのだそうだ。そして、女性だけの交流の場では、多くの情報が入ってくるという利点もあるらしい。
今日の茶会には頼れるアドバイザーであるマーガレットも出席している。これほど心強いことはないと思いながら、目の前に供された紅茶に手を伸ばした。
世界が変われど女性が集まると自然と話題は恋バナになるという摂理は変わらない。まして適齢期の女性たちの集まりである。どこの子息が狙い目だとか優良物件だとか、茶会のテーブル越しにそういった話題が飛び交っていた。
「身分も見た目も申し分ないのは、やはりアイザック・レイハート侯爵令息が筆頭ですわよね」
「でもレイハート侯爵家は代々他の侯爵家から妻を娶っていらっしゃるから、アイザック様のお相手も侯爵家のご令嬢が有力なのではないかしら」
「ずっと侯爵家との縁談が続いているから、そろそろ伯爵位以下の家との縁談の可能性だってあるのではなくて?」
現在話題に上っているのは、歴史ある侯爵家の嫡男であるアイザック・レイハート侯爵令息だった。
アイザック・レイハート。その名前に聞き覚えがある気がして、わたしは記憶を探ってみた。確か、兄が何年か前に紹介してくれた人だ。
兄は寄宿学校の休暇中、時折友人を何名かカントリーハウスに招いていた。
寄宿学校の友人同士でそれぞれのカントリーハウスを訪れることは珍しいことではなく、兄もまた親しい友人を何名か招いたらしかった。その頃カントリーハウスを居住地としていたわたしに兄が紹介してくれた友人の一人が、アイザック・レイハート侯爵令息だったはずだ。
当時わたしは十歳かそこらのまだまだ子供だった。
兄にアイザック様を紹介された時、とても驚いたのを覚えている。子爵家の息子でしかない兄が歴史ある侯爵家の嫡男と友人関係を築いている、ということに。確かに交友関係の広い兄ではあるけれど、まさか侯爵令息をカントリーハウスに招けるほど親しくしているとは思わなかった。
そしてもう一つ、とても驚いた要因の一つが、アイザック様の容姿だった。
アイザック様はこの国では珍しく、ブルネットの髪と焦げ茶色の瞳をしていた。前世でよく見た黒ほどではないものの、黒に近いその色はわたしにとってとても親しみ深い色だった。
否応なく目が向いてしまうその色に、言いようのない懐かしさと寂しさが湧いた。だってわたしが会いたいと願うその色を持つ人はこの人ではない、と強く強く突きつけられてしまったから。
その後どういう会話をしたのかあまり覚えていないけれど、アイザック様に会ったのはその一度きりだったのは確かだ。
兄とはその後も交流があるのかもしれないけれど、わたしとは全く交流はない。令嬢たちの話から未婚であることはわかった。そしてやはり、その家柄から優良物件だと思われているようだ。
そんなふうに遠い日の記憶に思いを馳せているわたしの耳に飛び込んできたのは、茶会参加者の令嬢の鈴が鳴るような声だった。
「有望株と言えば、私はエドワード・フォード伯爵令息も捨てがたいと思いますわ」
エドワード・フォード伯爵令息。
思いがけず聞こえてきた名前に、反射のように息を詰めた。
ティーカップに伸ばしていた指先が動揺に揺れ、磨かれた爪がカツンとカップに当たる。音は小さく周りの令嬢の耳に届くことはなかったけれど、マナーを失する行為に自分自身で驚き、慌てて手を引っ込めた。
新たな話題で盛り上がる令嬢たちの言葉を逃すまいと耳に神経を集中させる。
「内務長官のフォード伯爵のご子息ね。確かに彼も優良物件だわ。フォード伯爵はいずれ宰相補佐になるのではと期待されていらっしゃるし、ご子息のエドワード様もとても優秀だとか。将来性を見ても有望よね」
「年齢も、確か二十二歳ではなかったかしら。丁度良い年齢ですわね。それに容姿もとても整っていらっしゃるし、ぜひお近づきになりたい方ですわ」
「エドワード様はまだ婚約者がいらっしゃらないのよね。なんでもフォード伯爵が良いお相手を吟味してらっしゃるそうよ。フォード伯爵にとっては遅くにできた大事な一人息子ということで、とても期待されていらっしゃると聞いたことがあるわ」
「エドワード様ご自身はあまり女性への関心がないらしいわ。女性に対してとても紳士的でいらっしゃるそうだけれど、どこか一線を引かれているとか。フォード伯爵が結婚相手を決めることを見越して、あまりスキャンダルにならないようにしていらっしゃるのかもしれないわね」
「そうなのね。じゃあ私たちがお近づきになるのは難しいのかしら」
きゃあきゃあと盛り上がる令嬢たちからもたらされる情報は、兄からの情報とはまた違った角度のものだった。特に婚約者に関する話は、女性の情報網ならではの情報であると言えるだろう。
令嬢たちから見たエドワード様はやはり優良物件であるらしい。家柄、容姿、実力。全てが不足なく揃っている。まさに理想的な男性であることは間違いなかった。
令嬢たちからのエドワード様への評価は間違いないと思う。けれど、エドワード様とお近づきになりたいと考えている令嬢が案外たくさんいるらしいことに、胸が重くなる。ましてエドワード様自身は女性との間に一線を引いているらしいなんて情報も入ってきたものだから、ますます気分は落ち込んだ。
複雑に波立つ心を落ち着ける為に、一度引っ込めた手を再び伸ばしてお茶を口に運ぶ。ぬるくなったお茶はすとんと胃に落ちて、ほんの少しだけ揺らいだ心をなだめてくれた。
沈黙しているわたしを怪訝に思ったのか、マーガレットがひっそりと顔を寄せて「どうしたの?」と訊ねてきた。慌てて首を振る。
「いえ、なんでもないの」
「そう? なんだか顔が強張っているけれど」
「こういうお茶会には慣れていないからかしら」
「確かに慣れていないとこういう空気はちょっと居心地が悪くなってしまうかもしれないわね。でも、たくさんの情報が入ってくるからとても役に立つのよ」
言いながらマーガレットがそっとお茶請けのクッキーを差し出してくる。その心遣いを温かく思いながら、ありがたく受け取った。
「そういえば、今話題になっていたエドワード様って、セラフィナのお兄様と同年代の方ではない? もしかして親しいの?」
「――っ」
口の中でホロホロと崩れるクッキーを楽しんでいたところに核心をつくような質問が投げかけられ、思わずむせそうになる。マナー上失態を犯すわけにいかない為必死で堪え、お茶でぐびっと流し込んだ。
「ごめんなさい、大丈夫? そんなに驚くと思わなくて」
申し訳なさそうに言うマーガレットに涙目で首を振った。
「いえ、わたしこそごめんなさい。ええと、エドワード様と兄は友人らしいわ。でもわたしは一度少しご挨拶をしたことがあるだけで、親しいわけではないの」
「そうなのね。ねえ、どんな方だった?」
マーガレットは好奇心に瞳を煌めかせる。良い縁談相手を探す狩人のマーガレットであるから、優良物件と言われるエドワード様に興味を抱くのも当然かもしれない。そのことに少しだけ胸の痛みを覚え、少しだけ言葉に詰まる。
「そうね……不思議な方だったわ」
「不思議?」
「あ、ええと、わたしがそう感じただけで、エドワード様ご自身はとても紳士的な方だったと思うわ」
つい主観的な印象を述べてしまい、慌てて捕捉した。
いつもより不自然なわたしの様子が気になるのか、首を傾げてマーガレットがじっと見て来る。そして、にんまりと唇をつり上げた。
「後でいろいろ聞かせてもらうわね?」
ああ、逃げられない。
そう察したわたしは苦い思いを押し込めて「わかったわ」と頷いた。
マーガレットとこそこそ話している間に、いつのまにか令嬢たちの話題はまた別の男性へと移っていた。よくぞそこまでたくさんの情報を持っていると感心してしまうけれど、社交界というのはその方が自然なのかもしれない。
時折相槌を打ったり問われた質問に当たり障りなく答えたりして、女性だけのにぎやかな茶会は終了した。




