11.休暇の前
休暇前の女学院では、令嬢たちが休暇中の予定について盛り上がっている。仲の良い令嬢同士で互いの領地へ招待したり、王都に残る令嬢が同じく王都残留予定の令嬢を茶会に誘ったりと、休暇前特有の浮足立った空気で溢れていた。
休暇前最後の学院での授業を終えた放課後、わたしもマーガレットと休暇中の予定について話していた。
「領地から戻ってきたら連絡をちょうだい。お茶に誘うから、そこで近況報告会をしましょう」
「わかったわ。領地に滞在するのは二週間の予定だから、その後連絡するわね。マーガレットは今年はあまり領地には戻らないの?」
「ふふふ、今年は一週間だけ領地に戻る予定だけれど、それ意外は王都にいるつもりなの。ダン様と何度かお出かけの約束をしているのよ」
マーガレットの言うダン様というのは、ドルツ男爵の二男だ。マーガレットがとあるお茶会で出会ったというダン様は、現在マーガレットの縁談相手の最有力候補になっている。マーガレット自身、出会った瞬間から運命を感じたというわけではないらしいけれども、第一印象がとても良く、何度か交流するうちにダン様に恋心を抱くようになったらしい。
「ダン様とうまくいっているみたいね。次のお茶会が楽しみだわ」
「私はセラフィナの話も楽しみにしているのよ? ……エドワード様の縁談の噂は私も耳にしているけれど、まだ諦めるには早いと思うもの」
「……ありがとう」
わたしがエドワード様を気にしていることを知っているマーガレットにとっては、やはりエドワード様の縁談に関する噂は気になるところだろう。現在まことしやかに社交界で流れているエドワード様の縁談の噂は、そのお相手との関係性も相まってとても真実味を帯びていた。
それでも励ましてくれるマーガレットに、力なく微笑む。
貴族の縁談は必ずしも色恋で成り立つものではない。家同士の利害関係で成り立つことも多い。そうなったら子爵家のわたしではエドワード様の相手にはなりえない。
せめてもう一度話をしたかったけれど、その機会を得ることは難しいかもしれない。
表情に諦めが現れてしまっていたのか、マーガレットが気遣わしげな眼差しを向けてくる。せっかくの休暇前なのに鬱々としてしまったことを申し訳なく感じて、顔に力を入れて出来る限りの笑顔を作った。
「どちらにせよせっかくの休暇だもの、お互いに楽しみましょう。王都に戻ったら連絡するわね」
「セラフィナ……ええ、良い休暇を」
難しいかもしれないけれど、出来るだけ楽しい休暇にしようと心の中で小さく決意した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サロンや茶会といった女性だけの社交場があるように、男性だけの社交場も存在する。その中で一般的なものの一つとなっているのがクラブだ。
貴族男性が集うクラブでは、主にカードゲームやボードゲームに興じながら社交を行う。酒の提供も行われるが、トラブルに発展することはほとんどない。貴族の矜持故か、羽目を外すような飲み方をする者は少ないからだ。
フェリクスは休暇でカントリーハウスに赴く前の社交の一つとして、とあるクラブへとやってきた。手っ取り早く効率的な社交が可能な場として、フェリクスはしばしばこのクラブを利用している。
クラブにはフェリクスと同様に、休暇前の最後の交流の為にと少なくない貴族男性が集っていた。
フェリクスは見知った友人や知人に手を挙げながらクラブ内をさっと見回し、目当ての人物に目を留めた。
社交場でありながら周囲の人間と交流するでもなく憂い顔で果実酒を呷っているプラチナブロンドの青年。そこへ足を向けて、フェリクスは後ろから声を掛けた。
「やあ、君がそんな風にここで酒を飲んでいるなんて、珍しいね」
ぴくりと反応したプラチナブロンドがゆっくりと振り返り、フェリクスの姿を認めると、眉間に小さな皺が寄る。
「――フェリクス」
「何か嫌なことでもあったのかい、エドワード」
言いながらフェリクスはエドワードの横に並び、給仕係に果実酒を注文した。
「……別に何もないさ。休暇前の付き合いを一通り終えたから、一息ついているだけだ」
「フォード伯爵家の嫡男は大変だね」
フェリクスはサーブされた果実酒をありがとうと受け取り、少し口に含む。そして隣でわずかに不機嫌そうな表情をしている友人を盗み見た。
「エド、君、マーベル伯爵令嬢と婚約するのかい?」
最近社交界で噂になっている縁談。それは令嬢たちの間だけでなく、令息の間でも少しずつ広がっているものだった。
エドワードは眉間の皺を一層深くし、目を逸らした。
「……君には関係ないだろう」
「いやいや、つれないことを言わないでくれよ。友人が婚約するなら祝うのが筋というものだろう?」
「祝うつもりがあるのか?」
「それは状況によるね」
相変わらず飄々と肩を竦めて受け流すフェリクスに、エドワードは溜息を吐いた。
「わざわざそんな話をしに来たのか?」
「いいや、休暇中にうちのカントリーハウスに遊びに来ないかと思って誘いに来たんだよ」
一度逸らされたヘーゼルの瞳が再びフェリクスに刺さる。
「……また何か企んでいるのか」
「心外だなぁ。寄宿学校時代から何度か誘ったことがあっただろう? 結局都合が合わなくて一度も招くことはできなかったけれどね。今年はどうかと思って、もう一度誘ってみただけだよ。――まあ、カントリーハウスにはセラフィナもいるけれどね」
フェリクスの挑戦的な眼差しがエドワードに返される。エドワードはすっと表情を消した。
「なら、断る」
取りつく島もない拒絶。しかしフェリクスは気にした様子もなく、手元のグラスを再び傾けている。
「先日、ナターシャとセラフィナと一緒に夜会に出席したのだけれどね」
突然切り替わった話題に、エドワードは再度眉間に皺を寄せた。
「そこで、アイザック・レイハート侯爵令息がセラフィナをダンスに誘ったんだ」
「……それがどうしたんだ?」
「君、見ていただろう?」
「……」
先日フェリクスが婚約者と妹を伴って出席したあの夜会で、妹のセラフィナは気づかなかったようだったが、丁度セラフィナがアイザックにダンスを申し込まれたタイミングで会場にエドワードが入ってきていた。そうしてセラフィナとアイザックの姿を目に留めてエドワードが目を瞠っていたのを、フェリクスは確かに目にしたのだ。
普段だったらフェリクスは大事な妹にダンスを申し込む友人を相手の身分に関わらず平気で蹴散らす。それでもあの時そうしなかったのは、エドワードが見ていることに気づいたからだった。
フェリクスが勧めるままにセラフィナはアイザックの誘いを受け、慣れない異性とのダンスに必死になっていた。対して、婚約者であるナターシャとのダンスには慣れて余裕があるフェリクスは、ダンスの間も目敏くエドワードの様子を観察していたのだ。
「君の考えを否定する権利は私にはないと分かっているよ。けれど、その前にまずは一度きちんと向き合ってみても悪くはないのではないかと思っているんだ。君もセラフィナが気になっているのなら、まずはそこをきちんと整理してからでも遅くはないのではないかな」
あのダンスの間、エドワードは間違いなくずっとセラフィナを見ていた。いつものエドワードからは考えられない、焦がれるような顔で。
エドワードがセラフィナを気にしているのは確かだとフェリクスは確信している。そしてエドワードの性格や環境がその足止めをしていることも知っていた。
フェリクスは、できることならセラフィナにもエドワードにも幸せになってもらいたいと思っている。大切な妹と友人なのだから。その為にできることは全部やりたいと思っているのだ。
黙り込んでしまったエドワードに、フェリクスは口元だけの苦笑を浮かべた。フェリクスからのそんな言葉だけで行動が変わるなら、多分もっと話は簡単だった。しかしそうではないから、見ていてこんなにももどかしい。
「……休暇の前半は私もセラフィナも領地に滞在する予定だ。気が向いたらぜひ遊びに来てくれ。いつでも歓迎するよ」
反応を返さない友人にそう締めくくり、残った果実酒を飲み干すとフェリクスは颯爽とその場から離れた。




