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異世界愛の劇場〜とある王家の日常〜  作者: 悠木 源基


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第3章 後継者選び


「まさか私が産休の間にそのようなことがあったなんて、全く把握していませんでした。

 たとえどんな些細なことでもリシェル殿下に異変があったら報告するように言っておいたのに。

 おそらくチャールド殿下が口封じをしていらしたのでしょうが。

 マーシャル=コルトン卿が同性をお好きというのは全くのデタラメです。あの方は偏に初恋の女性を愛し続けているのですから」


 マデリンから聞かされた真実に、リシェルは喫驚した。そして涙をポロポロこぼした。


(彼が同性愛者ではなかったと分かっても、別に思う女性がいるなら、失恋は確定じゃないの。

 やっぱり諦めなくちゃいけないことに代わりはないのね)


 そんなリシェルを見ながらマデリンは珍しく大きなため息をつきながらこう呟いた。


「チャールド殿下のせいでキャスリィー様の計画が失敗するところだったわ」


「何? い、今なんて言ったの? お姉様の名前が聞こえたけれど」


 グズグズと涙声でリシェルが尋ねた。

 かつての主で、親友、そしてライバルでもあった元第一王女の依頼。いや、彼女の指令を完遂しなければならないとマデリンは覚悟を決めた。

 キャスリィーはこの国を誰よりも愛し、尽くし、この国の平安を願って隣国に嫁いで行ったのだから。


 本来なら、マデリンはその王女の計画をただ見守るだけの役目だった。それなのに、産休で一年離れているうちに、あの第一王子のせいで軌道がズレてしまっていたようだ。

 近ごろリシェルがマーシャルと関わらないようにしていたのは、単なる思春期のせいだと思っていたのにそうではなかった。このままでは計画が破綻してしまう。



「人の恋路に余計な口を挟むなんてあまり褒められたことではありません。

 しかし、このままではお二人の真摯な努力が無駄になってしまうので、お節介を焼かせていただきます。

 リシェル殿下は勘違いをされたようですが、コルトン卿の初恋のお相手というのは殿下のことなのですよ」


「えっ?」

 

 リシェルは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。 それさえ愛らしかったが。


「コルトン伯爵家は男ばかりの四兄弟。しかも母親似のマーシャル卿以外は、父親の近衛騎士団長に瓜二つの厳ついお子様ばかりでしょう?

 ですからリシェル殿下のことは子供のころから可愛いと思われていたそうですよ」


「つまり私を妹のように思っていたということでしょう?」


「最初はそうでしょう。五つも離れていれば。

 それがいつ恋愛感情に変わったかなんて、誰だってわからないと思いますよ。

 殿下は衝撃的なことがあったので、人を好きになった瞬間がはっきりしていらしたのです。その方が珍しいと思いますよ」


「そうなんだ……」


「そもそもマーシャル卿がチャールド殿下の側近というか、護衛のような役目を果たすようになったのは、リシェル殿下がお願いしたからですよ。

 覚えていらっしゃらないかもしれませんが」


「覚えています」


 リシェルはそう言った。そう。あれは彼女が七歳のころだった。

 両親である国王と王妃が兄のチャールドのことで悩んでいることを偶然に知ってしまった。


「自分の子供を他の子と比較するなんてとんでもないことだ。

 そう、してはいけないことなのだが、いかんせん私は国王だ。後継者に関して私情を挟んではいけない。

 それゆえにどうしても客観的に子供達を見てしまう。

 女性に王位継承権があれば間違いなくキャスリィーに与える。しかし現状ではそれができない。とはいえ、息子達では不安が残る。

 せめて近衛騎士団長の次男のような息子だったら、安心して王位を譲れるのだが」


 

 第二王子ハロルドはやる気なしのお気楽な性格なのでそもそも問題外。

 長男チャールドは悪い人間ではない。能力も特別問題はない。しかし、何事においても浅慮であり、物事を深く考えるような性質ではなかった。

 そのせいで幼いころから小さな失敗を繰り返していた。そんな頼りない王子を補佐してもらおうと、賢くてしっかり者のカンター公爵家の令嬢を彼の婚約者に据えたのだ。

 しかし、チャールドとは相性があまり良くなかった。このままでは婚約者が疲弊してしまう。

 姉である第一王女のキャスリィーが必死に公爵令嬢を支えていたが、いつまでも庇い立てができるわけではない。どうしたものか。


 国王は深いため息をついていた。



 リシェルは姉のキャスリィー王女のことが大好きだった。そして兄の婚約者であるカンター公爵家のクリスティナのことも慕っていた。

 だからこそ子供心にも、笑顔が次第に減っていくクリスティナを見ているのが辛くなって、兄を何とかしなくてはと思った。

 そこで父親が安心して王位を譲れると言っていた人物に、兄のお手本になってもらおうと考えたのだ。


「マーシャルさま、どうかダメダメなチャールドおにいさまをまともな人間にしてください。

 おにいさまがこのままだと、クリスティナさまから笑顔が消えてしまいます。

 私はあの方の笑顔が大好きなのです。

 ですからお願いします」


 両手を組み、真剣な顔をして願うリシェルのその姿があまりにも可愛く健気だったので、マーシャルはその場で断わることができなかった。

 そもそも、自分一人で返答できることでもなかったのだが。

 

 

 リシェルとマーシャルがそんなやり取りを交わしていたその当時、第一王女は十五歳。王立学園に入学した年だった。

 北の辺境伯令嬢だった祖母の血を引いて、真紅の鮮やかな髪と、王家特有のアイスブルーの瞳を持つキャスリィー王女は、華やかかつ氷のような鋭さを持つ美貌の王女だった。しかもすでに才媛だと評判が高かった。

 その上機知に富み、社交も得意だった。本来なら彼女が王位を継ぐのが一番だと、両親や周囲の者だけではなく本人もそう思っていた。

 そのため彼らは、男子のみが王位に就けると定めている王室典範を改正しようとしていたのだが、そう簡単にはいかなかった。

 そのせいで彼女は、幼少期に決まっていた隣国の王太子との婚約を白紙にすることはできずにいた。


 下の王子二人は性格には問題がなかった。ところが姉のような知恵や知識がないだけではなく、良識や向上心もあまりない子供だった。そこが大問題だった。

 王子達よりも、むしろ末の王女に良い婿を取って王位に就けた方がいいのではないか。彼女はまだ幼いが利発な上に努力家で、そして心優しい。

 リシェルが成人するまでにはまだ時間がある。諦めずに今後も法を改正するための努力を続けようと国王夫妻は決心した。


 もちろん王子達が良い方へ成長してくれたならばそれも良し。ということで、三人のうち誰が王位を継いでもいいようと、王家では子供達の教育にこれまで以上に力を入れることにした。

 そしてそれと並行して、王族を補佐してくれる優秀な側近を見つけなければと真剣に考え始めた。

 これまではどうしても、爵位が高くて歴史の古い家の子弟ばかりを選びがちだったからだ。

 そんなとき、リシェルが言ったのだ。 


「クリスティナさまの笑顔を守るためにチャールドお兄さまを立派な王子にしなければならないわ。だからマーシャルさまに王子の見本になって欲しいとお願いしたの」


 と。

 マロンクリームのような甘い茶色の髪に、紅茶色の瞳をした愛らしい末娘。

 その娘の話を聞いた国王と王妃、そしてキャスリィー第一王女はその瞬間に思った。

 もし王子達が国王に不適切だということになったら、リシェルを王妃にして彼に王配になってもらうのがいいのではないかと。


 チャールドよりマーシャルの方が王族として適任じゃないかと以前から考えていたからだ。

 そもそも大分前から国王はコルトン伯爵に向かって、次男マーシャルを第一王子の側近に迎えたい旨を伝えていた。

 しかし、本人にその気がないからと固辞されていたのだ。

 まさか十二歳の令息に王命を出すような真似はできないし、どうしたものかとちょうど考えあぐねていたところだったのだ。



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