第4章 姉の種まき
結局マーシャルは国王の依頼を受けた。それはリシェルから頼み事をされたからだったが、だからといってすぐに応じたわけではなかった。
あの第一王子をまともな人間にしてくれと言われても、まともな人間の定義が分からなかった。王子は別に悪い人間ではなかったからだ。
もちろん立派な王太子になれるように、という意味だとは分かっていた。
しかし、それを同じ年の、ただの臣下の息子に過ぎない自分が指南できるはずもない。
それでも最終的にその依頼を受けると決意をしたのは、第一王女からの説明があったからだ。
「貴方にチャールドの教育や指導をしてもらいたいわけではないのよ。それは教育係りや家族の役割だから。
もちろん、大きな間違いを犯しそうなときには止めて欲しいとは思うけれど。
私達が貴方に望んでいるのは、リシェルが言ったように、努力する姿、頑張る姿を見せて、あの子の目標になってもらいたい、ってことなの」
「それならば兄の方が適任ではないでしょうか?」
「お兄様はすでに完成しつつあって、目標としては高過ぎると思うのです」
「そう言われればそうですね。僕は兄を目標に精進していますが、チャールド殿下が望む方向性とは違うかもしれません」
コルトン伯爵の嫡男は、あの可憐でたおやかな夫人が産んだ息子とは思えないほど、がっしりした体格をしていた。
そしてまだ十六だというのに、成人男性のような渋い容姿をしていた。
ゴリラのような逞しい男性が好みのキャスリィー王女にとっては、好きなタイプだったが、弟にとっては一番苦手なタイプかもしれないと思った。
「それに、正直なところ、貴方にはチャールドというよりもリシェルを守って欲しいの。イベントの時だけでいいので。
近衛騎士にいつも囲まれていたら妹は息が詰まるでしょう?」
キャスリィー王女の説明を聞いてマーシャルはようやく王家からの要請を受けることにしたのだ。
それ以降彼はこれまで以上に自分を律し、学問だけでなく、武芸の鍛練にも励んだ。
そして二人の王子や末の王女、そしてクリスティナと共に、第一王女から直接ダンスやマナーの指導を受けた。
三歳年上のキャスリィーはすでに完璧なマナーやダンスを身につけていたからだ。
彼女は指導力にも優れていた。こんな完璧な人が女王になればいいのにと、教わった者達が全員そう思ったものだった。
チャールドの側にいるようになると、当然リシェルと接する機会も多くなり、マーシャルは彼女をますます可愛いと思うようになっていった。
そして無意識のうちに、チャールドではなくてリシェルのために強くなろう。知識を増やそうと努力をするようになった。
そうなると当然、マーシャルとチャールドの優劣が誰の目にもはっきりと見えるようになっていった。
リシェルを可愛いと思うのは同じなのに、チャールドは妹のために何かしようという発想は全くなかったからだ。
妹から「婚約者に優しく接して、もっと真剣に勉強に取り組んで」と言われても「分かった、分かった」と口先だけで対応するだけだったのだ。
下の弟のハロルドも明るくて陽気な婚約者に夢中で脳内お花畑状態。
いくら厳しい教育や生活指導をしても弟二人の緩くて締まりのない性格は変わらなかった。
向上心や探究心がなく、ただ決められたことをこなすだけ。現状に甘んじているだけで、厳しさがない。
平和なときならそれで済むかもしれないが、世の中は平穏なときばかりではない。
いつ自然災害や他国から攻撃を受けるか分からない。だから絶えず未来を予測し、それに備えて対策を考えていかなければならないのに、その発想がない。
この二人では国は治められない。
国王や王妃、そして第一王女はそう思った。
「ねぇ、マーシャル卿。先日、貴方のお兄様が魔物征伐隊の演習に出かけて、実際に魔物を数匹倒して仲間を助けそうね。
人間と魔物では戦い方が違うと聞いているけれど、どちらも強いなんて素晴らしいわね。
リシェルも感動していたわ。あの子って私に似て、野性味がある男性が好みなのよ。
その上普段は優雅でないと嫌らしいから、本当にわがままよね。
だってたとえて言うのならば、貴方とお兄様を足して二で割ったような方が理想だというのだから、まったくもう……」
キャスリィー王女はあざとく小首をかしげ、わざとらしくため息をつきながらそう言った。
しかしそのわざとらしい演技に、女性の免疫がないマーシャルは簡単に騙された。
リシェルの好みの男性像を知ったマーシャルは、すぐさま魔物征伐隊を訪ねて、訓練に参加させてもらうことにした。
そして、時折兄と共に演習にも出かけて、魔物を討伐する度に、その珍しい素材を王宮に献上した。
するとキャスリィー王女はそれを使って小物などを作らせ、事あるごとに、マーシャルからの贈り物だと称してリシェルへ手渡していた。
「マーシャル卿は恥ずかしがりやだから、自分では直接手渡せないみたいよ。とても素敵な品ね。
危険な思いをして手に入れた素材で作られたものだから、大切にしないとね。でもこれは三人だけの秘密してほしいそうよ」
自分のためにそんな危険な目に遭うような訓練をしているとも知らないリシェルは、ただただ彼の無事を祈ることしかできなかった。
リシェルの将来の夢が色々な世界を旅することだと聞けば、周辺国の言葉を習得し、その国の地理を覚え、歴史を学んだ。
女の子全員に優しくするような八方美人をリシェルが嫌っていると聞けば、マーシャルは誰にも親切で思いやりを持って接したが、決して笑顔を見せず、無表情を通した。
そのせいでその後、氷の騎士という二つ名を持つようになった。
キャスリィー王女は畑を耕し、種を蒔き、こまめに水をやっていたが、その芽が出る前に嬉々として隣国へ嫁いで行った。
以前は本当に王位を継ぎたいと思っていた彼女だったが、一年前に久し振りに婚約者に会った時以来、早く結婚したいと思うようになっていた。
というのも、十歳で顔合わせをしたときにキャスリィーに一目惚れした王太子は、その後彼女に好かれようと、好みの男性を調べ上げて、必死に努力を重ねてきたのだ。
その結果、王太子は美しい顔はそのままで、まるでゴリラのようなムキムキの筋肉質になっていたため、彼女もすっかり彼に恋してしまったからだ。
「フォレスター伯爵は貴女に譲るわ、マデリン。貴女も幸せになってね」
そう王女に言われたとき、マデリンは呆れてしまった。譲るも何も、二人は勝手に魔物討伐隊の副隊長のフォレスター伯爵を推していただけなのだから。
二人とも筋肉ムキムキの逞しい男性が好みだったのだ。しかし、あくまでも憧れていただけでそれは恋などではなかった。なにせ彼は妻子持ちの中年だったのだから。
しかし、マデリンはその後王女の友情の深さを知った。なにせフォレスター伯爵の嫡男から告白されたのだから。
「ねぇ、私が嫁いだ後も、毎朝私の代わりに薔薇園へ行って、プリンセスローズにお水をあげてちょうだい。そして、私を思い出して」
出国する前日の朝、キャスリィー王女に付き従って薔薇園に行ったときに、マデリンは王女からそう言った。
「これまでずっと側にいてくれてありがとう」
「お願いです、殿下。やはり私も一緒に連れて行ってください。殿下と離れたくありません」
マデリンは珍しく涙目になって年下の王女の手を握ってそう嘆願した。
キャスリィー王女は嫁ぐ際に侍女二人を連れて行くことになった。当然専属侍女だった自分が選ばれるとモデリンは思っていた。
しかし王女が選んだのは、子育て経験もあるベテラン侍女だった。しかも、一人は夫と死別、もう一人は離婚した女性だった。
「私は貴女が好きだから、貴女にも幸せになって欲しいの。幸せになることを恐れてはいけないわ。逃げてはだめ。それをずっと貴女に言いたかったの。
私ね、貴女に幸せを運んでくれるようにと、この薔薇園に呪文を込めたの。だから、毎日ここへ来てね」
キャスリィー王女はそう言って微笑んだ。その笑顔はプリンセスローズと同じく気品高く美しかった。
そして王女が嫁いで一か月が経った日の朝、マデリンはいつものように王宮の薔薇園へ足を運んだ。
鮮やかな深紅の薔薇の朝露に朝日が当たり、まるで宝石のように光って見えた。
「今日も一日、キャスリィー様がこの薔薇のように輝いてお過ごしになれますように」
手を組み、目を閉じて、大切な友の平穏無事を祈っていると、後ろから微かな足音が聞こえた。
振り返るとそこには、かつての生徒会仲間で、つい先日学園を卒業して近衛騎士になった、フォレスター伯爵令息レンダンが真っ直ぐに彼女に向かって来るのが見えた。
半年ぶりの再会だった。
「マデリン嬢。僕と婚約してくれませんか。
僕は母親似で、父のように筋肉隆々ではありませんが、日々鍛えており、父に負けないくらい体力と剣の腕はあると自負しています。
貴女が父のような男性が好きだということを以前キャスリィー殿下から教えていただいてから、ずっと精進してきました。
そして貴女が王宮の侍女としての仕事に誇りを持っていることも分かっています。
そんな貴女を絶対に支え続けてみせます。ですから、僕と人生を共にしてもらえませんか」
守るのではなく、支えると彼は言った。その言葉にマデリンの胸はドキンとした




