第26話 黒潮の本音
夜の港は、静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように、波の音だけが響いている。
掲示塔の光も弱くなり、数字の更新も緩やかになっていた。
だが――
その静けさの中に、不安が沈んでいる。
アレクシスは港の端に立っていた。
遠くの海を見る。
黒潮船団は、まだ完全には去っていない。
沖合に影のように残っている。
その時、背後から足音がした。
「眠れないか」
振り返ると、カイロンが立っていた。
外套を羽織り、片目で海を見ている。
「お前もか」
アレクシスは答える。
「考えている」
カイロンは笑う。
「いいな」
「考える奴は長生きする」
しばらく沈黙。
波の音。
そしてカイロンが言った。
「この契約」
彼は海を指す。
「長く持たない」
アレクシスは視線を向ける。
「なぜそう思う」
「簡単だ」
カイロンは言う。
「利益が変わるからだ」
彼は続ける。
「今はいい」
「港は儲かる」
「銀行も儲かる」
「俺も損しない」
だが――
「状況は変わる」
その声は低い。
「市場は揺れる」
「航路は変わる」
「利益は動く」
そして彼はアレクシスを見る。
「その時、契約は書き換わる」
沈黙。
それはエルディアで起きたことだ。
アレクシスは言う。
「それでも契約は残る」
カイロンは首を振る。
「違う」
「残るのは力だ」
短い言葉。
だが重い。
「契約は紙だ」
「力は現実だ」
彼は笑う。
「俺は紙より現実を信じる」
アレクシスは静かに言う。
「だからお前は黒潮だ」
「ああ」
カイロンは頷く。
「だから俺は生きてる」
風が吹く。
海がわずかに揺れる。
カイロンは続ける。
「だがな」
「お前のやってることは面白い」
アレクシスは目を細める。
「何が」
「混ぜてる」
カイロンは言う。
「秩序と自由と市場」
「全部だ」
そして笑う。
「普通は壊れる」
アレクシスは言う。
「壊さない」
「無理だ」
即答だった。
「構造が複雑すぎる」
「どこかが必ず歪む」
それは、リシェルとセリアの言葉と一致していた。
カイロンは海を見た。
「だから俺は見てる」
「いつ壊れるか」
アレクシスが問う。
「壊れたらどうする」
カイロンは少し考えた。
そして笑う。
「拾う」
「残ったものをな」
それが彼の本音。
略奪ではない。
回収。
力の論理。
アレクシスは静かに言う。
「それでも」
「壊れない構造を作る」
カイロンは肩をすくめる。
「好きにしろ」
そして背を向ける。
「だが覚えとけ」
最後に振り返る。
「自由も秩序も市場も」
「全部、壊れる」
彼は笑った。
「壊れた後が、本当の勝負だ」
カイロンは去る。
夜の港に、再び静けさが戻る。
アレクシスは海を見つめた。
波は穏やかだ。
だがその下で、流れが変わっている。
秤は揺れている。
そしてその揺れは――
止まる気配がなかった。
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